相次ぐキャスター交代で浮かび上がるテレビ界のあやうい状況
報道番組のキャスターの交代が怒涛のように続いている。それもリベラル系と言われてきたキャスターとその番組ばかりだ。これはどう見ても偶然ではないだろう。
テレビ朝日「報道ステーション」の古舘伊知郎さん、NHK「クローズアップ現代」の国谷裕子さん、そしてTBS「NEWS23」の岸井成格さん(正確に言えば岸井さんはアンカーだが)……
なかでも「NEWS23」の岸井さんの場合は、10月に右派言論人が産経新聞と読売新聞に意見広告を掲載し、降板を要求していた。12月25日に日刊スポーツが岸井さんの降板を断定する記事を掲載。ネットでもそれが流れたため、ネトウヨは快哉を叫んでいた。
TBSが正式に「NEWS23」のリニューアルとキャスター交代を発表したのは1月26日だった。噂通り、膳場貴子さんの代わりに星浩さんがキャスターに就くという内容だった。その時点で星さんは朝日新聞社を退社することで話がついたのだろう。
後任が星さんらしいとの情報は以前から流れていて、例えば佐高信さんは『週刊金曜日』12月4日号のコラムでその問題を取り上げ、「声をかけられて、もし引き受けるとしたら、それは火事場泥棒でしょう」と星さんを牽制していた。しかし、結局、星さんは朝日新聞社を退社し、不退転の決意でキャスター就任を受けることにしたわけだ。
TBSの発表で驚いたのは、膳場さんが「NEWS23」を降板する代わりに「報道特集」のキャスターに就いたことだ。恐らく今回の件は、「NEWS23」が視聴率で苦戦し、日本テレビの「NEWS ZERO」に水をあけられている現状を何とかしようという編成上の要請から始まっているのだろう。「NEWS23」は膳場さんがキャスターで岸井さんはアンカーだ。だからキャスターを替えることになれば岸井さんも替わらざるを得ない。
結果的に岸井さんは「スペシャルコメンテーター」というよくわからない肩書きになった。たぶん岸井さんのために作られた肩書きなのだろう。4月以降も時々「NEWS23」に出演するというが、あくまでもゲストとしての位置づけだから、これまでとは違う。
TBSはいま視聴率の巻き返しを狙って編成強化を行っているから、恐らくそういう戦略のうえで出てきた話なのだろう。そこへ軌を一にして右派陣営からの岸井攻撃が始まった。TBSとしては落としどころをどうするか悩んだと思う。
TBSで、リベラルで良心的な報道情報番組といえば「NEWS23」「報道特集」「サンデーモーニング」だ。今回の降板騒動は、ついこの間まで「NEWS23」問題だったのだが、膳場さんの受け皿を用意するために、「報道特集」のリニューアルにもつながったのだろう。
「報道特集」は4月から膳場さんが加わって番組は大きく衣替えすることになった。「NEWS23」も「報道特集」も大きな節目を迎えたわけだ。この間、安倍政権や右派陣営からそれらの番組が攻撃を受けていることをTBS幹部も気にしているだろうから、政権批判を少しトーンダウンさせるという力が作用する可能性は少なくない。
「サンデーモーニング」は視聴率も高いし、「報道ステーション」が古舘さんの事務所の意向を大きく受けていたように、関口宏さんの事務所の意向が大きいからすぐに何らかの変更が加えられることはないだろう。しかし、この番組にも放送のたびに右派からの抗議電話がかかってくると言われるように、大きな風圧を受けている。テレビ界のリベラルな番組が次々と陥落していく状況は今後拡大する可能性がある。
「報道ステーション」古舘さん降板の激震
一連のキャスター降板騒動について、もう一度「報道ステーション」から経緯を振り返っておこう。
古舘伊知郎さんの降板は、噂になってはいたとはいえ、年末のテレビ界を激震させた。同番組は12月23日が年内最終放送で、終了後に毎年恒例の忘年会が開かれ、朝まで飲んでいたスタッフも少なくなかったらしいのだが、それら関係者は翌日、ネットのニュースなどで古舘さん降板の発表を知り、愕然としたという。
古舘さん本人が24日の会見で明らかにしたように、既に昨年夏に局側に降板を申し入れていたというのだが、正式に決定したことは一部の役員にしか知らされていなかったようだ。
その後1月8日、テレビ朝日は、後任のメインキャスターに富川悠太アナをあてることを発表した。久米宏さんの「ニュースステーション」や古館さんの「報道ステーション」は、メインキャスターが歯に衣着せず権威権力にズバズバ物申すというのを売りにしてきたのだが、富川アナは局員だからそういう特性は薄れざるをえない。
現場を飛び回る富川アナの奮闘ぶりが視聴者から好感を持たれているのは事実だが、今回の選択は、この番組が“普通のニュース番組”になってしまうことを意味する。局側としても、とりあえず富川アナで様子を見て、視聴率の動向などによって次の展開を考えようという方針なのだろう。
週刊誌やネットでは、古舘さんとテレ朝の早河洋会長との関係がぎくしゃくし始めたのが遠因だという指摘が多い。つまり早河会長が安倍政権寄りになったことで両者の関係にすきま風が吹き始めたらしいという見方だ。
たぶんそれは背景としてあると思うが、そういうことも含めて古舘さんとしては会見で「ものすごく不自由な12年間」だったと語ったのだろう。昨年3月の古賀茂明さんの事件が要因と短絡的に捉えられることを怖れてか、古舘さんは、その件はいっさい関係ないと否定したが、あの事件での古舘さんのとった立ち位置は象徴的だった。
古賀さんが爆弾発言をしたのに対して古館さんは必死に局の立場に立って事態収拾を図ろうとした。確かに番組のメインキャスターとはそういうものであるのだが、期せずしてそういう立場に立たざるをえなかった自身に、古館さんが不自由さを感じたのは確かだろう。会見で「不自由な12年間でした」という発言の後にこうも述べていた。「言っていいことと、悪いこと、大変な綱渡り状態で、一生懸命頑張ってまいりました」
古賀さんの事件で明らかになったように、この1年余、安倍政権からの揺さぶりを受けて、テレ朝は揺れ動いていたから、そういう状況下で、局の顔という立場で発言を続けることに思うところがあったのだろう。もう2年前から辞めることを考えていたという発言もあったが、たぶんこの1年余のテレ朝をめぐるいろいろな動きが背中を押したのは間違いないと思う。
その後、放送時間が変わりリニューアルされるNHKの「クローズアップ現代」の国谷裕子キャスターの降板も報じられた。こちらは局の上層部の意向によるものらしい。朝日新聞デジタルによるとこうだ。
《NHK関係者によると、クロ現を担当する大型企画開発センターは続投を強く求めたが、上層部は「内容を一新する」という方針を昨年末に決定。同センターを通じ、国谷さんにも契約を更新しない方針を伝えた。》(1月8日付)
籾井体制になって以降のNHK上層部の安倍政権への“すり寄り”を見ていると、いろいろな意味でごたごたして騒動の火種にもなった「クロ現」をそのまま続けるのは認めないというのが上層部の意向なのだろう。
強まるテレビ界への揺さぶり
この1~2年間、安倍政権のメディア界、特にテレビ界への介入は激しさを増した。NHK、テレ朝、そしてTBSと、かつてテレビ界のリベラル派だったところに揺さぶりが集中し、期せずしていま、キャスターの降板騒動が起きているのは偶然ではない。
もちろん政権からの揺さぶりというのは、人事や番組内容に直接物言いがついているという意味ではない。例えば昨年春のテレ朝「報道ステーション」の古賀さんの騒動の時に指摘されたプロデューサー交替の例を思い起こせばよい。同番組の政権批判のトーンを引っ張っていたというこのプロデューサーを局側は交代させたのだが、その判断をする際に、政権からの攻撃を何とかかわそうという判断が働いたのは確かだろう。
風当たりがこれ以上強まって権力と真っ向から対立するのはまずいから、ちょっと目先を変えるためにプロデューサーを交替させようといった政治的判断だったかもしれない。実際、後任となったプロデューサーも別に安倍政権寄りという評判ではない。政権と真っ向対立でもなく頭を垂れるのでもなく、いろいろな政治的対処をしながら、安倍政権からの風圧を避けていこうという判断だろう。
ただ危険なのは、そういう「斟酌」(しんしゃく)が肥大化していくと、明らかに「委縮」につながっていくことだ。私は世間で言われているほどテレ朝の早川会長が単純に安倍政権になびいているという見方よりも、面従腹背しながら政権からの風圧をどう避けるかという政治的判断をしていると考えたほうが正確のような気がする。だが、今のような状況下では、それはとめどなき後退につながっていく怖れがあることは指摘したい。
そういう流れのなかで、この間の一連のキャスター降板騒動を見ると、テレビ界をめぐる大きな動きと、明らかにそれは連動していると言える。
古舘さんの「報道ステーション」降板は、直接的には古舘さんの個人的問題なのだが、大きな影響をテレビ界に及ぼす可能性は無視できない。「クロ現」の国谷さんや「NEWS23」の岸井さんの処遇をめぐっても、局の上層部が政権やいまのメディア界にかかっている風圧に「斟酌」した可能性は十分にある。
今回の一連の降板騒動が、安倍政権による揺さぶりを受けてきたテレビ界が変わっていくターニングポイントとならなければよいのだが――。そういう不安をこの間の騒動を見て感じている人は多いと思う。それは決して杞憂ではない。テレビ界は、まさに今、どういう方向へ向かうのか岐路に立たされている。
安倍政権が改憲を掲げ、戦争のできる国へ日本を変えようとしているこの時、マスメディアを抑え込むことはかなり重要な戦略的課題になっているはずだ。メディア界はこの危機的状況に果たして対抗できるのだろうか。