シリア:「イランの民兵」がアメリカ軍の追い出しを画策
2011年に勃発したシリア紛争には、多くの国が干渉したが、アメリカもその一つだ。同国は、当初はシリア政府の打倒を目指して干渉し、その過程でシリア領の一部を占領し、シリア領内に多数の軍事拠点を設置した。イラクとシリアとを結ぶ国境通過地点のタンフがその代表だ。また、クルド民族主義勢力を支援し、シリア民主軍(SDF)という民兵にユーフラテス川左岸の地域を占拠させている。こうした行動は、2015年頃は「イスラーム国」対策の一環であると説明されたが、現在シリア領を占領するアメリカ軍は「イスラーム国」対策に役立つことは何もしていない(時折アメリカ軍が実行する同派の幹部らの暗殺には、別にシリア領内の拠点は必要ない)。当のアメリカ政府も、シリア領を占領する目的をイランの勢力伸張阻止、シリア紛争での政府側の決定的な勝利の阻止と認識している。
ウクライナで起きていることと同様、侵略と占領は、そうする側がどんな理屈で正当化を図っても当然抵抗を受ける。また、シリアの情勢とは無関係に、「アメリカ軍が活動範囲・勢力圏内にいる」との理由で、イランやイラクの情勢や政局と連動した、別の紛争での軍事衝突の帳尻合わせであるかのようにシリアを占領するアメリカ軍が攻撃されることもある。こうした状況で、2023年6月1日付『the Washington Post』誌は、イランがシリアでのアメリカ軍への攻撃強化を画策していると報じた。それによると、イランの革命防衛隊エルサレム軍団が、シリアでのアメリカ軍に対する攻撃を強化するため、民兵に対し技術供与や訓練を行っている。シリア北東端のアラブ人が多数居住する地域で、より高度な爆弾を用いてアメリカ軍のハンビーやクーガーのような車両を爆破することが企画されている模様で、ハサカ県ルマイラーンに爆弾が輸送された、SDFが爆弾のいくつかを応酬した、などの情報があるそうだ。また、レバノンのヒズブッラーを通じて爆弾の製造や実験も行われているそうだ。このような攻撃計画は、アメリカ軍に人的な損害を与え続けることによりシリア領を占領することをあきらめさせようとするものだ。攻撃へのアメリカ軍の反撃も予想されるが、これまでのアメリカの政府・軍の振る舞いに鑑み、シリア領での攻撃への反撃が(イラン、イラク、レバノンのような)シリア領の外で行われることはないとの見通しの下、対アメリカ攻撃強化が企画されている。
興味深いのは、今般の報道はイランがシリアでの対アメリカ攻撃強化を企画していることを、ウクライナ紛争やロシアとアメリカとの関係という、より広域的な安全保障・軍事問題と結びつけていることだ。報道によると、2022年秋にシリア・ロシア・イランの軍・情報機関幹部が会合を開き、アメリカ軍への攻撃強化のための調整機関の設置に合意した。また、この報道は、イランがウクライナ紛争のためにロシアに軍事的に協力していることにより、シリア紛争に関するイランの裁量の余地が広がったと指摘している。アメリカのシンクタンクのイラン専門家は、本件についてイランはロシアの承認を得ていると指摘した。
シリア紛争が、シリアとは無関係の国際的な競合の場としてあたかもチェスボードのように扱われていることはかねてから指摘されている。今般の報道も、「イランの民兵」によるシリアでのアメリカ軍に対する攻撃を、単にアメリカ軍によるシリア領占領を解消するためだけでなくロシアとアメリカ、イランとアメリカとの対立の中での「圧力カード」の一つと位置付けているようだ。また、イランは最近イスラエルが日常的に行っているシリア領への攻撃でイランの拠点が被害を受けた際、「イランの民兵」を用いてシリア領内のアメリカ軍を攻撃することによって「報復」しているように見える。再三指摘した通り、「他所の争い」に決着をつける舞台にされることはシリア人民にとっては迷惑以外の何物でもない。シリアを占領するアメリカ軍は、約900人の部隊と数百人の請負業者(≒傭兵)であると考えられているため、アメリカ政府・軍にとってシリア領を占領する費用はイラクやアフガニスタンでの占領に比べればはるかに小規模だ。これに占領をあきらめるくらいの被害を与え続けるのは容易ではないだろう。シリア紛争の展開や、現下の地域情勢・外交動向に鑑みれば、シリア領からアメリカ軍やその配下の民兵を排除することは「シリア紛争の決着」のために不可欠なのだが、この問題がシリア紛争とは別次元の紛争や対立と結びつけられると、問題解決は一層難しくなるだろう。