馬に阻まれながら進む?運賃は無料!Dr.コトーの島・与那国の“最西端路線バス“
☆日本最西端の地・与那国島を走るバス
定時運行を行い、誰でも乗車できるバスの中で、今回登場する「与那国町生活路線バス」は、紛れもなく「日本最西端のバス」だ。運行エリアである与那国島は日本最西端の地としてその名を知られ、海を隔てた台湾・花蓮までわずか110Kmほど。天気が良ければ車窓からうっすらと島の影が見えるほどに近い。
バスが走るルートは至ってシンプルで、島内で唯一の沖縄県道(217号線)に沿って、祖納(そない)・比川といった主な集落をこまめにカバーし、40分程度でぐるりと島を一周する。やはりその中でも最西端のバス停「久部良」(くぶら)から乗り込むのが「日本最西端のバス」に対する礼儀というものではないか。
なお、この記事に記載された内容は2017年訪問時のもので、現在では運行体制がかなり変わっている。そのあたりも後述していきたい。
☆カジキマグロ像の前に立つ「日本最西端のバス停」
久部良地区は石垣島から週2回運航される「フェリーよなくに」のターミナルがあり、着岸後には食料・日用雑貨の荷受けで一気に慌ただしくなる。一方で船から降りてくる乗客の人数はかなり寂しい状況だったが、乗船前に石垣港近くの食堂で、その場の全員に「今から乗るの?あの○○船に?」と聞かれたことから、少ない理由を察することができた。(○○は「ゲ」で始まる生理現象の通称)
ここから漁協の方に300mほど歩いていくと、いよいよ日本最西端のバス停・・・厳密にいえば「バス停らしきもの」が見えてきた。
このバス停には「日本最西端」の表記はおろか「久部良」という名前も入っておらず、さらに言うと「バス乗り場」という表記すら薄れて消えかかっている。白い板には町のホームページからプリントアウトした時刻表がペタリと貼られているだけで、観光スポットなども特に記載されていない“完全地元仕様“だ。そして背後には与那国島の特産品・カジキマグロの石像がそびえ立ち、バス停を凌ぐ存在感を発揮している。
なおフェリーから降りた数名は筆者以外全員がバス停に目もくれず、送迎の車や予約済みのタクシーに乗り込んで、即座に姿を消していった。
9月なのに30度以上まで気温が上がる中で1時間近く待つと、向こうから飾り気のないマイクロバスが現れ、半袖のかりゆしウェアを着た運転手さんが車内へ迎え入れてくれた。久部良からの乗客は筆者のみという状況で発車したが、このバスは運賃が無料ということもあって、島の中心部である祖納地区までは、高齢者を中心に根強く利用されているようだ。この日も途中区間で乗車が続き、延べ5人ほどの利用があった。
乗り合わせたお婆さんによると、祖納には船会社が経営する島内唯一のスーパーがあり、フェリー到着後に品揃えが充実したタイミングを狙ってバスで買い物に出かけるのだとか。
祖納集落を過ぎると道路は一転して急激に狭くなり、バスは路肩ギリギリまで張り出した石塀に気を遣い、対向車をかわしていく。街並みを抜けるとそこはもう終点・与那国小学校前だ。
ここまでは役場や医療機関・学校が集積する与那国島の北側を移動した。今度は折り返しのバスに乗車し、厳しい自然と名作ドラマの世界を味わえる島の南側に行ってみよう。
☆コトー先生もお手上げ?バスの行く手を天然記念物が阻む
バスは与那国小学校から今来た道を折り返すが、久部良やフェリーターミナルを過ぎると集落はぷっつり途切れる。この先の2叉路を右折して坂を登れば日本最西端の地・西崎(いりざき)に行けるが、バスは左側に進んで、高台の上に広がる草原をひたすら走り抜ける。はるか向こうには遠目で見てわかるほどうねり続ける海が見えて、数時間前まで乗っていたフェリーの乗り心地に納得してしまう。
そしてこの草原には、町の天然記念物に指定されている与那国馬が放牧されているため、タイミングが良ければ車窓からじっくり眺めることが可能だ。身長は1m少々と小柄ながら、いかにも農耕馬らしいどっしりとした筋肉がついて・・・と車窓から観察できるほどに個体数が多く、かつバスのエンジン音を聞いても何ひとつ動じる様子がない。
また馬の群れが移動するタイミングに当たるとバスは行く手を阻まれ、しばらく「馬の通過待ち」を余儀なくされる。中にはどっしり腰をおろす馬もいて、日によっては10分以上バスが遅れる時もあるのだとか。
道路上ではバス以外にも数台の車が待機しているが、慣れているのか急ぐ気配も全くない。またこの先には2016年に開設された与那国駐屯地があり、自衛隊の大型トラックも一緒に「馬待ち」をしているが、荷台にいる隊員たちはワイワイと話しながら双眼鏡で馬を眺めているようで、何だか楽しそうだ。
なお与那国馬が放牧されている地域では、道路に「テキサスゲート」と呼ばれる細い溝が彫られ、馬が出られないようになっている。民宿の方によるとこの溝で滑る自転車やバイクが多く、運転には少しだけ注意を要するそうだ。
与那国馬の生息域を抜け、自衛隊の駐屯地を経由してしばらく走ると、島の南部でほぼ唯一の集落といっていい比川地区が見えてくる。ここは2003年から断続的に放送されていたドラマ「Dr.コトー診療所」のロケ地としても知られ、舞台となった「志木那島診療所」の建物や目の前の砂浜(比川浜)、「(吉岡秀隆さん演じる)コトー先生が自転車で駆け上がった坂道」などに来訪客が多いそうだ。
なお当時を知る地元の方によると、撮影が始まる前には大規模な清掃が行われたそうだ。そこかしこに馬糞が落ちていた坂道や、台風通過後のゴミが残っていた砂浜は、見違えるようにキレイになったのだとか。
その他にも、ドラマの撮影は久部良港や島内の至るところで行われたのだとか。作中に登場するスポットがあまりにも多すぎて、1泊2日で全てまわりつくすのが難しいほどだ。
バスは比川から山間部に入り、与那国島の最高峰・宇良部岳(標高231m)の山裾を抜けて、島の北側に戻っていく。日本最西端の地を巡るバスの車窓から見えるのは、アップダウンや狭隘区間、ドラマの舞台や与那国馬ウォッチング・・・ここが離島であるとは思えないほど変化に富み、何度乗っても飽きない。
ただ実は、このバスは「日本最西端のバス」であっても「日本最西端の路線バス」ではないことをハッキリさせておきたい。運賃無料で住民サービスのために運行されているため、道路運送法に基づいた「一般路線バス」ではないのだ。車両には「自家用車」と明記され、ナンバーも“営業ナンバー“とよばれる緑色ではない(自家用と同じ白ナンバー)ので、知っている方はすぐに気付くだろう。
なお一般路線バスとしての最西端も、久部良ではなく西表島にあり(西表島交通・白浜バス停)、こちらには「日本最西端のバス停」とはっきり表記されている。実は与那国島のバスも2007年までは「ヨナグニ交通」という民間のバス事業者によって運営されていたものの諸事情で廃業を余儀なくされ、いったん町営となったのち、現在の体制に落ち着いたのだ。
しかし正式な「一般路線バス」ではないといっても、運行実態は普通の路線バスとほぼ変わらない。さらに言えば委託されている会社も「最西端観光」だ。西表島と与那国島、どちらも日本最西端のバスとして、両方乗りに行くのがスジというものだろう。
☆大幅なダイヤ改正・新車・・・変わりゆく与那国のバス
そんな与那国島のバスは、2019年には大幅な増便を行ったことで話題となった。2017年の訪問時には1日3本しかなかった島内一周の運行便は一挙に9本に。運行時間も朝の7時台から夜の11時までと、人口2000人弱の島とは思えないほどに拡充された。
その代わりに夜のタクシー営業は18時までとなり、以降の交通機関は基本バスのみとなった。また現在車両も新車(日野・ポンチョ)に置き換わり、同じ時期にAIで運行ルートを決めるデマンドバスの実験も行われるなど、様子はかなり変わっているという。
しかし、日本最西端の地・西崎(いりざき)から眺める夕陽や、「Dr.コトー診療所」にも登場したナーマ浜の美しさは変わらない。東京から2000Km、那覇から500Kmほど離れたこの島を、できる限り「よんなー、よんなー」(与那国の方言で「ゆっくりゆっくり」の意)な日程で巡りたいものだ。
〈了〉
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