100万都市と4つの島を結ぶ「とびしまライナー」休止へ 15年前には満員だったバス 今後はどうなる?
☆島々をひとまたぎ!観光客に人気の高速バス・休止へ
広島県広島市~呉市で運行されている高速バス「とびしまライナー」が、2023年3月末をもって運行を休止します。
100万都市・広島の中心部にある「広島バスセンター」を出たバスは、全長1175mの安芸灘大橋で瀬戸内海を渡り、安芸灘諸島の下蒲刈島・上蒲苅島・豊島を経由して、大崎下島の終点・沖友天満宮バス停へ。その名の通り、島々を飛び渡るようなルートを走り抜け、車窓からは1時間以上にもわたって、穏やかな瀬戸内海の眺めを楽しむことができます。
この「とびしまライナー」は、前身となる路線の運行開始から23年間にわたって島を結び続け、2008年の「豊大橋」開通で大崎下島まで延伸された際には、これまで船でしか到達できなかった北前船の港・御手洗(みたらい)に大勢の観光客をもたらしました。
これまで「とびしまライナー」がどのように利用されてきたか、コロナ禍前の様子を見てみましょう。
☆バスの開業で賑わった北前船の港・御手洗 離島だからこそ街並みが残っていた?
港町・御手洗は、瀬戸内海から日本海側に抜ける北前船の風待ち港(風向きが変わるまで滞在する)として、江戸時代初期に整備。のちに「日本遺産」(2018年指定)に指定されるほどの街並みが、2008年に「とびしまライナー」が到達するまで、往時の街並みがそのまま残っていたのです。
この港は潮流の早さを利用した「沖乗り航路」(海の高速道路のようなもの)の港とあって、寄港するのは幕府や諸藩の御用船・豪商など軒並み羽振りが良く、米を取引する「御手洗相場」や富くじの興行、花街などが狭い街にひとそろい。俗謡で「御手洗に寄らぬは貧乏か」ととも謡われ、港には100隻以上もの船が連なっていたと言います。
そんな御手洗に「とびしまライナー」で訪れる人々も多く、コロナ禍前には「アリガトネー!」と慣れた口調でバスを降りる外国人観光客の姿も見られたものです。そして近年ではサントリー「オランジーナ」CMや映画「ドライブ・イン・マイカー」などのロケ地としても注目を集めていました。
☆かつては満員だった「とびしまライナー」コロナ禍と人口減少には勝てず
安芸灘大橋・豊浜大橋などで4島を貫く「安芸灘とびしま街道」の開通と路線バスの直通は、4島の生活を劇的に変化させたそうです。
これまで高速船で竹原市などに向かっていた通院客や高校生も、橋と道路でつながった呉市中心部の病院や高校を目指すようになります。大崎下島まで道路で繋がる目途が立った2005年には、4島の自治体はすべて呉市との合併。自治体のかたちも変えたと言えるでしょう。
「とびしまライナー」は呉市によって敬老パスなどの手厚い補助を受けたこともあり、2008年の全区間開業時には朝の上り便(広島行き)が満員になるほど盛況だったといいます。しかし島々はこの30年で3割~5割ほどの人口減少が進み、利用者は徐々に減少していきました。
そこに追い打ちをかけるように、コロナ禍によって観光利用は大きく減少、1日4往復だった「とびしまライナー」は、うち2往復で広島~呉間を運休。この3年で5000万円もの累積赤字を抱え、もともと島のバス事業者だった「さんようバス」は、運行休止の決断を下さざるを得なかったといいます。
☆休止後のバスは「瀬戸内産交」が担う
「とびしまライナー」運休後も、安芸灘諸島4島には「瀬戸内産交」バス路線が運行され、広島市内からならJR呉線・広駅で乗り継げば、これまで通り御手洗などに行くことができます。乗り継ぎの回数は増加しますが、島々の魅力は変わることがありません。
なお島の名物「大長みかん」が出回る秋口には土産物屋に多くのみかんが並びますが、シーズンを外れてもジュースや加工品など、“みかん尽くし”の選択肢はいろいろ。
中でも、果実を皮ごと入れて熟成させた「みかん味噌」は、青魚の煮物の臭みをさっぱりと消してくれるので、子供が喜ぶおかず作りに大活躍してくれています。
〈了〉
※この記事は2020年9月に発売された単行本「全国”オンリーワン”路線バスの旅」掲載記事を、現在の状況にあわせつつ加筆・修正し、再掲載しています。