医師が診断書を偽造したら何罪?公立病院か私立病院かで成立する罪は異なる?カルテ偽造は?-弁護士が解説
京都府立医大病院に対して、所属の医師らが、虚偽の診断書を作成したとして「虚偽公文書偽造」の疑いで家宅捜査が実施されました。
このような医師の診断書偽造について、何罪が成立するのか?という質問が友人医師から来ていたので、解説してみます(刑法ついてのみ解説します)。
文書偽造に関する罪
文書偽造に関する罪は、社会生活において重要性をもつ文書に対して、社会的な信用性を確保することによって、文書による社会生活の安全・安定を図ろうとするために設けられています。
公文書・私文書の違いは??
このように文書については社会からの信用性が確保されることが重要ですが、公文書と私文書では、公文書の方が社会における信用力や証拠力が高く評価されやすいため、公文書を偽造する場合と、私文書を偽造する場合とでは、犯罪類型や罪の重さが異なっています(公文書の偽造の方が罪は重い)。
そして、公文書と私文書の違いは、基本的には、公務員や公的機関が作成する文書なのか、そうでないかで区別します。
そのため、同じ医師の診断書でも、公立病院で勤務している公務員の医師の診断書は公文書になり、私立病院で勤務している医師の診断書は私文書となります。
また、公文書・私文書のいずれの場合でも、署名や押印がされている文書とそうでない文書では、元々の社会的信用性が異なるため、署名・押印がされている文書を偽造、あるいは、偽造した署名や押印を用いて文書を作成した方が罪は重くなっています(医師の診断書であれば普通は署名や押印はありますが)。
処罰対象となる文書偽造とは??
文書偽造について、処罰される偽造のパターンは大きく分けて2種類あり、文書の作成名義人と実際の作成者が一致しないパターン、つまり名義そのものを偽る場合(有形偽造といいます)と、文書の作成名義人と実際の作成者は一致するが内容を偽って作成するパターン、つまり名義は偽っていないが内容に虚偽がある場合(無形偽造といいます)があります。
さらに、それぞれの偽造について、一から文書を作成するパターン(これを狭い意味での偽造ということもあります)と、すでに作成名義人によって作成されている文書の内容だけを勝手に変えてしまうパターン(変造といいますが、狭い意味の偽造と併せて偽造ということもあります)がありますが、これらはいずれも名義人でない人が勝手に文書を作成する点で変わりはなく、同じように処罰されることとなっていますので、ひとまず厳密に区別する必要はありません。
そして、そもそも作成名義人と実際の作成者が一致しないパターン(有形偽造)と、作成名義人が文書を作成しているものの内容が虚偽であるパターン(無形偽造)では、前者の方が偽造の程度は重いと考えられています。
そのため、社会的信用性の高い公文書の偽造については、いずれの偽造のパターンも同様に処罰されることになっていますが、私文書の偽造の場合については、原則的に前者の偽造(作成名義人でない人が文書を偽造する)パターンのみ処罰の対象となっており、後者の偽造(作成名義人が内容のみ偽造する)パターンについては、処罰の対象になっていません。
しかしながら、さらに例外があり、私立病院の医師の場合(歯科医師も含むと考えられています)でも、公務所に提出する診断書等については、私文書であっても特に信用性を確保する必要性が高いことから、診断書等の内容のみ偽造した場合についても特別に処罰規定が設けられています。
文書偽造の罪について整理しますと、
1. 公文書については、文書の作成名義人と実際の作成者が不一致(一から偽造する場合も、作成済の文書の内容を変造する場合も含まれます。以下同じ)の場合も、文書の作成名義人が文書の内容のみを偽造する場合も、いずれも処罰されます。
2. 私文書については、文書の作成名義人と実際の作成者が不一致の場合のみ処罰され、原則的に、文書の作成名義人が内容のみ偽造するする場合は処罰されないものの、医師については、公務所に提出する診断書等の文書の内容を偽造した場合についても処罰されます。
このように、医師が診断書を偽造した場合には、公立病院・私立病院を問わず、また、文書の作成名義人と実際の作成者が一致する場合もそうでない場合も、どのパターンでも何らかの文書偽造の罪に該当し得るようになっています。
ただ、公立病院の医師の診断書偽造に比べて、私立病院の医師による診断書偽造の場合は、公務所に提出するような場合に限定されていて、かつ、処罰される場合の法定刑も遥かに軽くなっていますが、一般的な感覚では、公立病院であっても私立病院であっても、医師が作成した診断書であれば同じように社会的信用性が高いため、このような法定刑の差が設けられているのはおかしいという意見もあります(公立病院の医師だと1年以上10年以下の懲役で、私立病院の医師だと3年以下の禁固か30万円以下の罰金)。
なお、以上は文書の偽造そのものにより成立する犯罪についての整理であって、例えば、内容を偽った私文書を作成して不当に保険金の給付を受けようとすれば詐欺罪が成立しますし、登記所に虚偽の私文書を提出して虚偽の登記をさせれば公正証書原本等不実記載罪という別の罪が成立するようなことはあります。
また、自分あるいは他人が作成した虚偽の文書を利用した場合には、虚偽文書の行使罪等が成立することもあります。
診断書ではなくカルテ偽造の場合は罪に問われるか?
これまで、医師が診断書を偽造した場合を前提に解説してきましたが、カルテの偽造についてはどのような罪に問われるのでしょうか?
そもそも、文書偽造の罪における「文書」とは何かが問題となります。
もちろん、世の中に存在する全ての書類が、文書偽造の罪の対象となる「文書」ではありません。
文書偽造の罪が設けられている趣旨が、文書の信用性を確保して、文書を用いる社会の安全・安定を図るためであることからすれば、文書偽造の罪における「文書」とは、その文書の内容が、一定の法律上や社会生活上の重要な事項について証拠となりうるものを指していると考えられます。
そして一口にカルテといっても、医師の備忘録としてのメモに近いようなものから、医療行為の事後検証が可能となるように組織的に記録して管理しているものまで様々なものがあり、一概に「文書」に該当するかどうかは判断しにくいと思いますが、基本的にはカルテは内部資料に過ぎず、外部に提出することを予定しているものではありませんから、文書偽造の罪の「文書」には当たりにくいのではないかと思います(ただ文書偽造の罪ではなく、医師法で問題になったり、改ざんしたカルテを利用して別の犯罪をする場合には別の問題になったりすることは当然あり得ます)。
文書偽造とは別に、文書の用途によって区別される犯罪類型もあります
以上は、文書偽造に関する罪でしたが、文書を破ったり、隠したりする罪については、その文書が公用文書なのか、私用文書なのかによって、犯罪類型が分類されており、公用文書を毀棄隠匿した場合の方が罪は重くなっています。
例えば、交通違反の取り締まりで、切符を切られて署名をしようとしている時に、いきなりその文書を破ってしまえば、(切符のひな型は警察が作成していても)切符の署名者・作成名義人は運転者である私人なので私文書となりますが、公的な利用が予定されている文書なので、公用文書毀棄罪となります(本稿からは逸れるので軽く紹介するに留めます)。
以上、文書の偽造に関して、それぞれのパターンの犯罪類型について整理してみましたが、少なくとも医師の診断書については、特に高度の信用性が求められるため、基本的に、いずれの偽造パターンも何らかの処罰対象になることが多そうです。
※本事は分かりやすさを優先しているため、法律的な厳密さを欠いている部分があります。また、法律家により多少の意見の相違はあり得ます。