Yahoo!ニュース

「バスのドライバーに土下座を要求」札幌の事件が中国で報じられたワケ

宮崎紀秀ジャーナリスト
女性客がハンドルを奪おうとしてバスが転落。15人が犠牲に(2018年10月重慶)(写真:ロイター/アフロ)

札幌の事件をなぜ中国が報道?

 北海道札幌市で、バスで寝過ごした52歳の男が、ドライバーに土下座して謝罪するよう要求し逮捕された事件。中国でも日本の報道を引用する形で報じられた。

 外国で起きた、正直言えばそれほど大きくない事件に、中国メディアが関心を示したのにはワケがある。中国では、バスの乗客と運転手とのトラブルが、死亡事故に発展するケースさえ起きているからだ。

重慶で15人犠牲のバス転落事故

 北京や上海と並ぶ直轄市である重慶で、2018年10月、15人が死亡・行方不明になった事故は、日本でも複数のメディアに報じられた。記憶にある方も多いだろう。

 路線バスが、突然、センターラインを乗り越えて乗用車に衝突した後、橋の上から川に転落した。ドライバーを含め、乗っていた15人が犠牲となった。

 後に明らかになったのは、この悲惨な事故の驚くべき原因だった。

事故原因は、乗り越し客の逆ギレ?

 警察は、引き上げたバスから回収した車内のカメラの映像を公開した。そこには、女性客が、運転中のドライバーを大声で怒鳴りつけ、さらに殴りかかる様子が映っている。ドライバーは、片手でハンドルを握りながら、残りの手で防御というか、応戦しようとするが、一瞬、前方を見失ったのか、窓の外の景色が大きく曲がるように流れ、コントロール失ったバスが何かに衝突するような衝撃を受けたのがわかる。映像はそこで終わる。

 調べによれば、停留所を乗り過ごした女性客が、ドライバーにバスを止めるように要求したが、それを拒まれて激昂した故の顛末だった。

死亡事故は過去にも多数

 この際、過去にも同様の事故が多発していることが注目された。例えば、2015年3月には、安徽省で、他の客とトラブルになった男性客が、ハンドルを奪おうとして、バスが道路脇の溝に落ちた。6人が死亡、多数が負傷した。

 2018年7月には、東北地方の遼寧省で、やはり乗り過ごした女性客が、ハンドルを奪おうとして、バスが停留所に突っ込んだ。バスを待っていた20歳の女性が死亡した。

 これらは一例に過ぎない。重慶の事故の際には、中国メディアはこのような過去の例も挙げ、大いに注意喚起した。それにもかかわらず、同様の問題は減っていない。

相次ぐハンドル争奪

 重慶の事故の翌11月には湖南省で、乗り過ごした老人の男性客が、やはりハンドルを奪おうした。この際は、ドライバーがバスを路肩に止め、事なきを得た。バスには40人近くが乗っていた。

 今年2019年1月にも、浙江省で携帯をいじっていて乗り過ごした58歳の男がハンドルを奪おうとしている。後の裁判で、公共の安全に危害を加えた罪で懲役3年の実刑判決を受けた。

 バスのハンドルを奪って勝手に操作するのは犯罪である。立派なバスジャックである。中国では、上に挙げた公共の安全に危害を与える罪にあたる。3年以上10年以下の有期刑、さらに死亡事故など深刻な結果をもたらせば、死刑もありうる。

 ネットなどにも、こうした法律知識が紹介され、心無い乗客らを啓蒙しようとしている。

 残念ながら中国で同様のトラブルはなくなっていない。日本では、ドライバーからハンドルを奪おうとするまでの行為はあまりないかもしれない。

 しかし、身勝手な行為は、時には他人の安全や命に危険を及ぼす。それが許されないのはどの国も同じだ。

ジャーナリスト

日本テレビ入社後、報道局社会部、調査報道班を経て中国総局長。毒入り冷凍餃子事件、北京五輪などを取材。2010年フリーになり、その後も中国社会の問題や共産党体制の歪みなどをルポ。中国での取材歴は10年以上、映像作品をNNN系列「真相報道バンキシャ!」他で発表。寄稿は「東洋経済オンライン」「月刊Hanada」他。2023年より台湾をベースに。著書に「習近平vs.中国人」(新潮新書)他。調査報道NPO「インファクト」編集委員。

宮崎紀秀の最近の記事