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「北に弱腰」大ブーイング浴びる文在寅大統領。ウラにあった「正恩氏と交わした親書」その超親密内容とは?

2018年には顔を合わせていた両者。この9月に親書が交わされていたことが明らかに(写真:代表撮影/Pyeongyang Press Corps/Lee Jae-Won/アフロ)

国民が食いちぎられかねない状況だというのに…

「北への対処が弱腰」

再びこの点で韓国の文在寅大統領が批判を浴びている。

22日に南北軍事境界線近くの北朝鮮海域で起きた「韓国人銃殺事件」。これに対し10月2日の「韓国経済新聞」がこんな記事を掲載した。

「国民の生命より北朝鮮をかばう…公務員の銃殺に憤怒した民心」

同紙が伝えたのは、大統領府の公式サイトの「国民請願掲示板」という、大統領への要請事項を受け付ける掲示板の様子。ここに大統領批判の要請が入った。

「北朝鮮による銃撃で死亡した公務員の事件に対する文在寅政府の合理的な対応を追求します」

  • 韓国側による遺体捜索の様子を伝える「KBS」

スレッドを立ち上げた本人は理由をこう続けている。

「2人の子を置いた40代が(海中で)動物に噛みちぎられかねない残酷なことをされていた間、大韓民国の政府と大統領は何をしていたのか?」

47歳の男性公務員(漁業指導員)が、21日昼頃に船上から失踪。「亡命」と「事故」の2つの説が囁かれるなか、韓国政府側は22日23時に「北に発見され銃殺された」という報告を受け、翌23日午後に情報公開した。

その間の対応に批判の声が挙がっている。政府は情報が分かっていたにもかかわらず、22日に国連でビデオ放映された文在寅大統領の演説内容を差し替えなかった。演説に北への抗議を入れず、「朝鮮戦争の終戦」を改めて訴えた。また24日に自身の公式Twitterで「北と協力を」とまで発表したのだ。

こういった流れに対し、スレッド作成者はこう意見を続けている。

「私は恐ろしい。政治理念と国際情勢の流れのなかで、私、私の家族、私の隣人がこうやって捨てられるのかという考えが巡るからだ」

これに3万を超える賛同が集まっている。

「国民請願」の街頭画面。韓国大統領府公式サイトより
「国民請願」の街頭画面。韓国大統領府公式サイトより

「南北トップの手紙のやり取り」が公開された

文大統領が北への弱腰により批判を受けるのは今回が初めてではないが、今回は少し特殊な事情がある。

”北からずっと無視されていたのに、急に連絡が届き始めた”

今年6月の韓国の脱北者による「対北ビラ問題」から始まる南北連絡事務所爆破、7月のソウル在住脱北者の「国境水泳帰国」などから関係が悪化。連絡が途絶えていた状態だった。

ところが9月には北からポツポツと連絡が届くようになった。

25日に韓国大統領府から公開された北朝鮮側からの「謝罪文」の話はよく知られるところ。いっぽうで大統領府は同じ25日に新たな情報を公表した。「9月8日と12日に両国首脳間で交わされていた親書」。スポークスマンは謝罪文が届いた点について「国民に背景を知らせる」という狙いを明らかにしている。

文側から約500文字、金側は約700文字の短い文書のやりとりで何が語られていたのか。そこには南北双方での微妙なスタンスの違いも現れており興味深い。なかなか読めない南北首脳による手紙のやりとり。全文を読み解いていこう。

そこには「文大統領が再び弱腰になっている背景」も見え隠れする。

文在寅「八千万同胞の生命と安全を守ることが最重要」

韓国側からの新書。大統領府公式サイトより
韓国側からの新書。大統領府公式サイトより

<文在寅大統領親書全文>

朝鮮民主主義人民共和国金正恩国務委員長貴下

コロナウイルスにより、あまりにも長く苦しい悪戦苦闘の状況での集中豪雨、そして数回の台風に至るまで、我々すべてに大きな試練の時期となっています。

私は(金正恩)国務委員長が災害の現場を直接訪ね、困難に直面している人たちを慰め、被害回復を最前線で乗り越えていこうとする姿に深く共感しています。

特に、国務委員長の命を尊重する強い意志に敬意を表します。

崩れた家は、新たに建てればよく、切断された橋は再び繋げ、倒れた稲は立てればいいですが、人の命は再び元に戻すことができません。何にも変えることができない絶対的価値です。

我々八千万同胞の生命と安全を保つことは、私たちがどのような課題と挫折にあっても、必ず守らなければならない最も基本的なことです。

毎日が危うい今の状況でも、お互いに助けられずにいる現実は残念ですが、同胞として心をひとつに応援しえば、ともに打ち勝つことができるでしょう。

どうか国務委員長が思われる通りに、一日も早く北の同胞たちのすべての問題が克服されることを心から願っています。

そして国務委員長と家族の方々の常々の健康をお祈りします。

2020年9月8日

大韓民国大統領 文在寅

朝鮮半島全体がこの夏は疫病と自然災害で大変な状況にありましたね、という挨拶から入った。韓国でも随時伝えられる北の報道から、金正恩委員長による台風現場視察・指導の様子を称え、さらに「北の住民のことを心配しています」と付け加えた。

いっぽうで、4日後の金正恩氏の返答も親密なものだった。韓国大統領府は、「9月12日、金正恩委員長が我々の大統領に送ってきた親書の内容」として以下を紹介した。

金正恩「大統領の思いと能力により乗り越えられる」

北朝鮮側からの返信。韓国大統領府公式サイトより
北朝鮮側からの返信。韓国大統領府公式サイトより

<金正恩国務委員長親書全文>

大韓民国大統領 文在寅貴下

大統領が送られた親書をありがたく受け取りました。

久しぶりに私に届いた大統領の親書を読みながら、行間にあふれる心からの慰めに深い同胞愛を感じました。

温かいお心を贈っていただきました。ありがたくいただきます。

私もこの機会に大統領に、(そして)南の同胞に飾りのない心をお伝えします。

最近でも貴側の地域での絶え間ない悪性ウィルス拡散、また押し寄せる台風被害のニュースに接して、誰も代わりに耐えてくれない厳しい挑戦を乗り越え、重大な負担を一人で打ち勝つ大統領の労苦を考えてみるに至りました。

大統領がいかに苦しいのか、どのような重圧を受けていらっしゃるのか、いかにこの試練を乗り越えるために無尽の愛を駆使しているのか、(私が)誰よりも知り得ていると思います。

困難と痛みを経験している南の同胞と、それをともに分け合い、いつもともにありたいという私の心を真摯にお伝えします。

ひどい今年のこの時間が早く流れ、良いことが順番にやってくる。そんな日々が一日も早く近づいてくることを心待ちに待っております。

大統領が重い責務に追われ、もしや健康の世話をまったくお忘れになられていないか、いつもそれを心配しています。

健康に常に特別な注意を向けてください。

そして、重ねて南の同胞の貴重な健康と、幸福が保たれることを切に祈ります。

心より、すべての安寧を願っています。

文在寅大統領とご夫人がいつも健康で無事に過ごされることを祈っています。

朝鮮民主主義人民共和国国務委員会委員長 金正恩

2020年9月12日

文大統領からの書簡と同じく南側の住民の心配も含まれていたが、よりあくまで「リーダー同士の書簡」という点を強調する内容だった。日本語に訳すと約700文字の文書のなかに「大統領」のフレーズが8度登場する。

これはアメリカなど他国との関係でも見られることだ。金与正氏は今年7月10日の談話で「兄(金正恩委員長)は、トランプ大統領が好きだ」「(アメリカ側の)部下が余計な口をはさむな」といった内容を強調している。北朝鮮の国家観が現れている内容だと言える。

【全文】米朝交渉は否定? 含みあり? 最新「金与正談話」の見方分かれる。そのあいまいさを精読する。

余談になるが、筆者自身よく「韓国と北朝鮮では言葉が通じるのですか?」ということを聞かれる。これ、結論的には「通じる」。筆者自身幾度か北の人と”韓国語”で話す機会があったが、日常会話はまったく問題がないレベル。今回のやりとりでは”Virus”の表記に南北で違いが目立つ程度だった。韓国では「バイロス」と記すのに対し、北朝鮮では「ビルス」とする。大統領府はこれをこのまま掲載した。違いがあっても瞬時に「北ではそう言うのだな」と理解できる状況が多い。

ちなみに韓国の通信社「聯合ニュース」の公式サイト北朝鮮コーナーでは、「北韓用語辞典」として901語が収録されている。漢字の意味合いの違い、分断前からの北での方言、外来語の違いなどだ。

「過酷な無視」の果ての連絡だった

とはいえ、これが一筋縄では行かないのが南北関係。

親北派の文大統領が公開された親書を「内容以上」に受け取り、喜んだことは想像に難くない。なぜなら、そこまでの北からの「無視されっぷり」は熾烈なものがあったからだ。今年6月の状態はこうだった。

1.6月15日 文在寅大統領の「6.15南北共同宣言(2000年)20周年記念映像メッセージ」

【16日に南北連絡事務所爆破】

2.6月17日 金与正氏による談話「恥知らずな戯言を聞くにおぞましい」

3.6月17日 ユン・ドハン韓国大統領秘書室「6.17発表 北側談話関連青瓦台発表」。遺憾を表現。

出典:【全文】爆破から異例の”南北声明対決”へ。文在寅「対話で信頼を」vs 金与正「胃がムカムカ」

金与正氏は文在寅大統領について「我々と米国の仲介役をやっている気の誰かさん」とまで言い放った。北側は怒りの理由として「一体、板門店宣言と9月平壌共同宣言で南朝鮮(韓国)当局がまともに実行したものが一項目でもあっただろうか」(金与正氏談話)と明らかにしている。

その後、8月にはさらに「そこまでやるか」という出来事が起きている。

”豪雨災害時に南北を流れる川のダムを北朝鮮側が事前告知なしで放流。結果、韓国での危険水位が上がる”

この時には「最低限の人道的連絡すら取れなくなっているのか?」との声が挙がった。09年に災害時の関連通知は行う取り決めがあるにもかかわらず、これが守られなかった。イ・イニョン統一部長官(統一省大臣)は記者団に対し、「北はメディアを通じてでもいいから、人道的な件の通知はしてほしい」と訴えていた。

つまり、文在寅大統領とすれば、「俺、嫌われてるんじゃないか?」と案じていたところに、なんと突然、9月に北から返事が来たのだ。

この親書のやりとりから約1ヶ月半後に起きた銃撃事件。これも背景のひとつとなり、相手の大統領が国内で「北に弱腰」との批判を受けている。これは北側としても”思わぬ作用”だったか。

吉崎エイジーニョ ニュースコラム&ノンフィクション。専門は「朝鮮半島地域研究」。よって時事問題からK-POP、スポーツまで幅広く書きます。大阪外大(現阪大外国語学部)地域文化学科朝鮮語専攻卒。20代より日韓両国の媒体で「日韓サッカーニュースコラム」を執筆。「どのジャンルよりも正面衝突する日韓関係」を見てきました。サッカー専門のつもりが人生ままならず。ペンネームはそのままでやっています。本名英治。「Yahoo! 個人」月間MVAを2度受賞。北九州市小倉北区出身。仕事ご依頼はXのDMまでお願いいたします。

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