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SMの女王様から父想いの健気な娘役まで。大反響のクボタCMでは「本物の社員みたい」と言われました

水上賢治映画ライター
「夕方のおともだち」で主演を務めた菜 葉 菜  筆者撮影

 「ありがとう」「レッド」などで知られる漫画家、山本直樹の同名原作を廣木隆一監督が映画化した映画「夕方のおともだち」は、ドM男のヨシオとSMの女王様、ミホの物語……。

 となると、なにやらアブノーマルな性愛の物語を想像してしまうに違いない。

 確かにSMの世界が物語に深く関わってくるので、艶めかしく妖しい面がないわけではない。エロティックな性描写もある。

 ただ、作品全体からこぼれおちてくるのは、意外なことにどこにでもいるような人間のありふれた日常、そしてままならない人生といっていいかもしれない。

 生きる糧を失い、心が宙ぶらりんのヨシオと、なにか深い哀しみを背負いながらもそれでも前を向くミホがふともらす切実なつぶやきが聴こえてくる。

 この原作に何を見出して、SM嬢というハードな役柄にいかにして挑んだのか?

 村上淳とともに主演を務めた菜 葉 菜に訊く全四回の(第一回第二回第三回第四回)インタビューを届けてきたが、今回は番外編。

 北京オリンピック期間中に流れた「クボタ」のCMでも話題を呼ぶ彼女に作品から少しだけ離れて、自分の現在地や俳優としての仕事について訊いた。

ミホがいまを生きるひとりの女性として映ってくれていたらうれしい

 まず、「夕方のおともだち」についてもう少しだけ訊きたい。

 菜 葉 菜が演じたミホは、ある意味、一般的にあるSMの女王様のイメージを覆すというか。

 SMの背徳感や官能的な面を残しながらも、特殊な人間ではない、いまを生きるひとりの女性として存在している。

 そのことが作品全体にも波及して、SMが深く絡んでいる作品とは思えない、ダークさや淫靡さとは無縁、ある種、さわやかな印象さえ与えるものになっている。

「ミホがそのように映っていたらうれしいです。

 前回も話しましたけど、ミホはSMの女王様として、それなりの存在感みたいなものは出さないといけない。

 ただ、日常はどこにでもいる女性として彼女は存在している。

 また、ヨシオとの関係などから考えると、彼女はすごく潔い女性で。いい意味で、他人に対しては表裏がない。

 でも、自分の中に抱えた闇みたいなものがあって、ちょっと影があって、儚さも漂う。

 そこをどううまくつなげて、違和感なくひとりの人物として演じられるか、ほんとうに難しかった。

 なので、ミホがそう映っていたらうれしい。

「夕方のおともだち」より
「夕方のおともだち」より

 そう映るようにしてくれたのは、やはり廣木監督の演出が大きかったと思います。

 わたしが演じるミホをどうしたら魅力的にすることができるのかを、単にミホというキャラクターのことだけからだけではなく、わたしという人間をみて考えてくださった。

 わたしの短所も長所も、弱点も強みもどちらも廣木監督はおそらくわかっている。わたしとしては見抜かれちゃっている(笑)。

 その的確な演出で、ミホをそう映る存在にしてくれたんだと思います。

 それは初めて作品をみたときに、わたし自身がそう思いました。

 廣木監督からの助言で、わたしのお芝居が変わったところが随所にあるんですけど、それがミホにスパイスを与えていて、彼女を魅力的にしているんです。

 ほんとうにこれは完成した作品をみて、素直に思ったことで、廣木監督の演出力に改めて驚きましたし、役者としてはすごいありがたいことで光栄だなと思いました」

そのときの自分のもっているものをすべて出して、ベストを尽くす

 これまで数多くの作品に出演してきたが、俳優として大切にしていることをこう明かす。

「多くの役者さんもそうだと思うんですけど、とにかくベストを尽くそうと思っています。

 正直なことを言うと、毎回作品をみると、自分のダメなところばかりが目に入ってくる。

 そのたびに落ち込んで、『もっとこうすればよかった』とか反省して、『もっといい俳優になろう』と思うんです。

 だから、とにかくそのときの自分のもっているものをすべて出して、ベストを尽くす。その繰り返しです。

 今回の『夕方のおともだち』に関して言えば、前にお話した通り、7年間待った作品でした。

 だから、その間、いろいろと経験を積んで、7年間待ったからこそこの作品で出せたことがある。

 そして、7年待ったけれども、これは必要だった時間で。

 廣木監督もムラジュンさんもわたしも思いました。『最高のタイミングで最高のものが出せたのではないか』と。

 わたしの中ではこれまでの最高傑作になったと思っています。

 でも、そのベストはその時点でのことに過ぎない。

 この最高傑作をさらに超える作品と出合いたい。

 だから、次の作品では、このベストを更新できるようにベストを尽くす。それで新たな自分にとっての最高傑作になるよう努力したい。

 ほんとうにまだまだ至らないところばかりなので、ほんの少しでいいのでひとつひとつ向上して、役者として成長していけたらと思っています」

「夕方のおともだち」で主演を務めた菜 葉 菜  筆者撮影
「夕方のおともだち」で主演を務めた菜 葉 菜  筆者撮影

ここまで明るいかっ達な役はいままでなかったかも

 個人的な印象としては、「夕方のおともだち」のミホ役は、いままでで一番、菜 葉 菜のいろいろな顔をみてとれる作品といってもいいかもしれない。

 彼女がこれまで数多く演じてきたひじょうに業の深い人物のダークさを感じるところもあれば、ひじょうにはつらつとしてあっけらかんとした表情にも出会える。

「自分としてもいままでにない役にトライできたかなと思います。

 SMの女王様で、ヨシオをねちっこくいたぶっているんですけど、ふだんは違って。

 ミホはカラッとした明るさがあるんですよね。ここまで明るいかっ達な役はいままでなかったかも」

クラスでものまねしてみんなを笑わせるみたいな子どもだったんです

 その明るさはふだんの自分と近いところがあるという。

「ダークな内面をもったエキセントリックな役柄が多いので、『怖い』イメージを抱かれがちなんですけど、わたし自身はまったくそんなことはなくて。

 たとえば、小学生のころとか、クラスでものまねしてみんなを笑わせるみたいな子どもだったんですよ。

 だから、わたしのことを良く知っている地元の友だちとかからすると、わたしがダークな役柄が多いのは意外過ぎる。

 よく『あなた、ほんとうはそんな性格じゃないじゃん。コメディとか、もっとさばさばした能天気な女の子の役をやればいいじゃん』と言われます。

 『だって、来ないの!』と返すんですけど、『またまた』といった感じでいつも終わるんですけど。

 だから、今回のミホは、友人たちも納得してくれるかなと(笑)。『そうそう、あなたっぽい』って」

 であれば、北京オリンピック期間中に話題をさらった「クボタ」のCMは、友人たちも納得の役かもしれない。

「そうですね。

 すごく父思いのいい娘さんの役じゃないですか。

 だから、ほんとうにわたしでいいのかなと思ったんですよ。

それで、クボタさんのトップの方にお会いしたときに言ったんです。『こんな個性的な顔を選んでくださって、ありがとうございます』と。

 そうしたら、『いや、クボタの社員にいそうなんです。クボタにぴったりなんです』と言われて。

 『クボタにぴったり』ってどういうことだろうと思ったんですけど、実際に演じてなんとなくわかったというか。

 もう、みんなから『(クボタの)制服が似合いすぎ』『本物のクボタの社員かと思うぐらい違和感がない』と言われて、自分でも確かにそうだなと思いました(笑)」

【「夕方のおともだち」菜 葉 菜インタビュー第一回はこちら】

【「夕方のおともだち」菜 葉 菜インタビュー第二回はこちら】

【「夕方のおともだち」菜 葉 菜インタビュー第三回はこちら】

【「夕方のおともだち」菜 葉 菜インタビュー第四回はこちら】

「夕方のおともだち」より
「夕方のおともだち」より

「夕方のおともだち」

監督:廣木隆一

出演:村上淳 菜 葉 菜

好井まさお 鮎川桃果 大西信満 木口健太 田中健介

渋谷・ユーロスペースほか全国順次公開中

場面写真はすべて(C)2021「夕方のおともだち」製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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