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ドM男に寄り添うSMの女王様を演じて。「女性の“性”を体現する役に挑みたい気持ちがありました」

水上賢治映画ライター
「夕方のおともだち」で主演を務めた菜 葉 菜   筆者撮影

 「ありがとう」「レッド」などで知られる漫画家、山本直樹の同名原作を廣木隆一監督が映画化した映画「夕方のおともだち」は、ドM男のヨシオとSMの女王様、ミホの物語……。

 となると、なにやらアブノーマルな性愛の物語を想像してしまうに違いない。

 確かにSMの世界が物語に深く関わってくるので、艶めかしく妖しい面がないわけではない。エロティックな性描写もある。

 ただ、作品全体からこぼれおちてくるのは、意外なことにどこにでもいるような人間のありふれた日常、そしてままならない人生といっていいかもしれない。

 生きる糧を失い、心が宙ぶらりんのヨシオと、なにか深い哀しみを背負いながらもそれでも前を向くミホがふともらす切実なつぶやきが聴こえてくる。

 この原作に何を見出して、ボンテージ姿のSMの女王様というハードな役柄にいかにして挑んだのか?

 村上淳とともに主演を務めた菜 葉 菜に訊く。(全四回)

出演の打診を受けたのは、7年も前!

 はじめに、菜 葉 菜が今回の「夕方のおともだち」の出演の打診を受けたのは、7年も前にさかのぼる。

 当時をこう振り返る。

「まず、廣木監督が、ずいぶん前から山本(直樹)さんのこの『夕方のおともだち』を映画化したいと考えていらっしゃった。

 その中で、原作漫画のミホが、ヘアスタイルがベリーショートで、わりと個性的な顔立ちをしている。

 わたしと少し似ている雰囲気を廣木監督が感じてくださって、『菜 葉 菜がいいんじゃないか』と。

 それで声をかけくれたようです」

原作を読み始めて、最初の段階はちょっとたじろいだ

 それを受け、すぐに原作を手にしたという。

「原作を読み始めて、最初の段階はちょっとたじろいだというか。

 SMの描写が激しくて痛々しいから、『うわっ』と目を逸らし気味になってしまったんですよ。

 でも、読み進めていくと、SMはあくまで物語のひとつの要素でしかない。

 ヨシオとミホをつなげものとして存在していて、主としては、ヨシオとミホの関係性の変化が丹念に描かれている。

 そのことに気づいて、さらに読み進めると、二人を通して、なにげない日常にある喜怒哀楽や、人間の滑稽さから愛しさまでがみえてくる。

 たとえばヨシオであれば、彼の『性』に対する切実な思いが伝わってくる。

 ヨシオとミホの過ごす時間からは、なにげない日常にある喜怒哀楽の瞬間が浮かび上がってくる。

 SMという言葉にどうしてもはじめは引っ張られてしまうんですけど、その内実は、ものすごい奥深い人間ドラマになっている。

 この社会の片隅で生きる人間たちが日々抱く思いが詰まっている。

 しかも、SMからはじまって、最後はなんだか青春ストーリーのようにさわやかさ。

 前を向いて新たな一歩を踏み出すような気持ちになれる物語で、『なんなんだ!』と思いました。

 そして、この原作に流れている人間の哀しみや悦びを映画で表現したらどんな作品ができるんだろう?と思って。

 なんとしても出演したいと思いました」

「夕方のおともだち」で主演を務めた菜 葉 菜   筆者撮影
「夕方のおともだち」で主演を務めた菜 葉 菜   筆者撮影

何度『大丈夫、(企画が)流れてませんよね?』と思ったことか(笑)

 ただ、映画作りではよくあることではあるが正式な制作決定までは時間を要することになる。

「いや、待ちましたよ。この間、何度『大丈夫、(企画が)流れてませんよね?』と思ったことか(笑)。

 実際問題として裸になるシーンがあるわけですけど、月日が立てば、当然身体的に衰えてしまうことは避けられない。

 となると、当初、想定していたミホの容姿と、わたしの容姿の間にズレが生じてしまう可能性はあるわけで。

 わたしの中に焦りがなかったといったら嘘になる。

 だから、決まったときはほんとうにほっと胸をなでおろしました。

 ただ、この前、廣木監督とムラジュン(村上淳)さんとも話したんですけど、7年待ったかいがあったというか。

 それぞれ7年の歳月を経たことで、人しても俳優としても作り手としてもこの原作への理解が深まった。

 7年を経たからこそ、7年前ではおそらく表現しきれなかったことが表現できたのではないかと、3人で話したんです。

 その通りだなと、思って。

 もしかしたら、7年前だったら、ここまで大人のラブストーリーになっていたか、深い人間ドラマになっていたかわからない。

 この作品に向き合うには、それなりの自分の熟成期間みたいなものも必要だったと今は思っています」

いつか自分も廣木組のヒロインを務められる日がくればと夢見ていました

 とはいえ、SMの女王様という役柄を引き受けるのはひとつ覚悟がいったのではないだろうか?

「SM描写やセックスシーンに関しては、抵抗はなかったです。

 作品に必要で、脚本が良くて、役が魅力的であれば、わたしはそういうシーンがあっても厭わない。

 ちょうど、そういう女性の性であったりエロスといったところを出せる役柄に挑戦してみたい、縁があればやってみたいと思っていた時期でもあったので、ある種、運命の出合いにも感じました。

 また、わたしにとって廣木監督は、尊敬する監督のひとり。

 何度か出演させていただいて、自分の出演していない作品も拝見していますけど、女優さんをとても魅力的に撮られる監督さんで。

 いつか自分も廣木組のヒロインを務められる日がくればいいなと夢見ていました。

 廣木監督作品でヒロインを演じることは、わたしのひとつの目標でした。

 ですから、そのときが来た喜びが大きかったです。

 あと、話が少し戻るのですが、原作が、単なるSMの話ではない、奥深い人間ドラマに感じられたことが大きかったと思います。

 もし、これがSMの世界に特化した物語だったら、すんなり入っていけなかったかもしれません。

 原作が深く人間を見つめていたことも、SMの女王様を演じることをためらわなかった理由といっていいです」

(※第二回に続く)

「夕方のおともだち」より
「夕方のおともだち」より

「夕方のおともだち」

監督:廣木隆一

出演:村上淳 菜 葉 菜

好井まさお 鮎川桃果 大西信満 木口健太 田中健介

TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開中

場面写真はすべて(C)2021「夕方のおともだち」製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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