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こうして子どもは連れ去られた 知っているようで知らない「宮﨑勤事件」の誘拐手口 #子供 #防犯

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:写真AC)

夏休みに起きた事件で最も有名なのが「宮﨑勤事件」。世間を震撼させたシリアルキラー(連続殺人犯)による誘拐殺人事件だ。1988年から翌89年にかけて、埼玉と東京で4人の幼女が相次いで犠牲になった。

すでに死刑が執行された事件なので、事件自体は風化したかもしれない。しかし、依然としてこの事件から学ぶべき点は多い。というのは、今も起きている誘拐殺害事件の犯行パターンが、この事件とほぼ同じだからだ。

そこで、以下では宮﨑勤事件の最初のケースを取り上げ、その手口を伝える。できるだけリアリティが伝わるよう、東京地方裁判所の判決文と検察官面前調書などに基づき、事件を物語風に再現してみたい。

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暑い夏、まるで熱気が地面から湧いてくるような日である。

宮﨑勤は、埼玉県川越市から東京都青梅市に向かう途中だった。日産ラングレーのハンドルを握り、熱風が吹きつける中、アスファルトを走っていた。後部座席の窓には、こげ茶色のフィルムがはられ、外から中の様子は分からない。

(今日こそ、好みの女の子に出会えるといいな)

宮﨑は、ぼんやりと考えながら、漠然とした期待を胸に秘めていた。

午後3時、入間市を走行中、急に尿意を覚えた。大きな団地が見えたので、公衆トイレがあると思い、車を停めることにした。

団地内の駐車場に車を停め、宮﨑が外に出る。だがトイレはどこにも見当たらない。仕方がないので木陰に移動し、立ち小便をした。

宮﨑は団地が大好きだ。なぜなら、女の子がたくさんいるから――。

歩きながら、周囲を見渡し、好みの女の子を探す。それが、この上なく楽しい。興奮を味わうため、スリリングなこともしてみたいと思っている。

午後4時、何気なく団地の一角から大通りに出た。すると、目の前を女の子が歩いているではないか。顔は見えないが、宮﨑の鼓動は高まる。女の子は、一人で友達の家に向かっていた。

(この子を誘拐し、性的なことを……)

欲望への想像は膨らむばかりだ。

宮﨑勤事件の連れ去り現場(筆者撮影)
宮﨑勤事件の連れ去り現場(筆者撮影)

後ろからついていくと、女の子が歩道橋の階段を上り始めた。宮﨑はすぐさま道路を横切り、反対側の歩道に移った。歩道橋に急ぎ、反対側の階段を上る。

(ちょうど、橋の上ですれ違うぞ)

計算通り、橋の上で、女の子が向こうから近づいてきて宮﨑と対面した。宮﨑が腰をかがめ、笑顔で声をかける。しゃがんだのは、親しみを演出するだめだ。

「今日は暑いね。とっても嫌だね。でもね、お兄ちゃん、これから涼しいところに行くんだ。いいだろ?」

「……」

女の子は、きょとんとしている。

「一緒に行く? 今、来た道でいいんだよ。お兄ちゃん、先に行くから、よかったらついてきて。じゃね」

宮﨑はその場を離れ、歩道橋の階段を下りていく。宮﨑が上ってきたのとは反対の階段だ。

女の子は一人、橋の上に残され考えていた。

(あれっ、お兄ちゃん、行っちゃった。……悪い人は、手をつかんで引っ張っていくんだよな。でも、あのお兄ちゃんは、そうしなかった。だからきっと、いい人なんだ。私も、涼しいところに行こうっと)

そう思った女の子は、宮﨑の後を追って階段を下りた。

大通りの歩道を歩く宮﨑。しかし、後ろから来る女の子を待とうとはしない。宮﨑は5メートルくらい前を歩いている。女の子と並んで歩かないのは、誰かに見られても、誘拐していると思われないためだ。

しかもこの道は、団地の窓から見られることもない。中層の建物が立ち並んでいるが、道路に面しているのは窓のない壁だからだ。

宮﨑が立ち止まった。団地の駐車場に着いたのだ。

「よ~し、これから涼しいところに行くぞ! さあ乗って」

女の子は満面に笑みを浮かべながら、車の助手席に乗り込んだ。

地獄行きの車だとは知る由もなかった。

宮﨑は車を発進させると、ラジオをつけた。選曲ボタンを押しながら、

「ボタンを触ってもいいよ」

と言って、女の子が家のことを思い出すことがないよう、女の子の興味を刺激し続けた。

やがて夕暮れが訪れた。眼前には東京都五日市町の森林が広がっている。

変電所に入り、駐車場で車を降りた。

「今度は電車に乗ろうね」

と、宮﨑が優しく話しかける。

宮﨑は、林道を歩きながら、性的なことを考えていた。同時に、恐ろしいことも脳裏に浮かんだ。

(顔を見られた。解放すればまずいことになる。殺すしかない)

宮﨑が笑顔で問いかける。

「ちょっと休もうか」

二人が道の斜面に腰を下ろすと、女の子がしくしくと泣き始めた。家のことを思い出したのだろうか。だとしても、宮﨑には、それよりもっと気になることがある。

(誰かに泣き声を聞かれるかもしれない)

そう思うと、放置できない。

宮﨑は、女の子を仰向けに押し倒し、その上に覆いかぶさって両手で首を絞めた。女の子が窒息死するのに、時間はかからなかった。

その翌日のこと。宮﨑は殺害現場に戻り、遺体に性的なことをした。その様子をビデオカメラで録画もした。ビデオに撮ったのは、遺体のままだと、なくなってしまうからだ。

さらに翌年。宮﨑は、女の子の頭蓋骨を拾って自宅に持ち帰り、畑で油をかけて焼いた。そして、それを段ボール箱に入れ、被害女児の自宅玄関前に置いた。段ボールには「遺骨 焼 証明 鑑定」と書かれた紙片や、着ていた服の写真が入っていた。

これに味をしめた宮﨑は、幼い命を次々と奪っていく。昭和から平成への変わり目に起きた悲劇である。

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宮﨑勤事件の最初のケースを物語風に再現してみた。

誘拐犯は児童心理のスペシャリストであり、子どもは簡単にだまされるという冷徹な現実を知っていただけたのではないだろうか。

事件の報道では、犯行の異常性が強調されたが、異常だったのは犯行後の行動であり、犯行そのものは極めて合理的で緻密なものだった。

優しく信頼できる大人のように振る舞っただけではない。歩道橋を反対側から上ることで「偶然」を装い、腰をかがめ目線を同じ高さにして「親近感」を抱かせ、先を歩くことで「警戒心」を解きながら、「追従心」を呼び起こしたのだ。

宮﨑勤事件に見られた「だまし」のテクニックは、最近の誘拐殺害事件でも確認できる。

警察庁の調査によると、子どもの連れ去り事件の8割が、だまされて自分からついていったケースだという。つまり、誘拐事件のほとんどに「だまし」が入っているのだ。

「だまし」が入る事件には、「襲われたらどうするか」というクライシス・マネジメントでは歯が立たない。「防犯ブザーを鳴らせ」「大声で助けを呼べ」「走って逃げろ」「いかのおすし」は、どれもクライシス・マネジメントだ。

「知らない人についていくな」も、宮﨑勤事件のように、警戒心が解かれ、安心感や親密感が増すケースでは、犯人は「知っている人」になっている。

クライシス・マネジメントが有効なのは、「だまし」ではなく、「おどし」である。したがって、クライシス・マネジメントでは、今でも、宮﨑勤事件を防げない。

対照的に、「襲われないためにどうするか」というリスク・マネジメントなら、「だまし」が入る事件を防げる。

リスク・マネジメントに必要な能力は「景色解読力」。景色解読力とは、「入りやすく見えにくい場所」を見抜く能力だ。

宮﨑勤事件では、犯人が最初に女児と接触した「入りやすく見えにくい場所」で、犯罪はすでに成功していたと言わざるを得ない。歩道橋の上は、両側から上り下りできる「入りやすい場所」で、歩行者も運転手もめったに見ない「見えにくい場所」だ。

したがって、事件から導き出される教訓は、「入りやすく見えにくい場所」に行かない、行かざるを得ない「入りやすく見えにくい場所」では、誘われても頼まれても断る、ということに尽きる。

これが「犯罪機会論」からのメッセージだ。犯罪機会論の下記動画を参考にしながら、学校の「地域安全マップづくり」や、地域の「ホットスポット・パトロール」を、ぜひ広めていただきたい。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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