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完食すれば代金無料で賞金1万円の大盛りカツ丼 食べきれず逃げたら何罪か?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 30分以内の完食で代金3000円が無料になり、賞金1万円をもらえる大盛りカツ丼に挑戦し、食べきれず店から逃げた男が9日後に逮捕された。カツ丼そのものではなく、カツ丼代に対する詐欺の容疑だ。なぜか――。

「財物」か「財産上の利益」か

 こうした食い逃げは実にシンプルで古典的な事件だが、男の意図や事件当日の所持金などにより、成立する犯罪が変わる。被害はカツ丼という「財物」なのか、それともカツ丼代分の支払いを免れるという「財産上の利益」なのかによって、適用される条文が異なってくるからだ。

 まず、事件当日の所持金が3000円未満であり、男もこれを分かっていれば、完食できると考えていたか否かに関わりなく、カツ丼を注文して提供された段階でカツ丼に対する詐欺罪が成立する。

 この店では挑戦者から事前に同意書へのサインを得ており、そこには「現金3000円を準備出来ていないお客様の挑戦はお断り致します」と記載されているからだ。所持金について店員をだまし、カツ丼を提供させたことになる。

 所持金が3000円以上であっても、完食は無理かもしれないと考えており、最初から代金を踏み倒すつもりだったのであれば、やはりカツ丼に対する詐欺罪が成立する。

 問題は、逮捕時の所持金こそ0円だったものの、現行犯逮捕ではなく、逮捕まで9日経過しているという点だ。事件当日の所持金が3000円未満だったか否かを客観的に断定することは難しい。

 そうすると、「事件当日は所持金が3000円以上あった。しかも、確実に完食でき、代金を支払わないで済むと考えていたが、結果として失敗に終わった」と弁解された場合、カツ丼に対する詐欺罪は成立しなくなる。注文した段階では店員をだましたとは言えないからだ。

店を出るときの言動が重要

 そこで次に、カツ丼そのものではなく、カツ丼代に対する詐欺罪の成否を検討することになる。ここで重要となるのが、完食できずに30分が過ぎ、代金3000円の支払いが確定した後、男が店員に対してどのような言動に及んだのかという点だ。

 店を出る際に店員に何も言わず、黙ったまま店員の隙を狙って猛ダッシュで店から逃げたのであれば、何の罪にも問えない可能性が出てくる。代金の支払いを免れてはいるものの、そのために人をだましたとは言えないからだ。

 しかし、今回の男の場合、店員に対して「車から財布をとってくる」と嘘をつき、店に戻って支払うように装ってそのまま逃げている。そうすると、店員をだまし、一時的にでも店内での支払いを免れたわけだから、カツ丼代に対する詐欺罪が成立することになる。

 警察も、この詐欺利得罪で男を逮捕した。住居不定、無職であり、容疑を認めているという。はじめから食い逃げが目的だったのか否かなど、警察が事件の経緯や動機を捜査中だ。

 窃盗罪と違って詐欺罪には罰金刑がなく、10年以下の懲役に処される。ベテランの刑務所志願者が無銭飲食に及ぶのは、最後に腹を満たした上で、懲役刑しかない詐欺罪で確実に逮捕、起訴され、有罪になることを狙っているからだ。(了)

【参考】

 このケースの応用問題として、拙稿「完食無料のチャレンジメニュー 所持金ゼロで挑戦して成功しても罪になる?」も参照されたい。

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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