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盗撮容疑で書類送検のシンガポール元参事官 その後どうなった?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 在日シンガポール大使館の参事官だった男性が盗撮などの容疑で6月13日に書類送検された。検察はその日のうちに男性を略式起訴し、裁判所も罰金30万円の略式命令を下した。しかし、4つの送検容疑のうち、2つの罪で起訴するにとどまったという。

どのような事件だった?

 報道によると、この事件はことし2月の夜に東京都内の銭湯で発生した。番台の従業員は以前から男性の態度を不審に思っており、脱衣場の男性を注視していたところ、裸の男子中学生らにスマホを向けているのを目撃した。この状況は脱衣場の防犯カメラにも記録されていたという。

 従業員の通報で警察官が駆けつけ、男性を問いただしたところ、男性は盗撮の事実や常習性を認めて謝罪した。しかし、身分証を示してシンガポールの参事官だと名乗り、スマホ内の約700枚の盗撮画像を全て消去した上で、スマホの提出や警察署への任意同行に応じないまま銭湯から立ち去り、4月に帰国した。

 大使館の参事官ら外交官には不逮捕特権があるので、警察としても打つ手がなかったが、この件がシンガポール当局の知るところとなると、シンガポールはこの男性をすぐに職務停止にし、日本に全面的な捜査協力を申し出た。ロシアのスパイ活動など他国によるこれまでの外交官関連の事件と比べると、極めて異例の対応だ。

 シンガポールでも厳罰に処される児童ポルノ絡みの容疑である上、外交官の職務とは無関係の犯罪でもあり、日本との関係を重視しようというシンガポールの姿勢のあらわれといえるだろう。こうした経過をたどり、男性は外交官特権がない立場で6月9日に再来日し、警察の取調べに応じて容疑を認め、書類送検され、略式起訴や略式命令に至った。

なぜ2つの罪だけで起訴に?

 報道によると、警察は次の4つの罪で書類送検しており、起訴・不起訴の判断を検察に委ねる「相当処分」の意見を付していたという。

(1) 盗撮目的での銭湯への建造物侵入罪
(2) 東京都迷惑防止条例違反(盗撮)
(3) 性的姿態撮影処罰法違反(撮影)
(4) 児童ポルノ禁止法違反(製造)

 しかし、起訴された容疑は(1)(2)のみだった。起訴状では「撮影した」ではなく「撮影しようとした」という言い回しが使われていると報じたメディアもある。

 そうすると、再来日に際して男性が当時のスマホを持ってきておらず、押収できなかったか、男性から提出を受けたものの、データを復元できず、クラウドにも保存されていなかったため、実際にどのような場面が撮影されていたのか客観的に確定できなかったのではないか。

 もし同じ銭湯での別の日の盗撮分や他の銭湯での盗撮分を含め、多数の盗撮画像の現物が確保できていれば、余罪の捜査にさらに時間を要するはずだ。容疑を裏付ける確たる証拠が得られなければ「嫌疑不十分」で不起訴にせざるを得ないから、(3)(4)の起訴を見送ったと考えられる。

 一方、(1)は盗撮目的で銭湯にやってきたという男性の自白に加え、従業員の証言や脱衣場の防犯カメラの映像で立証できる。(2)も、東京都の迷惑防止条例では、実際に盗撮に至ったか否かを問わず、盗撮目的でスマホを差し向けただけでアウトなので、同様に男性の自白と従業員の目撃証言、防犯カメラ映像で十分に立証可能だ。

 いずれにせよ、あまりにも再来日や書類送検、略式起訴などの段取りがよすぎるので、外交ルートを通じ、あらかじめ検察、警察とシンガポール当局や男性との間で取調べなどの日程を決め、罰金で終わらせるという話ができあがっていたのだろう。

「在庁略式」という手続も

 それでも、手続の途中で帰国されたら罰金の徴収未納となってしまう。そうした場合、検察では「在庁略式」と呼ばれる手続がとられる。次のような流れだ。

事前に本人に大まかな罰金額を伝え、現金を用意して検察庁に出頭させた上で、本人を取り調べ、略式手続で異議がないという書面に署名指印させたあと、検察庁の待合室などで待たせ、在庁させておく
 ↓
裁判所に「在庁略式」であることを伝えて略式命令と仮納付の裁判を請求し、その日のうちにこれらの判断を下してもらった上で、本人を裁判所に連れて行って命令の謄本を受け取らせたあと、検察庁に戻り、徴収係の窓口で罰金を仮納付させる

 再来日後の段取りのよさからすると、今回のケースもこうした手続がとられたのではないか。男性が公開の法廷における正式裁判を望まず、罰金を納めていれば、事件処理はこれで終わりとなる。そのまま帰国しても問題ない。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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