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「コカイン」はどれだけ「ヤバい」のか

石田雅彦科学ジャーナリスト
コカインを嗅ぎ分けて摘発したお手柄の麻薬犬(写真:ロイター/アフロ)

 先日、大物人気芸能人がコカイン(Cocaine)使用の疑いで逮捕された。若い世代を中心に支持され、多種多様なジャンルの芸能活動をしてきた人物ということもあり、その影響は少なくない。米国では1980年代にコカインの大流行があった。コカインとはいったいどんな薬物なのだろうか。

コカインはアルカロイドが原料

 グーグル・トレンドの検索ワードを「コカイン」と「ヘロイン(Heroin)」で比較すると、大物芸能人が逮捕された翌日にコカインの検索数が極端に跳ね上がっていることがわかる。コカインという違法薬物について、多くの人が興味を抱き、どんなものか調べたのだろう。

 こうして話題になれば、若い世代など好奇心旺盛な人が違法薬物に手を出しかねない。影響力の大きな人物が逮捕されることで、使用された違法薬物が広がる危険性がある。コカインについて正確な情報でよく知っておくべきだろう。

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グーグル・トレンドで2019年3月8日〜3月15日の1週間、検索キーワード「コカイン」と「ヘロイン」でそれぞれの検索数を比べ、グラフにした。大物芸能人がコカイン使用の疑いで逮捕された翌日に「コカイン」に極端なピークがあるが「ヘロイン」に大きな変化はない。Via:筆者が検索数を調べたグラフにより作成

 国連の推計によれば、世界の1830万人がコカインを使用している(16〜64歳、2014年、※1)。コカインは各国で一般的な違法薬物ということだ。

 コカインの原料は、南米原産のコカという植物から得る。ヨーロッパ人が南米を侵略した際に知られるようになった。例えば、スペインの医師で植物学者のニコラス・モナルデス(Nicolas Monardes、1493-1588)が、先住民はコカの葉を嚼んでいると記録している。

 そのモナルデスが、コカをヨーロッパへ持ち帰ったのは1580年のことだ。コカの薬理作用が明らかになったのはその約300年後で、口腔内の神経を麻痺させる鎮痛剤として利用されるようになる。1860年にはドイツの化学者アルベルト・ニーマン(Albert Niemann)により、コカのアルカロイドがコカインと名付けられた。

 主にアルカロイドは、植物が昆虫や動物などに食べられるのを防ぐためなどの特性を持った物質だ。野草を食べると苦かったりエグミがあるのもアルカロイドの作用だし、タバコの葉に含まれるニコチンもアルカロイドである。

国際的な取り締まりの対象に

 毒は時に薬となり薬も時に毒になる。人類は、植物のアルカロイドが持つ特性を漢方薬などで薬として利用もしてきた。

 19世紀の半ば頃からは、点眼薬や麻酔薬としてのコカインが注目されるようになった。精神分析で有名なジグムント・フロイト(Sigmund Freud)もコカインの研究に没頭し、彼の精神分析学の基礎はコカインの作用から影響を受けているという意見もある(※2)。

 タバコのニコチンも同じだが、薬理作用と毒性を併せ持つ物質について社会や大衆が誤った認識を持ったまま広まり続ければ、後にそれを取り締まろうとしても難しい状況になってしまう。米国ジョージア州の薬剤師、ジョン・ペンバートン(John Pemberton)がコカコーラを作り出したのは1886年だが、当時はごく普通の家庭に対してコカインと注射器を通信販売するような状況でもあり、コカインが犯罪組織の資金源になろうとしていた。

 だが、コカインは幸いにして19世紀にその劇的な作用が危険視され、行政によって取り締まりの対象になっていく。1911年にオランダのハーグで依存性薬物に関する国際会議が開かれ、翌年にはコカイン、アヘン、モルヒネの製造や取引を規制する国際協定が締結される。

 戦前の日本もこの協定に署名し、その後この種の薬物に対して規制するようになった。前出の芸能人の違反容疑は麻薬及び向精神薬取締法(コカインなどの麻薬とフェノバルビタールなどの向精神薬が対象)で同法のルーツはこのときの国際協定だ。

 こうした依存性の強い違法薬物は、たやすく国境を越えて侵入するため、国際的な協力と取り締まりが必須だ。ちなみに、タバコについて日本はタバコ規制枠組条約(FCTC)という国際条約に署名しているが、他国に比べて規制項目も少なく内容も厳しいものではない。

強い依存性と健康への害

 コカインは薬用などで長く粉末のコカイン塩酸塩が使用されてきたが、1980年代に重曹(炭酸水素ナトリウム)を加えて熱蒸発させて調製されるクラック・コカイン(Crack Cocaine)が出現した(※3)。クラック・コカインは粉末ではなく固形が多く、コカイン塩酸塩に比べて依存性が強く危険とされている。

 コカインやニコチンなどの薬物は、脳の報酬系へ強く作用し、依存性を高める。特に、摂取後に急激に脳へ到達した場合と緩やかに作用する場合とで比べると、コカインもニコチンも摂取後の立ち上がりが強いほど依存性が増す。コカインでは、注射器による静脈からの摂取が最も急激に強く作用し、次いで喫煙と鼻の粘膜からの粉末吸入、経口摂取の順になる(※4)。

 1980年代には、このクラック・コカインが米国やカナダで瞬く間に蔓延した。特に貧困層や若い世代に流行し、深刻な社会問題になった。

 当時、ロナルド・レーガン大統領の時代で、いわゆる新自由主義的な金融経済政策が行われた。米国では社会的なセーフティネットが損なわれ、経済格差と不平等がクラック・コカイン拡大の背景といわれている(※5)。また、人種差別など、市民国民が分断され、軋轢が強くなったことも要因の一つのようだ。

 米国におけるクラック・コカインの流行は「コカイン・エピデミック(Cocaine Epidemic)」と呼ばれ、1980〜1985年の5年間でコカインの摘発数や取引額は倍以上になり、西海岸や南部から東部へ急速に拡大していった(※6)。だが、1990年代に入るとコカインの違法使用が減っていく。なぜコカインの流行が終息したのか、研究者の間で議論が続いているが、これはけっして違法薬物の摘発で受刑者が12倍に増えたような厳罰主義の成果ではないことがわかっている(※7)。

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1970年代後半からの10年間、米国におけるメタンフェタミン(Methamphetamine、通称ヒロポン)、アンフェタミン(Amphetamine、いわゆる覚醒剤)、ヘロイン、コカインの違法薬物を比較したグラフ。×印のコカインが1980年代に入って伸びていることがわかる。縦軸は押収件数と推定販売件数。Via:John DiNardo, "Law enforcement, the price of cocaine and cocaine use." Mathematical and Computer Modelling, Vol.17, Issue2, 53-64, 1993

 コカインは依存性が強い薬物だ。英国のブリストル大学の研究グループが開発した薬物の害を評価する指標によれば、コカインの依存性はニコチン(タバコ)よりやや強い(※8)。また、精神障害や行動障害を引き起こし、認知機能を衰えさせる作用もコカインにはあるようだ(※9)。

 身体的な影響としては、呼吸器系の病気や心血管疾患を引き起こすことが知られている(※10)。さらに、C型肝炎の罹患リスクを高め、新生児の健康にも悪影響を及ぼすなど、コカインを使用すると多くの弊害が起きるようだ(※11)。

 つまり、コカインに一度、手を出せばその依存性の強さから容易には止められなくなり、精神障害や様々な病気にかかるリスクを高め、子孫にもその害がおよぶ危険性があることになる。

 米国の例でみるように、社会のセーフティネットが損なわれ、様々な格差が拡大し、阻害されて孤立化する人々が増えると違法薬物が急速に蔓延することが考えられる。

 安倍政権の経済金融政策に限界が見え、ヘイトスピーチとネット上の炎上が日常茶飯事になった今の日本は、当時の米国と似ている点も少なくない。今回の大物芸能人のコカイン疑惑は、特にコカイン使用の危険性の高い世代に対する影響力を考えればかなり要注意ということになる。

●薬物依存などに関する相談先

厚生労働省「薬物乱用防止相談窓口一覧

「全国精神保健福祉センター」一覧

特定非営利活動法人アスク「薬物問題の相談先」

NPO法人 全国薬物依存症者家族会連合会

※1:World Health Organization, "International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems 10th Revision."(2019/03/15アクセス)

※2:George R. Gay, et al., "Cocaine: History, Epidemiology, Human Pharmacology, and Treatment. A Perspective on a New Debut for an Old Girl." Clinical Toxicology, Vol.8: 2, 149-178, 1975

※3:Drothy K. Hatsukami, et al., "Crack Cocaine and Cocaine Hydrochloride- Are the Differences Myth or Reality?" JAMA, Vol.276(19), 1580-1588, 1996

※4:U.S. Departmento of Health and Human Services, "Research Findings on Smoking of Abused Substances." NIDA Research Monograph 99, 1990

※5:Loic Wacquant, "The new'peculiar institution: On the prison as surrogate ghetto." Theoretical Criminology, Vol.4(3), 377-389, 2000

※6-1:Richard S. Frank, "Drugs of Abuse: Data Collection Systems of DEA and Recent Trends." Analytical Toxicology, Vol.11, Issue6, 237-241, 1987

※6-2:Ansley Hamid, "The Developmental Cycle of a Drug Epidemic: The Cocaine Smoking Epidemic of 1981-1991." Journal of Psychoactive Drags, Vol.24, Issue4, 337-348, 1992

※7:Philippe Bourgois, "Crack and the Political Economy of Social Suffering." Addiction Research & Theory, Vol.11, Issue1, 31-37, 2003

※8:David Nutt, et al., "Development of a rational scale to assess the harm of drugs of potential misuse." The LANCET, Vol.369, No.9566, 1047-1053, 2007

※9:S Potvin, "Cocaine and cognition: a systematic quantitative review." Journal of Addiction Medicine, Vol.8(5), 368-376, 2014

※10-1:Terra Filho, et al., "Pulmonary alterations in cocaine users." Sao Paulo Medical Journal, Vol.122(1), 26-31, 2004

※10-2:R A. Lange, et al., "Cardiovascular complications of cocaine use." The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, Vol.345(5), 351-358, 2001

※11:Ainslie J. Butler, et al., "Health outcomes associated with crack-cocaine use: Systematic review and meta-analyses." Drug and Alcohol Dependence, Vol.180, 401-416, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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