フィンランドのデジタルヘルス最先端 タンペレのエコシステム
社会のデジタル化が進むフィンランドで、首都ヘルシンキでの「ラディカル・ヘルス・フェスティバル」を取材後、筆者はそのままフィンランドで第二の都市であるタンペレへと向かった。
コミュニティを育てる専門機関
「タンペレのヘルス・エコシステムには、システム生物学とP4医療分野に焦点を当てた研究者・革新的な企業・自治体・ケア従事者が、未来の予測・予防・個別化・参加型ケアの目標に到達するために協力できる、類まれな組み合わせがあります」と、経済開発機関「ビジネス・タンペレ」のシニア・ビジネス・アドバイザーであるイローナ・ライタカリ氏は取材で話した。
「ビジネス・タンペレ」は、地域への投資を促進し、持続可能なビジネスのための魅力的な環境を整備する機関であり、都市のエコシステムを回すキーパーソンでもある。
予防医療への注力
フィンランドは、医療部門の2030年ビジョンでは、予防医療を発展させるために健康データと社会データを活用することの重要性が強調されている。そのため、タンペレも早期発見と予防医療に力を入れ、潜在的な健康問題が深刻な問題になる前に発見しようとしている。
ライタカリ氏によると、タンペレの特長は、「研究・ビジネス・臨床の連携が強く、ヘルスケアと医療イノベーションの肥沃な土壌を提供している」ことだ。「この相乗効果により、健康的なライフスタイルを促進し、医療システムの負担を軽減する新しい予防策や技術を開発することができます」。
他者を警戒しない北欧文化
「異業種間の連携」は「平等」という価値観を柱とする北欧社会の強みだ。米国や日本はどちらかというと「競争社会」であり、小さい頃から成績や競争を意識する社会で育ち、企業で働くようになっても、「競合」を意識し、他者(他社)に「情報を盗まれること」などを心配・警戒する側面が強い。
北欧のデジタル社会には他にも要素があるが、他者を信頼して協力しあおうとする文化が根付いている北欧社会からは、今他国が学べることがあると、筆者は感じている。
世界的に著名な科学者であるリロイ・フッド医学博士は、現在、アルツハイマー病、癌、ウェルネスの研究を行っており、タンペレ大学で「医療のパラダイグシフト」について講演していた。講演後は、ビジネス・タンペレを始めとする地元の企業や関係者が集まり、今後の医療発展のための意見交換がされた。
話しを戻そう。タンペレはこのように、パートナーシップでつながる「地域型ビジネスエコシステム」を形成している。実際にタンペレで活動する企業らはどう感じているのだろうか。
「企業がコラボレーションを求めている」
MedicubeX社は、予防医療を安価で、場所を問わず誰もが利用できるようにしている。ボックスの中に入ることで、体温・血圧、対脂肪・不整脈などを5分で測定。リソースを自動化し、医療提供を最適化することで、世界的な看護士不足に対処しようとしている。
ヴィリ・コスタモCEOは、「タンペレはフィンランドの中心に位置しているため、全国的・国際的な成長を目指す企業にとって理想的な拠点となっています。特にデジタルヘルスは、相互接続された多数のシステムと外部のハードウェアやインフラが関係するため、広範なコラボレーションが必要となります」と話す。
「幸い、タンペレは協力的で、主要企業が積極的にコラボレーションを推進している。さらに、ビジネス・タンペレや熱意ある専門家が、事業展開する企業や進出を検討する企業にサポートを提供しています」
「エコシステムの一員だから、イノベーションが進む」
Geego社の製品は、5~9歳の子どもたちを対象にデザインされている。子どもたちはただ 「遊ぶ 」のではなく、参加し、基本的な運動能力、強さを身につけ、社会性や生活スキルも学ぶ。
オレンジ色のかわいい「とかげ」のキャラクターが、子どもたちのパートナーとなり、一緒に運動を楽しむ仕組みだ。
同社のヘイディ・レイヴォCEOは、タンペレは、製品をテスト・改良することができる優れた環境を提供してくれたと話す。「おかげで、貴重なフィードバックを収集し、ユーザーのニーズをより効果的に満たすために必要な調整を行うことができます」
また、助成金や投資機会といった適切な資金調達手段を見極める手助けは、同社の研究開発努力と事業の拡大にとって極めて重要であったと語る。
「エコシステムの一員であることで、他の企業、研究者、業界の専門家と貴重な人脈を築くことができます。こうした人脈は、イノベーションと成長を促進するコラボレーションやパートナーシップの機会を広げることにもつながります」
「なによりも、エコシステムが他の新興企業や会社と経験や課題を共有できる支援的なコミュニティを育んでいます。このようなサポートは、問題解決や新たな視点を得る上で貴重なのです」
他にも、タンペレには世界最高のバイオバンク・ネットワークを構築する「FINBB」、顧客がデータに基づいて意思決定を行う支援をする 「BCPlatforms」、ソフトウェア分野のスペシャリストとしてヘルスケアと公共部門をつなげる「Atostek」、メンタルヘルス疾患の早期発見と予防のための「指輪」を開発した「Nuanic」などがある。
各業界でデジタル化が求められる中、自分たちだけで問題を解決しようとするのではなく、閉ざしていた扉を開き、外にいる人々と協力しあう。垣根を超えた官民連携の地域型コミュニティの土壌がどれほど育っているかで、社会の課題解決力はより強化される。
デジタル先進国の秘密
北欧はなぜデジタル化が早く進んでいるのか。この問いは世界中の記者たちがよく問いかける質問だ。
別記事でも指摘されたように、テクノロジーの世界で働く人々と、医療ケア業界で働く人々は、同じような話し方をするわけでもなく、居場所が異なる。だからこそ、ビジネス・タンペレのような、コミュニティを育成する担当者が必要となる。
だから、最後にこうまとめようと思う。
変化が急速に求められる今こそ、北欧の官民連携モデルや地域型のエコシステムというコミュニティ育成は、ケア業界のデジタル化を進めるうえでの鍵であり、他国に解決策の前例を提示してくれている、と。