「鬼滅の刃」商標で“リアルバトル”は起きるのか?
「”鬼滅の刃”商標登録でよもや、よもやの“リアルバトル”になっていた!」という記事を読みました。「鬼滅の刃」作品の出版元である集英社とまったく関係のない企業が「鬼滅」を出願していたが、7月末に拒絶になっていたという話です。
拒絶の理由は、「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」(商標法4条1項15号)です。「鬼滅」と「鬼滅の刃」は必ずしも類似すると言えませんが、「鬼滅の刃」が集英社の商標としてきわめて有名であることから「鬼滅」はそれと混同を生ずるおそれがあるので登録しないということです。
全然”リアルバトル”でもなんでもないので上記記事はちょっとタイトル詐欺ですね。日本では、この4条1項15号等、関係ない人による便乗商標登録を防ぐ規定が充実していますので、誰でも知っている著名な商標と紛らわしい商標を関係ない人が抜け駆け的に出願し登録することはまずできません(一部の人だけが知っているだけで著名とまでは言えない境界領域では問題が発生し得ますが)。
なお、集英社自身もおそらくこれを契機として2020年7月22日に「鬼滅」を出願しています(念のためということでしょう)。これ以外にも、集英社は、当然ながら2018年12月には「鬼滅の刃」のロゴを出願しており(2019年12月に登録)、さらに、2020年5月から6月にかけて、「柱」、「滅」、「義勇」、「伊之助」、「善逸」、「禰豆子」、「炭治郎」、「全集中」、「キメツ学園」、「無限列車」、「悪鬼滅殺」、「鬼殺隊」を出願しています。このうち、「柱」と「滅」は登録査定が出て登録料が納付されていますのでまもなく登録されるでしょう。その他は審査待ちです。また、以前書いたように、登場人物の衣装の地模様も出願されていますが、こちらもまだ審査待ちです。
当然のことですが手広く出願しているので、今後も”リアルバトル”が起きる可能性は薄そうです。ただし、ちょっと出願が遅かったのではという感もあります。「全集中」あたりはもし便乗出願されていると4条1項15号が適用されず登録されてしまった可能性もあったのではと思いますが、結果オーライという状態かと思います。
さらに、抜け駆け出願という点では日本により遙かにエグい中国の状況を見てみましょう。「鬼滅の刃」については、2019年12月6日に集英社が出願していますが、それ以前にも2019年1月から第三者による様々な勝手出願があります。しかし、これらの勝手出願で審査完了したものはすべて拒絶になっています。中国の商標の審査結果は、(たとえ料金を払っても)第三者は閲覧できないので、拒絶の理由は明らかではないですが、商標法改正により、2019年4月23日以降使用を目的としない悪意による商標登録出願は拒絶の対象になりましたので、それが理由ではないかと思われます。一方、集英社の出願も無事登録されたかというそういうわけではなく、商標評議委員会(TRAB)におけるレビュー(日本で言う拒絶査定不服審判)が進行中です。レビューが完了しないと内容がわからないのですが、単に集英社が鬼滅の刃の正当な出版元である旨の証拠を提出するという事務手続レベルの話しかもしれません(中国の商標制度では、拒絶理由通知に意見書で応答するといったプロセスがなくいきなり拒絶査定になってしまうので、後の手続はすべてレビューを請求して行なうことになります)。
一方、「炭治郎」「禰豆子」については、集英社が2020年8月5日出願しているところ、2019年8月頃より様々な勝手出願があり、一部は登録されてしまっています。「被服」「玩具」あたりを取られてしまったのでちょっとやっかいです。鬼滅の刃の商標関係で”リアルバトル”が起きるとすればこのあたりになるでしょう。
ポジショントークを承知で言いますが、やはり早め早めの商標登録出願は重要(特に中国)ということです。