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自虐にパクリ疑惑!? 炎上も覚悟のNHK『被告人名古屋』。意外な評判の理由とは?

大竹敏之名古屋ネタライター
『被告人名古屋』は東海地方で放送の後、NHKプラスで配信中(画像提供:NHK)

名物を横取りされた? 周辺のマチたちが名古屋を起訴!?

名古屋が訴えられた!? 原告は同じ愛知県内の5つのマチ。罪状は「有名物勝手に所有しがち罪」=ようするにパクリ・・・? こんな刺激的な内容のドラマ仕立てのバラエティー番組がNHK名古屋放送局で制作されました。8月23日に放送された『被告人名古屋』です。

名古屋コーチンに喫茶店のモーニング、きしめん、ジブリパークなど、名古屋周辺に発祥、所在地がある名物・名所を“名古屋名物”と我が物のように語って喧伝している、というのが擬人化して登場する原告の5つのマチ(岡崎・一宮・刈谷・豊橋・長久手)の訴え。名古屋被告は「一切迷惑をかけていない」と全面的に争う姿勢で、法廷で舌戦がくり広げられます。

名古屋めしパクリ疑惑はSNSなどでもしばしば話題に上り、愛知県の名物や名産品が「名古屋名物」と見られることも少なくありません。そのため、このあらすじだけでも名古屋人の心はざわつき、周辺地域の人にとっても気になるものでした。

きっかけは小牧市発祥の「名古屋コーチン」だった!

地雷があちこちに埋められているようなリスキーなテーマですが、なぜこのような番組を企画、制作するにいたったのでしょうか? 担当したNHK名古屋放送局のプロデューサー・春日真人さん、ディレクター・田中涼太さん(以下、「春日P」「田中D」)を訪ねました。

ディレクター・田中涼太さん(左)とプロデューサー・春日真人さん。田中さんは開発番組班で『光秀のスマホ』『日本人のおなまえ』などの人気番組を手がけた
ディレクター・田中涼太さん(左)とプロデューサー・春日真人さん。田中さんは開発番組班で『光秀のスマホ』『日本人のおなまえ』などの人気番組を手がけた

田中D「私は千葉出身で、2022年秋に名古屋に赴任しました。今回の番組制作のきっかけは小牧山城(愛知県小牧市)の取材。集合場所の名鉄小牧駅前に行くと『名古屋コーチン発祥の地』の碑がある。市の方によると、“名前に『名古屋』とありますが小牧が発祥なんです。もっとアピールしたいんですが・・・”とのこと。気になって調べてみると名古屋めしとして知られる天むすは三重県津市が発祥らしいとか、名古屋出身だと思って接していた人が実は岡崎の人だったとか、名古屋を冠しながら実は名古屋じゃないものが結構あるんだ、と思ったのです」

「地元愛+コンプレックス」は名古屋だけじゃない

田中さんが着目したのは、個々の事象の真偽よりも、地元の人の意識でした。

田中D「こうした話題を地元の人が取り上げている作品やメディアがいくつもあって、名古屋や愛知の人たちは、地元愛があるがゆえにちょっとしたコンプレックスも含めて楽しみのひとつとしている。それが広く共有されているのも面白いと思いました」

そんなちょっと“面倒くさい”地元愛は、名古屋に限ったものではないともいいます。

田中D「私の地元の千葉も似ているんです。千葉にあるのに『東京ディズニーランド』『東京ドイツ村』とかテーマパークに『東京』を冠してしまう。しかも私は千葉県でも東京寄りの柏市出身なので、“ピーナッツで有名な千葉ですね”といわれてもあまり詳しくなく、つい“東京の方出身です”といってしまうことがあるんです。故郷への愛着とコンプレックスがないまぜになった気持ちって、全国どこにでもある。その感情をうまく拾い上げながら肯定的にまとめられれば、“やっぱり地元を愛している”と認識できる番組をつくれるんじゃないかと考えました」

プロデューサーの春日さんもこの趣旨に共感を覚えたといいます。

春日P「私は山梨県育ちですが母の実家が名古屋で、子どもの頃から毎年祖父母の家に遊びに来ていたので名古屋に対するシンパシーがある。でも、転勤で赴任してきた人が“名古屋めしってクセがありすぎ”とか名古屋をクサすことが多い。他の土地でそういうことってあまりないので、普段から名古屋に対する悪口にすごく敏感になっていました。だからこそ田中君の目のつけどころは面白いな、と感じました」

リスキーだと危ぶむ社内の声も。イジり倒しに注意

しかし、名古屋を被告人に仕立てて訴える、という設定は、いかにも当の名古屋人からクレームが寄せられる危険性がありそう。いわゆる“炎上”のリスクは想定していなかったのでしょうか?

春日Pリスキーだとの声も社内でまず上がりました。ただし、それは視聴者の反応というよりも、『名古屋コーチン』などブランド名の扱いについてです。商標なのか一般名詞なのか? 特定の商標のPRにならないように気をつける必要がありました」

田中D「イジったまま終わり、にならないよう心がけました。入口では“おや?”と思っても、出口では“やっぱりいいマチだな”と感じられる。最後までご覧いただければ大丈夫、という番組にしようと考えて取り組みました

地元俳優をキャスティング。「津ぅ」の発音に地元民歓喜!

説得力を持たせるためにこだわったのがキャスティングでした。

「岡崎」「一宮」「刈谷」「豊橋」「長久手」の地名を額に記して擬人化した原告団。地元ではおなじみの顔も多い(画像提供:NHK)
「岡崎」「一宮」「刈谷」「豊橋」「長久手」の地名を額に記して擬人化した原告団。地元ではおなじみの顔も多い(画像提供:NHK)

田中D名古屋以外の人が『名古屋には何もない』というのは嫌だな、と思っていたので、地元出身の人をキャスティングすることにはこだわりました」

春日P「NHK名古屋放送局は長年『中学生日記』(1972~2012年)を制作していたので名古屋の役者さんとのネットワークがある。当時を知るドラマプロデューサーから紹介してもらい地元の方に声をかけました」

田中D「そういった方々を集めてオーディションを行いました。そこで取材もかねて、それぞれのお国自慢を教えてもらい、その情報も脚本の中に盛り込みました。俳優さん同士で方言指導をし合えるのでこちらとしては安心でした。三重県津市役の俳優さんは実際に津出身で、Xのポストを見ると『津ぅです』というせりふのイントネーションだけで津の視聴者の方に喜んでもらえていました(笑)」

主役の“名古屋さん”を演じたのは佳久創(かく そう)さん。中日ドラゴンズファンにとっては思い出深いかつてのリリーフエース、郭源治さんの息子です。

田中D「Netflixドラマ『サンクチュアリ –聖域-』で演じた、元横綱の父を持つエリート力士役がすごくよかったんです。プレッシャーやコンプレックスを抱きながらもそれを隠している役柄で、名古屋はスゴいと思いながらもコンプレックスを抱えているという今回の役のイメージにぴったりでした」

「名古屋」を演じた佳久創さん。元ラガーマンの堂々たる体躯も大都市・名古屋を表現するのにぴったりだった。傍聴席の親・名古屋派のドラゴンズの帽子、Tシャツなどにも注目を(画像提供:NHK)
「名古屋」を演じた佳久創さん。元ラガーマンの堂々たる体躯も大都市・名古屋を表現するのにぴったりだった。傍聴席の親・名古屋派のドラゴンズの帽子、Tシャツなどにも注目を(画像提供:NHK)

ロケ地は朝ドラ『虎に翼』と同じ! 聖地巡礼人気に便乗?

「名古屋とばし」「第三の都市だと認めてもらえない」などのフレーズや風評を可視化した回想シーンもユニークな演出。高校時代の同級生、東京君や大阪君、福岡君にバスケでボールを回してもらえない名古屋君に、かつての苦い記憶をよみがえらせた名古屋人も多かったのではないでしょうか。

田中D「昔からネタにされるいわゆる『名古屋あるある』を随所に入れようと考えました。しかし、これらは現在そうだというよりも“かつてそうだった”というものが多い。それもふまえて、名古屋さんの学生時代の回想シーンとして盛り込むことにしました」

撮影はオールロケで、名古屋市市政資料館で行われました。かつて本物の裁判所だった建物で、朝ドラ『虎に翼』のロケ地としても今や大人気スポットになっています。

ロケ地は名古屋市市政資料館。昭和50年代まで実際に裁判所として使われていた。朝ドラ『虎に翼』でも同じ場所が使われ、多くのファンが聖地巡礼に訪れている(画像提供:NHK)
ロケ地は名古屋市市政資料館。昭和50年代まで実際に裁判所として使われていた。朝ドラ『虎に翼』でも同じ場所が使われ、多くのファンが聖地巡礼に訪れている(画像提供:NHK)

田中D「『被告人名古屋』を企画したのは去年の冬で、『虎に翼』もここで撮っているとは知らなかったんです。法廷劇なので重厚感あるタッチで撮りたくて、ここしかない!と考えました。朝ドラが始まって一視聴者として見ていて初めて“同じ場所だ!”と気づきました。本当にたまたまで、決して便乗したわけじゃないんです」

春日P「でも、番組の情報解禁の日には市政資料館でPR用の号外を配って、思い切り便乗しました(笑)」

『虎に翼』の主人公の口ぐせ「はて?」をはじめ、佳久さんの父・源治さんの現役時代を彷彿させる郭ダンスなど、随所に盛り込まれた小ネタも視聴者の心をくすぐります。

田中D「傍聴者のドラゴンズの帽子、I LOVE名古屋のTシャツなど、小道具や衣装にもちょっとした小ネタを仕込んでいます。ちらっとしか映らないんですが、法廷の時計が7時58分(758=ナゴヤ)になっているんですよ(笑)」

法廷の壁時計の針が7時58分(758=ナゴヤ)を指している。映像のあちこちに隠された小ネタを探すとより楽しめそう(画像提供:NHK)
法廷の壁時計の針が7時58分(758=ナゴヤ)を指している。映像のあちこちに隠された小ネタを探すとより楽しめそう(画像提供:NHK)

批判覚悟も視聴者の意外な反応

地下鉄車内に号外が貼り出されたりする異例のPRもあって、放送前からSNSの名古屋界隈ではざわざわしていたこの番組、視聴者の反応はどうだったのでしょうか?

春日P「金曜夜7時30分からの放送で、普段は『東海ドまんなか!』というレギュラー番組の放送枠。特番は習慣視聴から外れるので視聴率が取りにくいものですが、通常の同時間帯から数字を落とすことなく、特に若い世代に多く見ていただけました

番組をPRする号外も配られた。「広報チームも出来上がりを面白いと思ってくれて、いろいろアイデアを出してくれました。“何だこれ?”と噂になればと考え、それがいい方向へ作用しました」(春日P)
番組をPRする号外も配られた。「広報チームも出来上がりを面白いと思ってくれて、いろいろアイデアを出してくれました。“何だこれ?”と噂になればと考え、それがいい方向へ作用しました」(春日P)

田中D「“NHKがマイナスイメージを広めるな!”といったご批判もあるかも・・・と心配していたのですが、SNSではネガティブな投稿はほぼ見られず安心しました。リスクがゼロだとは思っていなかったので、名古屋めしや経済など様々な分野の監修者と何度もやりとりし、専門的な知見をいただけたのが要になりました。東京で制作していたら、ここまで東海地方の皆さんに受け入れられるものにはできなかったと思います

番組には「お国自慢バラエティー」という冠もついています。今後、名古屋以外の地域に広がる可能性はあるのでしょうか?

田中D番組のエピローグで次があるようににおわせているのですが、これは局内向けのアピールという意味合いもあります(笑)。配信では傍聴席ゲストのシソンヌ・長谷川忍さん、ももいろクローバーZ・佐々木彩夏さんによる副音声があり、ここでも次回作の候補が上がってるので聞いてみてください。お国自慢とその裏にあるコンプレックス、周辺地域との微妙な関係性というのは全国各地にあると思うので、是非いろんな地域に広げていきたい。次があるかは今回の『被告人名古屋』の評判にかかっていますので、地上波を見逃した地元の人はもちろん、全国の方も是非配信でご覧下さい!」

傍聴席のももいろクローバーZ・佐々木彩夏さんとシソンヌ・長谷川忍さん。横浜、静岡県浜松出身の2人の反応が他府県の視聴者の声を代弁し名古屋・愛知以外の人も番組に入り込みやすくしている(画像提供:NHK)
傍聴席のももいろクローバーZ・佐々木彩夏さんとシソンヌ・長谷川忍さん。横浜、静岡県浜松出身の2人の反応が他府県の視聴者の声を代弁し名古屋・愛知以外の人も番組に入り込みやすくしている(画像提供:NHK)

炎上しなかった理由とは・・・?

実は筆者は、名古屋めしの監修者としてこの番組にかかわっていました。田中さんとは何度もやりとりし、誤解を生む表現をしないよう慎重を期しました。例えば名古屋めしの発祥について、当初の台本では「名古屋発祥」=「○」、「名古屋発祥ではない」=「×」の2種類に分けていたところ、「名古屋と別地域発祥説がある」=「?」を加えた3種類に分けて紹介するよう修正をほどこしました。真偽を断定できないデリケートな話題について、乱暴に言い切ってしまうことのないよう配慮しながら、脚本の精度を高めていったのです。

それでも筆者は、プチ炎上くらいはいたしかたなし、むしろそれくらいの方が話題として盛り上がるのでは・・・と予想していました。ところが放送後のSNSの評判は絶賛の嵐(!)。「めっちゃ面白かった」「30分ずっと笑ってた」「ローカルネタわかりすぎて地元民にはおもしろい奴」「名古屋の擬人化を典型的なマッチョにしたの、秀逸」「切り札に世界のTOYOTA出してくるの熱い」など、筆者が見た限りポジティブな評価がほとんどでした。

これは「最後まで見てもらえば大丈夫」と制作陣が望んでいたとおり、大半の視聴者がしっかり集中して見てくれたからだと考えられます。すなわち番組の内容が視聴者を引き込んで離さなかったといえるでしょう。確かに番組は、名古屋人にとってちょっと痛いところをつかれながらも納得がいき、なおかつ地元の魅力を再認識でき、さらには初めて知る意外な情報もあり、見終わった後に充実感を感じられるものでした。

楽しみながら名古屋の立ち位置や周辺地域との関係性、そしてもちろん魅力がよく分かる「被告人名古屋」。地上派放送後の2週間、9月6日(金)夜7時57分まではNHKプラスで配信中、9月8日(日)には20分版が全国放送と視聴のチャンスはまだまだあり。笑って、うなづいて、大いに楽しんだ後は、あなたの町が次の「被告人」になる日が来るかもしれません・・・(?)。

(番組関連の画像はNHK提供。春日Pと田中D、号外の写真は筆者撮影)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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