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葛飾区、新金線旅客化の担当課長を選任、関係機関と検討会も設置

杉山淳一鉄道ライター
初の意見交換会が開催されました。19時から20時過ぎまで。(筆者撮影)

総武本線の新小岩駅と常磐線の金町駅を結ぶ貨物線「新金線」を旅客化する構想があります。長い間、葛飾区と市民団体が調査研究、広報活動を続けてきました。2023年4月24日の住民説明会で、葛飾区が専門担当課長を任命したことが明らかになりました。実現に向けた大きなステップです。

新金線ってなに?

新金貨物線は通称です。正式には総武本線の貨物支線です。開通は1926(大正15)年です。当時、総武本線は隅田川の鉄橋がなく、両国橋(現・両国)駅が始発・終着駅でした。千葉県からやってきた人々は東京市電に乗り換えました。貨物は両国橋駅で荷車や馬車に積み替えるか、隅田川の船に載せていました。それでは不便だと、東武鉄道亀戸線に乗り入れて曳舟から北千住へ、そして国鉄常磐線の北千住に至ります。

このルートは東武鉄道のダイヤの隙間を使わせていただきます。増発しにくいし、当時は貨物列車の需要が高まっていました。そこで、鉄橋を架けるより手っ取り早く、総武線と常磐線を短絡するために支線が作られました。「新」小岩と「金」町を結ぶから新金線です。貨物列車専用で単線です。将来は複線化できるように用地は確保してあります。

新金線の概要(配付資料より)
新金線の概要(配付資料より)

貨物列車が走るなら人も乗せてほしい。それが地元の人々の願いでした。国鉄の案件なので国会で審議されましたが、吉田茂首相に却下されます。1953年の第16回国会でした。ちなみに議長さんは堤康次郎。後の西武グループの基礎を築いた人です。つまり、新金線の旅客化要望は、少なくともこの頃から始まり、本年で「却下70周年」となります。

その後も沿線の人々の要望活動は続き、一方で新金線の状況は少しずつ変わりました。武蔵野線、京葉線など、複線の迂回路線が作られて、新金線経由の貨物列車が減りました。トラック輸送も普及しました。いまこそ旅客化! とばかりに、葛飾区議会は1983年に「新金貨物線の旅客化に関する意見書」を採択します。

しかし事業費は約930億円。赤字国鉄には負担できず、葛飾区の予算でも無理です。それでも区民の要望は続き、葛飾区もあきらめず「改造費を抑えるためにLRTにしてはどうか」などの調査を進めました。現在もいくつかの住民グループが活動しています。

ここまでの詳しい話は、過去にこちらのコラムで紹介しました。

【2021年1月15日】

葛飾区が熱望「貨物線旅客化」は現実的なのか | ローカル線・公共交通 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース

【2022年10月22日】

70年の悲願、「新金線旅客化計画」の現在:杉山淳一の「週刊鉄道経済」 - ITmedia ビジネスオンライン

【2023年2月12日】

よくこんな列車を…葛飾区を南北に貫く貨物専用線「新金線」に乗ってきた | 文春オンライン

振り返ると、私は毎年1回、レポートしています。新金線を知ったきっかけは貨物線ツアーでした。乗り鉄として貨物線に乗ってみたい、というだけでした。しかし、旅客化すれば確かに便利です。正規の旅客路線として乗ってみたい。

新金線は単線電化路線です(筆者撮影)
新金線は単線電化路線です(筆者撮影)

初の「住民意見交換会」

2023年4月24日、葛飾区立奥戸中学校多目的ホールで「新金線 旅客化に向けた意見交換会 新金線旅客化構想『いいね』の会」が開催されました。主催はボランティアグループ「新金線いいね! 区民の会」です。この会は「政治や企業のしがらみなく」純粋に実現に向けたアイデアを話し合い、広報活動や葛飾区へ提案活動を実施してきました。貨物線乗車ツアーの企画や沿線ウォークイベント、線路脇のごみ拾い活動なども実施しています。

この意見交換会は貨物線ツアーの時にいただいた「新金線いいね! 区民の会」のスケジュールに入っており、私も楽しみにしていました。ゲストは葛飾区副区長小林宣貴氏、葛飾区都市整備部交通施設担当部長今井直紀氏、新金線旅客化担当課長野刈広介氏です。新金線旅客化について初の「行政と市民の意見交換会」となりました。

新金線旅客化については課題がたくさんあり、大きい課題は「整備予算」と「国道6号新宿踏切」の2つです。この状況は前出の3つのコラムで紹介した内容から進展していません。しかし、今回の大きな収穫は、「葛飾区に新金線旅客化担当課長が誕生」です。葛飾区が国や都、JRと連絡するための正式な窓口を作りました。葛飾区が本気を出してきたぞ、という感じです。

もうひとつは、「新金線いいね! 区民の会」を母体として「一般社団法人 新金線 実現の会」が結成されました。行政や企業との契約、取り決めなど、ボランティア団体では動きづらかった活動ができるそうです。新金線の課題解決に向けて、準備が整いつつあると感じました。

意見交換会は葛飾区の説明から始まりました。葛飾区にとって新金線旅客化を推進する理由は主に4点です。

「少子高齢化や脱炭素社会による環境の変化のなかで、公共交通は単なる移動手段ではなく、持続可能なまちづくり装置である」

「公共交通活性化に関する国の制度や交通技術の向上によって、葛飾区にとって脆弱な南北方向の交通利便性を向上する」

「公共交通の充実を図る地域の解消を目指し、その地域の街作りをすすめ、ポストコロナ時代の葛飾区の活力向上に資する」

「LRT車両の魅力ある車両を活かした観光資源として地域の活性化を期待」

このうち「公共交通の充実を図る地域」について、葛飾区は10地域について検討しています。これらは民間事業者のバス路線が少ない、またはゼロの地域。道路が細くバスが通行できない地域もあります。新金線を旅客化すれば、そのうちの半分、5地域の不便が解消されます。

新金線によって5つの地域で交通不便が解消されます(配付資料より)
新金線によって5つの地域で交通不便が解消されます(配付資料より)

新金線最大の課題は新宿踏切です。ここは国土交通省が改良工事を進めており、道路を立体交差とし、新金線も高架化する予定です。しかし工事完成の目途が立たないため、旅客化の方針も定まりません。そのため、まずは南半分、新小岩~高砂間の開業を目指します。目標年度は2030年です。

このほか、JR貨物列車とライトレール車両を同じ線路で走らせるための信号制御など、技術的な課題もあります。葛飾区は課題解決のため、令和4年度から「新金線旅客化検討委員会」および「幹事会」を設置しました。委員はJR東日本、JR貨物、京成電鉄などの関係機関で、オブザーバーとして国土交通省、東京都、警視庁、江戸川区などの行政機関が参加します。この枠組み設置も「一歩前進」といえるでしょう。

新金線旅客化検討委員会が設置されました(配付資料より)
新金線旅客化検討委員会が設置されました(配付資料より)

葛飾区からの説明のあと、参加者の意見、質疑がおこなわれました。内容は次の通りです。

・新小岩駅または金町駅は既存駅とどうつながるか。雨に濡れずに乗り換え可能か。

・騒音について。(会場は線路の近くで、説明会中も貨物列車が2回通り、説明を中断するほどの音だった)

・新金線だけではなく、葛飾区民全体で考えると柏や茨城、東京に直通できるように便利にしてほしい。

・江東区が検討している小名木川線(総武本線越中島支線)のLRT構想と連携し、一体的に整備してはどうか。

・費用はどうなっているか。

 (回答:国や都の補助制度も検討、葛飾区は独自に基金を創設、今年度末までに50億円)

・観光の取り組みも実施してみてはどうか。伊予鉄道の坊っちゃん列車のような。沿線外の人々にも関心を持ってもらえる方法を考えてほしい。

・新小岩に新しいサッカースタジアムができて、区の予算でも300億円を計上している。これは新金線にとって追い風になるはず。アピールしていいと思う。

ひとつひとつの意見にコメントする新金線旅客化担当課長 野刈広介氏(筆者撮影)
ひとつひとつの意見にコメントする新金線旅客化担当課長 野刈広介氏(筆者撮影)

この住民意見交換会は、チラシの配布や「新金線いいね! 区民の会」のFacebookページなどで告知されました。参加者を見渡したところ、約150人~200人くらいでしょうか。年配の男性が多かったように思います。地域で消防団の集まりがあったようで、今後は開催日時のリサーチが課題。前出の「公共交通の充実を図る地域」や駅の設置検討地域ごとに開催しても良いと思います。丁寧に、丁寧に、どす。

新金線旅客化構想は、長い歴史があるにもかかわらず、国土交通省の交通政策審議会答申に盛り込まれていません。今回、行政に担当部署ができて、関連企業や国や都も交えた「新金線旅客化検討委員会」ができて、住民と意見交換会も開始しました。こうした活動が交通政策審議会に認められると、次の答申「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について」に載り、実現に近づく、という段取りになります。

新金線旅客化で検討運行形態 楽しみですね(配付資料より)
新金線旅客化で検討運行形態 楽しみですね(配付資料より)

今回はここまで。新たな動きがありましたらご報告いたします。

(2023年4月26日 14時23分 誤字脱字など修正しました)

鉄道ライター

東京都生まれ。信州大学経済学部卒。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。出版社でパソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当したのち、1996年にフリーライターとなる。IT、PCゲーム、Eスポーツ、フリーウェア、ゲームアプリなどの分野を渡り歩き、現在は鉄道分野を主に執筆。鉄道趣味歴半世紀超。2021年4月、日本の旅客鉄道路線完乗を達成。基本的に、列車に乗ってぼーっとしているオッサンでございます。

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