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中谷正義対フェリックス・ベルデホ「究極のサバイバル戦」これだけの理由

杉浦大介スポーツライター
Photo By Mikey Williams/Top Rank

12月12日 ラスベガス MGMグランド カンファレンス・センター

ライト級10回戦

フェリックス・ベルデホ(プエルトリコ/27歳/27勝(17KO)1敗)

元OPBF東洋太平洋ライト級王者

中谷正義(帝拳/31歳/18勝(12KO)1敗)

世界戦線に戻って来た実力派

 “後になって価値が上がる敗戦”とはあるものだが、中谷が昨年6月19日にテオフィモ・ロペス(アメリカ)に喫した1敗はその最たるものだろう。

 デビュー以来13連勝(11KO)を続け、中量級最大のプロスペクト(有望株)と目されていたホンジュラス系米国人との対戦で、中谷は激しい打撃戦を展開。鋭い右ストレート、左ボディを決め、中盤以降もほぼ互角にわたり合った。見栄えの良さで上回ったロペスが勝利を手にしたものの、内容は3人のジャッジの118-110, 118-110, 119-109という採点以上に接ったものだった。

 「ライト級トップの中に中谷に勝てない選手はたくさんいるよ」

 ロペス陣営のある人間がそう語っていた通り、この試合で中谷が世界レベルの実力を証明したことは間違いない。試合後、リング上のインタビューでは強気を保ったものの、エレベーターの中ではいつも威勢のいいロペスが結婚したばかりの夫人の肩で泣き崩れていたのも記憶に新しい。

 それから時は流れ、今年10月17日―――。中谷戦後、コンディション調整を改めることで立て直したロペスは、初の世界タイトル戦で天才ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)の攻略に成功する。通称”テイクオーバー”はライト級の4団体を制し、中量級の新たなスターへと昇格。それと同時に、才能あふれるロペスをプロリングでは初めて苦しめた中谷の実力も再評価されることになったのだった。

 そんな中谷が2度目のチャンスといえる舞台を迎える。今度の相手はプエルトリコの期待を一身に集めるベルデホ。久々の試合でまたもこれだけの難敵を用意されたことは、中谷の力量が認められていることの証でもある。その一方で、今度は“善戦”だけでは物足りない。”勝利”という結果が前回以上に必須の一戦と言える。

 「(ロペス戦では)強いパンチ、ポイントになるパンチがやっぱりちょっと少なかったので、そういうのをやはり海外の試合では使っていきたい。ボクシングは身長で戦うわけじゃないんで、パンチ力でKOを狙って試合をしたいなと思います」

 10日、MGMグランドガーデン・アリーナの通称“バブル(隔離空間)”で行われた最終会見で中谷はそう意気込みを述べていた。

 もともと備わったハイレベルの戦力に加え、ロペス戦で学んだ経験を生かし、名高いギャンブルタウンでアメリカでの初勝利を挙げられるか。印象的な形で知名度の高いベルデホに勝てば、中谷の行手に新たな道が開ける。

 ロペス、ロマチェンコに加え、ジャーボンテ・デービス、デビン・ヘイニー、ライアン・ガルシア(すべてアメリカ)などの役者が揃ったライト級。世界的に群雄割拠の階級で、中谷も存在をアピールすることになるはずである。

“プエルトリコの希望”は輝くのか

 対戦相手のベルデホにとっても、中谷とのサバイバル戦が“マスト・ウィン(絶対必勝)”の一戦であることは間違いない。 

 「フェリックス・ベルデホという名前だけは覚えておいた方がいい」

 2012~13年頃、プエルトリカンのメディア仲間たちからよくそう言われたのをまるで昨日のことのように覚えている。

 ボクシングを愛する島国においても、フェリックス・トリニダード、ミゲール・コットの後を継ぐスター候補と目されていたのが通称“ディアマンテ”。トップランクは2012年のロンドン五輪後にオスカル・バルデス(メキシコ)、ホゼ・ラミレス(アメリカ)、エスキバ・ファルカン(ブラジル)、村田諒太(帝拳)といった多くのオリンピアンと契約したが、その中でも最大級の期待をかけられていたのがベルデホだった。

 その後、ベルデホは不振の期間も経験した。2016年夏にはバイク事故を起こして入院すると、2018年3月にはアントニオ・ロサダ(メキシコ)に10回TKO負けを喫して初黒星。この頃には不真面目な姿勢ばかりが話題になり、デビュー当初の輝きの大半が消え失せてしまったかのようだった。

 しかし、“ディアマンテ”はそこから再浮上を開始する。一女の父親になったことで自覚も目覚め、今春からイスマエル・サラスをトレーナーに迎えて心機一転。7月16日には18戦無敗だったウィル・マデラ(アメリカ)を1ラウンドで鮮烈にストップし、復活気配を感じさせた。

 「以前の私は自分自身のためだけに戦っていました。それが今では娘のミランダにより良い将来を供給したいと願い、そのために戦っています。人生に新たな目的が生まれたことが違いになっているのでしょう。娘のおかげで、今では自身のキャリアのために必要なことに集中できています」

 筆者との電話インタビューでそう述べていたベルデホは、このままトップ戦線に戻れるのだろうか。

 バネ、リズム、好調時の瑞々しさ、そして爽やかな笑顔など、ベルデホが持った数々の長所はやはり捨てがたい。プエルトリカンの興行価値が、特にアメリカ東海岸で魅力的なのも誰もが周知の事実。ここでロペスを苦しめた中谷をも倒せば、来夏、“コロナ終息後”のニューヨーク、マディソン・スクウェア・ガーデンでのロペス挑戦というビッグイベントもベルデホの視界に入って来る。

 だからこそ、今回の試合は絶対に負けられない。かつて“プエルトリコの希望”と呼ばれた若武者が、今まさにキャリアの正念場を迎えようとしている。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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