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月曜ジャズ通信 2014年2月3日 春節爆竹ジャズ丸かぶり号

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

もくじ

♪今週のスタンダード~オール・ザ・シングス・ユー・アー

♪今週のヴォーカル~ルイ・アームストロング

♪今週の自画自賛~マッコイ・タイナー『ザ・リアル・マッコイ』

♪今週の気になる1枚~ギラ・ジルカ『デイ・ドリーミング』

♪執筆後記

「月曜ジャズ通信」のサンプルは、無料公開の準備号(⇒月曜ジャズ通信<テスト版(無料)>2013年12月16日号)をご覧ください。

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キース・ジャレット『スタンダーズVol.1』
キース・ジャレット『スタンダーズVol.1』

♪今週のスタンダード~オール・ザ・シングス・ユー・アー

この曲は、1939年に上演されたミュージカル「5月にしては暖かい」の挿入曲として書かれたものです。

作曲はジェローム・カーン、作詞はオスカー・ハマースタインII世。この2人、ブロードウェイの音楽関係会社が集まっていたティン・パン・アレイを代表するコンビとして活躍し、彼らが手がけた1927年の「ショウ・ボート」などは“ブロードウェイのミュージカルを変えた”とまで言われています。

とはいえ、ミュージカル「5月にしては暖かい」でお披露目された「オール・ザ・シングス・ユー・アー」は、複雑で歌いにくかったこともあってヒットとならず、ミュージカル自体も不発に終わってしまいました。

しかし、作詞を手がけたオスカー・ハマースタインII世には自信があったようで、自分も脚本に関わって「5月にしては暖かい」を手直しした映画「ブロードウェイ・リズム」を制作する際、この「オール・ザ・シングス・ユー・アー」を再び挿入曲として使用したことで注目されるようになり、1945年のコメディ映画にも使われ、ヒットにつながりました。

一方のジャズ・シーンでは、“複雑で歌いにくい”ことが逆にジャズ・ミュージシャンたちの興味を惹き、ヒット曲だからという理由とは別の動機で愛されるようになったのですから、曲の構成だけでなく背景にも複雑なところがある曲だったのです。

♪"All the Things You Are" Frank Sinatra

人気を誇っていたフランク・シナトラが取り上げていることからも、ジワジワとこの曲に注目が集まっていたことがわかります。テンポ感が薄いこの曲を、甘い歌声にうまくのせて表現しているところはさすがです。

♪All The Things You Are : Keith Jarrett

現代インプロヴィゼーション・ミュージックの最高峰に位置すると言われるピアニスト、キース・ジャレットもこの曲の“複雑で歌いにくい”という魔力に取り憑かれてしまったひとりでしょう。

♪Pat Metheny & Jim Hall

ジム・ホールを師と仰ぐパット・メセニーは、念願叶って1999年にギター・デュオ・アルバム『ジム・ホール&パット・メセニー』を制作します。

モダン・ジャズのなかでギターの地位を築き上げたジム・ホールと、フュージョンからコンテンポラリーの時代に頂点を極めたパット・メセニーが、まるで一本の糸のようにこの複雑な曲を織り上げていく瞬間を見逃さないでください。

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ルイ・アームストロング『この素晴らしき世界』
ルイ・アームストロング『この素晴らしき世界』

♪今週のヴォーカル~ルイ・アームストロング

“ジャズとはなにか”を考えるとき、いちばんのヒントを与えてくれると思っているのが、サッチモことルイ・アームストロングの存在です。

彼は“黎明期のジャズ・ミュージシャン”というだけではなく、ルイ・アームストロングがいたからポピュラー音楽はジャズという特殊なスタイルの音楽として認められた――と言っても過言ではありません。

そもそも彼は、レコード・デビューの瞬間から“ジャズだった”ことがそのエピソードから伝わってくるのです。それは1926年2月26日のこと――。

スタジオに現われたルイは、いくつかの曲をコルネットで収録する予定でしたが、その“事件”は「ヒービー・ジービーズ」のときに起きました。まずワン・コーラスを歌詞どおりに歌った彼は、2番で歌詞ではなく意味のない言葉を発したのです。この「シャバダバ」という声が、“スキャットの誕生”として記録されることになりました。

ルイが録音中に歌詞カードを落としてしまったことが、スキャットで歌わなければならない事態に至った理由という説もありますが、ボクはそうは思えません。

予算の少ない黒人ミュージシャンのレコーディングという状況では何度も撮り直すのがはばかられ、歌詞を忘れたとしても続行させるということはあったのかもしれませんが、実際の「シャバダバ」は歌詞を見失ったというにはあまりに堂々としすぎていて、しかも彼のコルネット演奏のアプローチにちゃんと準じた音楽的なものになっていたからです。

また、バンド・メンバーも、ルイがレコーディング前から意味のない言葉でトランペットと同じようにアドリブをしようと練習していたことを証言していますので、確信犯だったことはまず間違いないでしょう。

以後、スキャットは歌うこととジャズをつなげる重要な要素のひとつになりました。

ジャズでは“歌を歌う”ことよりも“歌を演奏する”ことのほうが重要だと、ルイ・アームストロングが教えてくれたというわけです。

♪Jazz Video- Billie Holiday & Louis Armstrong- Dixie Music Man

1947年にアメリカで公開されたミュージカル映画「ニューオーリンズ」の一場面です。ニューオーリンズ・ジャズをバックにメンバー紹介をしながら、最後に「私はサッチモ、ルイ・アームストロングですよ、お見知り置きを!」と締め括ってコルネットを吹き始める姿は、さながらヒップ・ホップのMCを先取りしたようなパフォーマンス。そういう意味でも彼は“元祖”的な存在なんですね。

♪What a wonderful world- LOUIS ARMSTRONG

アメリカ軍がベトナムに対して大規模な軍事介入を始めた1960年代半ばの情勢を憂慮し、ジョージ・ダグラス(音楽プロデューサーのボブ・シールのペン・ネーム)とジョージ・デヴィッド・ワイスが作ったのが「この素晴らしき世界」。1968年にルイが歌ってメガ・ヒットを記録しましたが、1987年公開の映画「グッドモーニング、ベトナム」で印象的なシーンに挿入曲として使われたことで、不滅の名演の座を獲得した感があります。

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マッコイ・タイナー『ザ・リアル・マッコイ』
マッコイ・タイナー『ザ・リアル・マッコイ』

♪今週の自画自賛~マッコイ・タイナー『ザ・リアル・マッコイ』

限定発売された最新の24bitリマスタリング盤のライナーノーツを富澤えいちが執筆しました。

「“マッコイ”に秘められたWミーニング」「17歳で“運命の人”と出逢う」「いつでもイチバンでなければならない」の3つに分けてこのアルバムとマッコイ・タイナーを解説しています。

いやぁ、このアルバムは好きで以前からよく聴いていましたが、改めて調べてみると、いろいろな意味があることがわかってビックリ――というのが正直なところ。

10年ほど前に彼にインタビュー取材をしたときのネタも織り交ぜて書き下ろしましたが、自分が“コルトレーンが好きだ”と思っていたかなりの部分で、そのサウンドを生み出していたのがマッコイだったということに、いまさらながら気づきつつあったりします。

♪McCoy Tyner- Contemplation

このアルバムでボクのイチオシはこの曲です。このコード・ワークこそ、コルトレーン・ジャズを支えたマッコイの真骨頂と言えるのではないでしょうか。また、マッコイのソロ・パートでは思わず主旋律を口ずさみたくなるような衝動に駆られます。これもまた、彼のヴォイシングがすばらしいからにほかなりません。

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ギラ・ジルカ『Day Dreaming』
ギラ・ジルカ『Day Dreaming』

♪今週の気になる1枚~ギラ・ジルカ『デイ・ドリーミング』

すでに20年超のキャリアをもちながら、どちらかといえば“裏方”としての活動が多かった神戸生まれでイスラエル&日本のミックス・カルチャーであるギラ・ジルカがブレイクしたのは、彼女の初ソロ・アルバムとなる『オール・ミー』をリリースした2010年。

『デイ・ドリーミング』は2013年7月にリリースされた彼女の3枚目のアルバムです。

このレコ発=アルバム発売記念ライヴにも足を運びましたが、アルバムにも参加した野力奏一、古川初穂、深井克典という3人のピアニストが揃うという豪華なステージだったことが印象的です。いずれも日本のジャズ・シーンを代表するピアニストですが、彼らを同じアルバムに呼んでしまったところにギラ・ジルカのスゴさがあるのではないでしょうか。

つまり、ギラ・ジルカはピアノと闘うことのできるヴォーカリストである――ということではないか、と。一般的には、ピアノはヴォーカルの“伴奏”であり、メロディを彩る背景に位置するわけですが、異なるピアニストを1枚のアルバムに迎えるということは、それぞれに“ソリスト”としての役割を与えるということです。「私を引き立ててね」ではなく、「あなたのお手並みを拝見させてね」というわけです。

もちろんそれはリスクが高く、自分のアルバム、あるいは自分のステージなのにボロボロにされることだってあるでしょう。でも、ボロボロになったらなったで、そこから学び、自分を成長させることができる。そんな“セッション”という感覚を優先させるのがジャズの現場であり、それを知っているのがギラ・ジルカというヴォーカリストであるということなのです。

♪「Day Dreaming」~Geila Zilkha ギラ・ジルカ

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富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』
富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』

♪執筆後記

アメリカで1月26日にグラミー賞の受賞アーティスト&作品の発表がありました。

もともと個人的にはこの賞に興味がわかなかったので、ほとんど気にしたことがなかったのですが、今年のジャズ部門の受賞作リストを見ていたら、ここ数年感じていた“潮目の変化”がハッキリと出てきているような気がして、俄然興味がわいてきてしまいました。

とりあえずリストアップして購入後、<月曜ジャズ通信>で取り上げていければと考えています。

これまで興味がわかなかった最大の理由は、アメリカ市場を優先させた選択基準が気に入らなかったという幼稚なものでしたので、そんな捻くれたマインドもこれを機に改めてみたいと考えたりしています。

なんたって新たな年=春節(今年は1月31日が初一でした)を迎えたわけですから。

富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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