豆腐、米国で空前の売れ行き
新型コロナウイルス禍の米国で、豆腐が空前の売れ行きという。米国では、豆腐は以前から健康食としては認識されているものの、「味がない」との理由から、一般の米国人には敬遠されてきた。そんな豆腐にとって、コロナ禍は、災い転じて福となるのかどうか。
「一番の驚き」
「パンデミックで豆腐の売り上げが急増 消費者、手頃な肉の代替品を求める」
9月21日付の米ワシントン・ポスト紙電子版にこんな見出しの記事が掲載された。執筆したフード・ライターのクリステン・ハートキーさんは、今年前半に新型コロナ感染が急拡大した時期にいろいろな物がスーパーの棚から消えたが、「一番の驚きは、(消費者が)突然、あふれ出るような愛情を豆腐に注いだことかもしれない」と、異常な豆腐人気を伝えた。
現地メディアが報じている調査会社ニールセンのデータによると、米国内の豆腐の売上高は、各州が相次いで外出禁止令を出した3月に、前年同月比67%増を記録。その後、やや落ち着きを取り戻したものの、今年前半の売上高は前年同期比40%増と、大幅な伸びを示した。
豆腐メーカーは緊急の増産体制を敷き、急きょ海外からの輸入を増やした販売業者もいたが、それでも需要の伸びに追い付かず、スーパーの中には在庫切れとなったり、1人当たりの購入数を制限したりしたところもあるという。また、インターネット上で豆腐レシピの検索数が急増したとも報じられている。
低カロリーで値段も手ごろ
売上高急増の最大の要因は、新型コロナを機に、食事に気を使う人が増えたことだ。米国は、新型コロナの犠牲者数が20万人を突破するなど世界最悪の事態を招いているが、肥満が重症化の原因との指摘が、専門家らによって早くからなされていた。加えて、外出禁止令や在宅勤務の影響で運動不足になる人も多く、食事への意識が一段と高まった。
折しも米国では、ここ数年、健康や動物福祉、資源保護などの観点から、大豆など植物を原料とした代替肉や代替乳製品の人気が急速に高まっている。豆腐は、植物由来の貴重なタンパク源と認識されているのに加え、肉に比べて低カロリーで値段も手ごろなことから、多くの消費者が殺到したと見られる。さらに、米各地の食肉加工処理施設で新型コロナの集団感染が発生し、食肉の供給が一時途絶えたことも、豆腐には追い風となった。
こう書くと、豆腐の人気が高まっているのはごく当たり前に聞こえるが、ハートキーさんも書いているように、米国の食文化を知る多くの人にとって、現在の豆腐人気は大きな驚きだ。なぜなら、一般の米国人は、豆腐のことを「味がしない、まずい食べ物」と捉えているからだ。
嫌いな食べ物1位
豆腐を食べる習慣のあるアジア系も多く住む米国では、豆腐の歴史はけっして浅くはない。日本の大手メーカーが相次いで豆腐の本格販売に乗り出したのは1980年代半ば。中国系や韓国系は、それ以前から現地で豆腐を売っていた。だが、アジア系以外の米国人にはなかなか受け入れられなかった。
全国紙のUSAトゥデイは1987年のある日の紙面に、「米国人の嫌いな食べ物ランキング」をカラーで載せた。1位は豆腐だった。
1992年のロサンゼルス暴動では多くの商店が暴徒による略奪の被害にあったが、店内の商品がきれいに持ち去られる中、豆腐だけが「売れ残った」という。日系企業の駐在員として豆腐市場の開拓に奔走した雲田康夫さんは、その時のエピソードを、著書『豆腐バカ 世界に挑む』(光文社)の中で、こう語っている。
その後、米国には、すしブームや和食ブームも訪れたが、豆腐は、すしや天ぷら、ラーメンほどは注目されなかった。
おいしいから食べるわけではない
筆者がロサンゼルスに駐在していた2000年代半ばには、日本の豆腐料理チェーンが、高級ブランド店が軒を並べるビバリーヒルズの一角に店を出したが、客足が思うように伸びず、1年ほどで撤退した。インタビューした店長のこんな言葉が今でも耳に残っている。「米国人はおいしいから豆腐を食べているわけではなく、健康によいと思うから食べているのです」
あれから10年以上たつが、米国人の味覚は、果たして変わったのだろうか。
参考文献
『豆腐バカ 世界に挑む』(雲田康夫著、光文社)
『アメリカ人はなぜ肥るのか』(猪瀬聖著、日経プレミアシリーズ)