Yahoo!ニュース

「PFAS農薬」欧米で増加 食品への残留も 実態解明調査進む

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
PFASへの曝露を防ぐには、有機農産物も選択肢の一つだ(筆者撮影)

がんや免疫力の低下、低体重出生などとの関連が疑われ問題になっている有機フッ素化合物(PFAS)が、一部の農薬の製造に使われ、消費者が食べる野菜や果物に残留している可能性があることが、欧米での相次ぐ調査で徐々に明らかになってきた。PFASは主に飲み水を通じた曝露が懸念されてきたが、「PFAS農薬」の残留した農産物を通じた曝露も気に掛ける必要が出てきた。

新しい農薬ほどPFASが含まれている可能性

PFASが農薬に使用されたり混入したりしている可能性が米国内で指摘されていることは今年1月に一度報じたが、その後、米国や欧州で新たな調査結果が公表され、より詳しい実態がわかってきた。

Environmental Working Group(EWG)など米国の4市民団体が慣行農業(合成農薬や化学肥料を使用する農業)に使われる農薬の有効成分471種類を調べたところ、全体の14%にあたる66種類の有効成分にPFASが含まれていた。(PFASに統一定義はなく、調査では経済協力開発機構(OECD)の定義を採用した)

過去10年間に新規登録された54種類の有効成分に限ると、その30%にあたる16種類にPFASが含まれていた。これは、新しく開発された農薬ほどPFASが使われている可能性が高いことを示している。

調査は、政府機関に情報公開請求するなどしてデータを収集し分析。結果をまとめた論文が7月下旬、国立環境衛生科学研究所が発行する査読付き科学雑誌「Environmental Health Perspectives(EHP)」に掲載された。

大半は短鎖PFAS

PFASを有効成分とした「PFAS農薬」が増えている理由は、そのほうが農薬の成分が分解しにくく、効果の持続や増幅が期待できるためとみられている。難分解性はPFASの最大の特徴の一つだ。論文は、PFAS農薬の増加は「世界的な傾向」と指摘している。

66成分に使われていたPFASの大半は短鎖PFASだった。PFASは結合する炭素原子の数によって、長鎖PFASと短鎖PFASに分けることができ、国際条約で製造や使用が原則禁止されているPFOSとPFOAはいずれも8個の炭素原子を持つ長鎖PFAS。最近、禁止リストに追加されたPFHxSは6個の炭素原子を持つ。

短鎖PFASは長鎖PFASに比べて半減期が短く毒性が弱いとされ、産業界では長鎖PFASから短鎖PFASへ切り替える動きが起きている。だが、短鎖PFASの毒性については未知の部分が多く、また植物の体内に蓄積しやすいとも言われている。

毒性の実態が不明なことから、欧州連合(EU)は短鎖PFASを含むすべてのPFASを原則禁止する方向で検討を進めている。米国でも、メーン州ミネソタ州でPFASを使用した製品の販売を原則禁止する州法が成立するなど、長鎖、短鎖に関係なくPFASを包括的に制限しようという機運が生まれている。

日本で使用が増えている農薬も

論文が指摘するPFASを有効成分とする農薬の中には日本でも使われている農薬も複数含まれている。その一つがスルホキサフロルだ。

スルホキサフロルは生物の神経を狂わす神経毒性、植物の体内に浸透するため表面を水洗いしても落ちない浸透移行性の特徴を備えた殺虫剤。欧州連合(EU)は2015年に認可したものの、7年後の2022年に生態系への影響が大きいとして屋外での使用の禁止を決めた

米国でも、昨年3月にカリフォルニアやニューヨークなど13の州の司法長官が米環境保護庁(EPA)に書簡を送り使用を厳しく制限する施策の導入を求めるなど、欧米では危険との認識が高まっている。

日本では2022年に厚生労働省が60品目以上の農産物でスルホキサフロルの残留基準を緩和したこともあり、流通量が顕著に増えている。民間団体が昨年から今年初めにかけて小学生50人の尿を調べたところ、38人から検出された。

EWGなどの調査では、PFASは農薬の有効成分にだけでなく、農薬の効果を高めるために加えられる不活性成分(助剤)の一部にも含まれていることがわかった。

EU産イチゴの37%に残留

PFAS農薬の調査は欧州でも進み始めた。

農薬問題に取り組む国際市民組織 Pesticide Action Network Europe(欧州農薬行動ネットワーク)は各国の市民団体と協力し、2011年から2021年の間にEU域内で流通した主な果物と野菜にどれくらいPFAS農薬が残留しているかを調べ、今年2月に報告書をまとめた。各国の農薬モニタリング調査で保存されていたデータなどを分析した。

報告書によると、EU内では現在37種類のPFAS農薬の使用が認められている。これはすべての合成農薬の16%を占めるという。今回の調査では31種類のPFAS農薬の残留を確認した。

果物類ではEU産の全サンプル数の20%に残留していた。ワースト1位はイチゴで全サンプル数の37%に残留。桃(35%)やアプリコット(31%)も比較的多かった。EU産の野菜でPFAS農薬が残留していた割合は、全サンプル数の12%と果物よりはややましだったものの、チコリが42%、キュウリが30%など高い野菜もあった。

2011年と2021年の残留割合を比較すると、輸入品を含めた果物全体で3.8%から14.0%へと3.7倍に高まるなど、全般に増加。これは、米国と同様、PFAS農薬の種類が増えたためとみられる。1サンプルに複数のPFAS農薬が残留していたケースもあった。

EU産の果物・野菜類に残留するPFAS農薬の中で最も多く検出されたのは、殺菌剤のフルオピラム、殺虫剤のフロニカミド、殺菌剤のトリフロキシストロビンだった。

心配なら無農薬、有機農産物を

報告書は「市民、とりわけ妊婦や小さな子どもなど化学物質の影響をより受けやすい人たちの健康を守るには、PFAS農薬を禁止し、食べ物を通じたPFASへの曝露を減らすことが緊急の課題だ」と訴えている。

PFASは日本でも、全国各地の地下水や河川などから検出され、汚染地域で住民の血液検査が実施されるなど、住民に大きな不安を与えている。

ただ、今のところ世論の関心は飲み水の汚染に集中している。そのため、PFAS農薬に関しては話題にならず、欧米のようにPFAS農薬が増えているのか、また、農産物にどれくらい残留しているのかは不明だ。

PFASは様々な病気との関連が指摘されているが、因果関係が立証されているわけではない。それでも不安だという人は、無農薬栽培や合成農薬を使わない有機栽培の野菜や果物を選ぶことも選択肢の一つだ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

猪瀬聖の最近の記事