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日曜劇場『日本沈没』の主人公は、なぜ小松左京の「原作小説」と違うのか?

碓井広義メディア文化評論家
(提供:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

日曜劇場「日本沈没―希望のひと―」(TBS系)は、かなり挑戦的なドラマです。

何より驚いたのは、主人公が環境省の役人「天海啓示」(小栗旬)であること。深海潜水艇の操縦士「小野寺俊夫」ではないのです。

1973年に出た、小松左京さんの原作小説「日本沈没」はもちろん、過去の映画やドラマも、主人公は当然のように小野寺でした。

ちなみに小野寺役は、73年の映画が藤岡弘(当時)さん。74年のドラマ(TBS系)は村野武範さん。さらに2006年の2度目の映画化では、草なぎ剛さんが演じています。

原作のある映画やドラマが、ストーリーや登場人物について、さまざまなアレンジを行うのは珍しくないかもしれません。

しかし、主人公を原作とは全く別の人物にしてしまうのは、異例の処置と言っていい。なぜなら、主人公の人物像は「物語全体の構造」に関わるからです。

つまり、主人公の大幅な変更は、原作通りでは描けない物語に挑む決断だということになる。

見えてくるのは、国家的危機に際して「誰が国民を守るのか?」というテーマです。

ドラマの設定は、小説から約50年後の2023年。

田所博士(香川照之)はいるものの、映画で丹波哲郎さんが演じた篤実な首相も、島田正吾さんが扮(ふん)した政財界の黒幕もいません。

脅威のタイプは異なりますが、同様のテーマを描いた作品に映画「シン・ゴジラ」(16年)があります。

主人公は政権党の衆議院議員で、内閣官房副長官だった矢口蘭堂(長谷川博己)。抜群の統率力を発揮して、ゴジラに対処していきました。

一方、天海は環境省所属の一官僚です。矢口のように直接、国を動かすことはできません。

可能な限りの手段を使って為政者たちに働きかけていきますが、そこに「もどかしさ」を感じるのは天海だけではないでしょう。

見る側も同じで、このドラマ独特の現実感がそこにあります。

国と国民の間に立つ者としての天海。未曽有の危機の到来を隠そうとする人たちに向かって言います。

「確かに関東沈没はこの国にとって不都合極まりない話だ。だからといって、その議論に蓋(ふた)をしていいわけがない!」

また、そんな天海を抑え込もうとする権力者に対しても、「私は今、日本の未来の話をしてるんです!」と一歩も引きません。

そして直近の第3話では、盟友である経産省官僚・常盤紘一(松山ケンイチ)に、こうも言っていました。

「俺たちは誰のために仕事をしているんだ? 政権のためじゃなく、国民のためだろう」

この場面を見ていて思い出したのが、18年3月に森友学園問題の公文書改ざんを苦に自死した、近畿財務局職員・赤木俊夫さんの言葉です。

妻・雅子さんの手記によれば、生前の俊夫さんは、

「私の雇用主は日本国民なんですよ。その国民のために仕事ができる国家公務員に誇りを持っています」

と、知人に語っていたそうです。

守るべきは「国」ではなく「国民」。そう信じて動こうとする天海を、徐々に応援したくなってくるのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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