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英国の都市封鎖解除の前に立ちはだかる老人ホーム感染拡大(下)

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ジョンソン首相は5月24日の会見で、腹心のカミングス上級顧問の自宅待機ルール違反疑惑を否定し、全面擁護した=英スカイニュースより
ジョンソン首相は5月24日の会見で、腹心のカミングス上級顧問の自宅待機ルール違反疑惑を否定し、全面擁護した=英スカイニュースより

英紙デイリー・テレグラフ紙は5月14日付で、保健省のパブリック・ヘルス・イングランド(イングランド・公衆衛生サービス)の最新調査を引用し、新型コロナウイルスの感染者数はイングランドで650万人、このうち、首都ロンドンは180万人と、つまり5人に1人(20%)がすでに新型コロナウイルスに感染していると推定していることを明らかにした。特に、イングランドでは南北格差が見られ、感染者率は北西部が14%、ミッドランドと北東部、ヨークシャーが11%、イングランド東部が10%、イングランド南東部が8%となっている。ロンドンの1日当たり感染者数は24人以下となり、これは感染者数が少ない地域では今後、制限が早めに緩和される可能性があることを示す。

政府はロックダウンの解除戦略で、ソーシャル・デスタンシングなどの規制を緩和したあと、新たな感染者が見つかった場合、追跡調査を徹底的に行うため、数万人規模の政府や市町村の職員、ボランティアを確保する計画を示している。また、NHS(国民保険サービス)のスマートフォン用アプリも活用し、国民が感染者と接触した場合、自主隔離するよう通知し、感染拡大を未然に防ぐ計画だ。

政府、6月から1日1万人の濃厚接触者の追跡調査へ

ハンコック保健相はロックダウンを緩和する場合、第2波の感染拡大を防ぐためには、「Rレート(1人の感染者から何人に感染するかという比率)を『1』か、それ以下に低く維持する必要があるとし、すべての人を検査し、追跡する」(4月22日付テレグラフ紙)としている。その上で、同相は5月18日の会見で、感染検査で陽性となった人の接触者を追跡するトラッカー(追跡者)をイングランドだけで2万1000人が確保できたことを明らかにしている。この中には7500人の医療専門家も含まれる。

また、同相はトラッカーの手作業による接触者の追跡は現在、NHSが英国南部のライト島で実験している追跡アプリの能力を高めることに寄与するとも述べている。ただ、政府は当初、新型コロナウイルスの感染者を追跡し、感染の疑いがある人に自主検疫(隔離)の必要性を警告するアプリは5月末までに運用を開始できるとしていたが、数週間遅れ、夏の後半になる見通しだ。これはNHSがスイスのコンサルタント大手チュールケ(Zuhlke)・エンジニアリングに委託し、このアプリが海外旅行中でも使えるよう、米IT大手アップルや米アルファベット傘下のインターネット検索大手グーグルが開発した世界標準と互換性を持たせることができるかどうかについて調査を開始しているからだ。

一方、ジョンソン首相は5月20日、下院で行われた最大野党・労働党のスタマー党首との討論で、「感染者との濃厚接触者を追跡するトラッカーが2万4000人に達した」とした上で、2万5000人体制で、6月1日からの学校再開に間に合うよう、追跡調査を開始し、1日当たり1万人の追跡を可能にする計画を明らかにしている。

検査加速で「免疫証明書」発行へ

英国はドイツ型のロックダウン解除の戦略を目指している。ドイツの1週間で50万件(1日約7万件)の検査ペースを追い越し、1日20万件を目標(5月24日現在で約11万件)に検査を加速させ、感染者で免疫を持っている人に対し、免疫証明書を発行する計画だ。英国のバッキンガム大学のカロル・シコラ教授も、「ドイツでは免疫証明書を発行し、それらの人は例外的に職場復帰が認められる。これは強力な武器となる」(4月6日付テレグラフ紙)と指摘する。

ハンコック保健相は5月21日の会見で、20分で感染しているかどうかを確認することができる抗原テストの公開トライアルをNHSの救急救命部門や検査センター、老人ホームなどで、4000人規模で5月22日から開始し、7月からは数百万人の国民に対し実施すると述べている。抗原テストで感染が確認されれば、その人は自宅で自主的に隔離する事が指示され、これによって感染拡大を防ぐことができ、ロックダウン解除の有効な方法となる。これは政府の検査・追跡戦略の柱となるものだ。

また、同相は会見で、政府がスイス医薬品大手ロシュ・ホールディングと米医薬品・医療器具大手アボット・ラボラトリーズと契約し、1000万人の抗体検査も実施すると発表した。「これは感染者を把握することにより、集団免疫の広がりを調べるためとしている。抗体検査は来週から老人ホームや医療従事者、感染患者を対象に開始される」(5月21日の英テレビ局スカイニュース)という。

ロードマップへの信頼失墜の恐れ

しかし、こうした中、5月23日、英紙ガーディアンと英紙デイリー・ミラーが英国を騒然とさせる、英国民の怒りと失望と政府への信頼失墜を招きかねないばかりか、これまでの政府の新型コロナウイルス危機対策を台無しにしかねない政治スキャンダルを暴露した。ジョンソン首相の腹心で、ブレグジット(英EU離脱)や今回の新型コロナウイルス(COVID-19)対策の立役者であるドミニク・カミングス上級顧問が3月23日から英国で始まったロックダウンの最中、ロンドンの自宅からマイカーで夫人と子供を同伴し、3月27日から4月19日まで、260マイル(約410キロ)離れた両親宅があるイングランド北東部のダラムなどに旅行していたことが分かり、「自宅待機」ルールを順守していた国民の怒りを買っている。

官邸に呼び出されたカミングス氏は、「新型コロナウイルスに感染した妻や子供の面倒を見てもらうため、ダラムの両親宅を訪問し、家族と一緒に自主隔離するのが目的だった」(5月24日スカイニュース)と主張している。5月24日付の英紙ガーディアンによると、夫人は3月27日に、同氏もやや遅れて同28-29日に新型コロナウイルスの感染症状が現れたが、同27-28日にロンドンからダラムに向かったとみられる。しかし、なぜロンドンの自宅やもっと近い所で自主隔離しなかったのかは疑問だ。政府は同氏の言い分を受け入れ、「問題がなかった」と弁明し、ジョンソン首相も5月24日夕のテレビ会見で、カミングス氏の行動は「合法的に責任をもって行動した」と完全に擁護した。

しかし、その後、英国の複数のメディアが、「カミングス一家が(外出自粛による自宅待機ルールを無視し)、ダラムから30マイル(約50キロ)離れたバーナード・キャッスルに遊びに行ったことが地元住民の目撃証言で分かった」と報じ、また、ガーディアン紙も5月24日付で、「2週間の自主隔離を終えたとみられる、4月14日にダラムからロンドンに戻ったあともロンドン市民が懸命に自宅待機ルールを守っている中、4月19日にもダラムを訪問し、近郊の森林を散策する家族が地元民に目撃された」と報じるなど新事実も発覚した。たとえ、2週間の自主隔離が終わったといえ、特別な理由もなく、自主待機ルールを無視し遠出した疑いは残る。首相は事態収拾どころか、反対に事態を悪化させた。最大野党の労働党だけでなく、身内の保守党内からもカミングス氏の辞任要求が噴出し、ジョンソン政権の屋台骨を揺らしかねない状況だ。

ガーディアン紙は5月24日付で、「ダラム警察当局は公衆衛生法違反の容疑でカミングス氏の捜査に乗り出す可能性がある」と報じた。また、政府のパンデミック関連の行動科学に関する専門家グループ(SPI―B)のメンバーは「これまでの感染防止のためのすべての助言がごみ箱に投げ捨てられた」(5月24日のスカイニュース)と怒りをぶちまけた。首相のロードマップ(行動計画)は一体何だったのか。ジョンソン政権の新型コロナ対策はカミングス氏のスキャンダルでほころびを見せ始めた。パテル内相も5月22日の会見で、欧州各国の政府や英国内の航空業界からの反対にもかかわらず、6月8日から外国からのすべての入国者に2週間の強制隔離を義務づけると一方的に発表するなど、政府の強権的な政治姿勢が目立ち始めた。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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