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NHKテレワークドラマが示した「臨機応変に新たな活路を!」

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

NHKのテレワークドラマ『今だから、新作ドラマ作ってみました』(全3話)の件です。

4日(月)に第1夜、「心はホノルル、彼にはピーナツバター」がオンエアされました。これについては翌日、「トライとしてはとても興味深く見たけれど、もっと暴れてもいいじゃないか」という内容のコラムを書きました。

そして、「もちろん5日(火)の第2夜、8日(金)の第3夜も視聴するつもりです」と。

第2夜「さよならMyWay!!!」

5日(火)に放送された第2夜は「さよならMyWay!!!」。嬉しいことに、しっかり暴れ始めてくれたのです。

登場したのは、宍戸道男(小日向文世)と彼の妻である舞子(竹下景子)。別々の場所にいる2人が、PCを通じて顔を見ながら会話する。という状況は第1夜と同じです。

違っていたのは、舞子が脳卒中ですでに亡くなっていたこと。夫は妻のユーレイと話をしている!?

笑えるのは、舞子が道男に対して「クイズ」を出題するんですね。「どれだけ私のことを知っていたのかを試すの」とか言って、10問中、6つ以上正解しなければ、離婚すると宣言。ユーレイなのに、PC越しに離婚届を突きつけます。

クイズと言っても、たわいないものなんです。生年月日に始まり、星座、血液型、それから趣味や特技とか。でも、道男は舞子の趣味が「合唱」だったり、特技が「歌」であることを知りませんでした。不合格。即、離婚です。

道男は「知らなかったよ、合唱やってたなんて」と笑って誤魔化し、「40年間、真面目に仕事を続けてきたし、浮気したこともない。平坦な人生でも満足してるのに、離婚だなんてショックだよ」

ここで舞子は「だったら、言わせてもらうけど」と押してきます。家事も育児も何も手伝わない夫に、どれだけ我慢してきたか。思いきり、これまでの不満をぶちまける。また、夫が家を事務所にして事業を始めたことで、家庭と会社の境がなくなり、本当は「息苦しかった」のだと。

しかも、ここで道男にとって「衝撃の事実」が発覚する! っていうあたりは、これから再放送やNHKオンデマンドなどで視聴する皆さんもいると思うので、伏せておきますね(笑)。

この「どんでん返し」が、第2夜のキモでした。ポイントは、そのことを視聴者が知らないだけでなく、道男自身も気づいていなかったことでしょう。

離婚を申し出たのは、自分と向き合ってくれない夫に対する「非常手段」だったのです。最後は、知り合った学生時代の思い出の曲「マイウエイ」を歌ってくれと、舞子がリクエストして大団円へと向かいました。

2人だけの出演者とPCでの会話という制約を生かしながら、ハートウオーミングな1本に仕立て上げていたことに拍手! です。

細部まで神経の行き届いた池谷雅夫さん(映画『闇金ドッグス』シリーズなど)の脚本。そして小日向さんと竹下さんの熟練の技が、最後までしっかりと見る側をリードしてくれました。

そして、注目の第3夜(最終話)「転・コウ・生」

第2夜から3日後、8日(金)に放送された第3夜のタイトルは「転・コウ・生」。真ん中が「校」ではなく、「コウ」とあるのは、柴咲コウさんが出てくるからなのですが。

いや、この最終話、ちょっと驚きました。実験的ドラマとしての「暴れ方」で言えば、第1夜から順にホップ、ステップ、ジャンプ! 今回は思いきり跳ねてくれたのです。

えーと、出演者は前述の柴咲コウさん、ムロツヨシさん、そして高橋一生さんという豪華メンバーでした。しかも、それぞれが「自分」を演じるという構造です。

たとえば、最近だとWOWOWのオリジナルドラマ『有村架純の撮休』がそうですが、有村さん自身が「女優・有村架純」の役で出てくる。ドラマですから全体はフィクションなのですが、演じるのも、演じられるのも「本人」であることで、見る側は妄想と言うか、想像力をかき立てられるんですよね。

とにかく、このドラマの中のコウさんは「女優・柴咲コウ」役で、ムロさんや一生さんも同様に「本人」役でした。

その上で、第3夜で展開されたのは、ズバリ「入れ替わり」です。そう、誰かと誰かの「中身」が入れ替わっちゃう!

当然、思い出すのは、この4月にお亡くなりになった、大林宣彦監督の映画『転校生』ですよね。あの作品では、中学3年生の一夫(尾美としのり)と、転校生である一美(小林聡美)の中身、つまり2人の「魂」が入れ替ってしまった。

しかも、こちらの「転・コウ・生」のほうは、もっと複雑です。

まず、それぞれ自分の部屋にいる、コウさんとムロさんが入れ替わった。見た目はコウさんで中身はムロさん。そしてムロさんの中身はコウさん。ムロさんときたら、コウさんの姿のまま、ちゃっかり「お着替え」なんかして、コウさんに叱られる。

また、ムロさんの外見になったコウさんは、ムロさんがレギュラーでやってる、ネットの「ライブ配信」に、ムロさんのふりをして出演しなくちゃならない。

これだけでも笑えるのに、一生さんが、なんとコウさんの愛猫・ノエルと入れ替わってしまうのだ。ネコが一生さんとして、しゃべるわけです。

PCの分割画面に映し出されるのは、コウさん、ムロさん、一生さん、ネコのノエルなのですが、それぞれ中身が違う。

さらに途中からは、この「入れ替わり」の組み合わせがランダムになったりして、もう大混乱。どうやったら元に戻れるのか。いつまでこれが続くのか。3人にも、皆目わかりません。

でも、そんな状況の中で交わされる会話がふるっています。

「(新型コロナの影響で)もう放送できるもの、ないらしいよ」

「企画がOKでも、ロケが出来ないんだって」

「こっちも臨機応変じゃないとね」

「そうやってるうちに、新たな活路も」

「意識も社会も変わっていくかもね」

やがて、「明日は(高橋)一生として生きることにした」とコウさん。「僕も明日はコウとして生きる」と一生さん。で、ノエルの姿のムロさんは「俺はどうするんだあ!」

また、そこからが凄い。「いっそ、ネコのままで動画配信、やっちゃおうか」とムロさん。しゃべるネコのライブ! コウさん、一生さんも「出たい!」

確かに、コロナ禍で、エンタメ界も相当なダメージを受けています。でも、それでも、何か出来ることがあるのではないか。

出来ない理由を挙げるより、出来る方法を考えよう。出来ることから、やってみよう。3人が、そんな気持ちになっていく。

ラスト。「月がキレイだよ」と誰かが言い出して、3人と1匹は空を眺めます。そこにあるのは「フラワームーン」。5月の満月です。

うーん、いいなあ。ドラマって、こういうこともやれるんだよなあ。ちょっと元気出るなあ。

脚本は、『JIN-仁―』や『義母と娘のブルース』などの森下佳子さん。「自分」役であると同時に、「他人」役でもあるという、難しい芝居に挑んだコウさん、ムロさん、一生さん。それぞれ、見事な「大暴れ」でした。

そして、この状況の中、前代未聞のドラマ作りに挑んだ、第1夜から第3夜までの、すべての出演者と制作陣の皆さんに感謝! です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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