東急8500系電車を保存展示。新しい役目は精神科病院の"イメージ改革"と"憩いの場"
10月9日は「トー(10)キュー(9)の日」ということで、東急電鉄から引退した8500系電車の保存展示車「8500系8530号車」がお披露目されました。設置場所は東京都調布市の精神科病院「東京さつきホスピタル」です。公道に面した敷地内で、誰でも無料で見学できます。見学可能日は月曜~土曜日と祝日、見学可能時間は10時~15時。見守り係員が滞在し、運転室を含む車内に入れます。
なぜ精神科病院で東急8500系が展示されることになったのか。それは地域と共生し「誰でも気軽に相談できる」明るい精神科病院にしたい、という病院側の思いがありました。なにか良いアイデアがないかなと思案していた2021年10月1日、東急電鉄が「8500系電車を売ります」と発表しました。子どもたちが大好きな電車、誰もが親しみを持つ電車なら、憩いの場にふさわしいはず。戦後の暗い精神科病院のイメージを払底するには適任だと考えたのです。
販売価格は先頭車1両176万円。しかも税込み。法人の設備としてはお買い得です。しかし、実際は輸送費用が何倍もかかります。しかも重さは30トン。そのまま置いたら地面が沈みます。そこで設置場所に基礎工事が必要になります。コンクリート打設、レール設置も必要で、総費用は約8000万円になるという見積もりでした。
そこで鉄道ファンや精神科に理解のある人にも助けてもらおうと、クラウドファンディングを実施しました。このクラウドファンディングには、話題になることだけでも精神科病院の気持ちが伝わるという考えもあったことでしょう。プロジェクト開始は2022年10月。目標金額は設置費用の一部、2900万円でしたが、結果的には757人、約5073万円を集めました。応援メッセージを読むと、鉄道ファンだけではなく、病院に縁のある人もたくさんいらっしゃいます。
このあたりの詳しいいきさつは、私が昨年末に東洋経済オンラインに書きました。ご参照ください。
精神科病院が「東急8500系」を購入した納得の理由 必要資金8000万円、調達にはクラファンも活用 | 通勤電車 | 東洋経済オンライン
■保存車はセキュリティ対策もバッチリ
8500系は1975年から1991年までに400両が作られました。筆者の友人で東急ファンの田都くん(@8637sakuya)によると、この8530号車は8500系の中でも珍しい存在とのこと。どこかといえば車側灯です。8500系は車体の飾りとしてコルゲーション(波板)が施されていますが、車側灯の部分だけはコルゲーションが切れているそうです。しかし、8530号車を含む10両編成だけは、コルゲーションの上に車側灯が付いていました。なるほどそれは希少車ですね。
記念式典では前照灯が点灯し、電子警笛も鳴りました。でも電子警笛の音は小さめ。病院ですし、住宅地ですから、そこは配慮されたようです。扇風機も使用可能、車内放送設備も使えるそうです。将来は貸切イベントもできるように、とのことです。
ただし、屋根上のクーラーは撤去されています。その重量が車体保存に影響するからでしょうか。外から見るとクーラーキセ(箱)だけが見えます。8500系が登場した頃、一部の車両は冷房装置がない「冷房準備車」でした。まさかこんな形で再現されるとは(笑)。
運転席扉と連結部寄りの乗降扉付近に階段が設置されており、見学時間帯はここから車内に入れます。他の扉には黄色い転落防止柵が設置されていました。扉と窓にはセコムの防犯システムが取り付けられています。維持費もかかりそうで、保存展示する覚悟が伝わってきました。
連結面貫通路は塞がれています。外側はステンレス板。内側は化粧板。この化粧板は8500系の内装と同じモノ。補修用に保管されていたものでしょうか。田都くんが感激しておりました。東急側の誠意を感じられる部分と言えそうです。
車内側の天井にはクーラーの通気口が残っています。その奥は塞がれています。クーラーを撤去したのは、空気の通り道があると雨漏りや水分が付着してさび付くなどの影響も考慮しているかも知れませんね。保存場所には屋根がありませんが、防水対策はしっかりしています。
車両の管理清掃は、東京さつきホスピタル内の就労支援事業所「創造農園」で働く人々が担当されるそうです。精神科病院ならではのアイデアです。町の憩いの場所として、精神科医療の一助として、8530号車は新しい役目が与えられました。
■式典には駐日デンマーク王国公使も
記念式典で山田多佳子理事長は「精神科病院が単なる医療の場所としてだけではなく、私たちの心が疲れた時にホッとできる居場所として、独りぼっちと感じた時に誰かと出会える、"お家のような場所" として存在していきたいと願っています。精神科病院に電車があったら、そこがテーマパークや遊園地のように色々な人たちが集まり、悩み心が傷ついた子供や大人に笑顔が広がる場所になったら。そんな夢を抱いてこのプロジェクトが始まりました」と挨拶しました。
続いてデンマーク大使館より経済外交ヘルスケア担当 公使参事官のトーマス ホイルンド クリステンセン氏が祝辞を述べました。日本とデンマークは高齢化社会という共通の課題があり、日本の介護技術に感銘を受けているとのこと。しかし日本は病院ごとに高度な電子健康システムがあるにもかかわらず、システムがつながっていない。そこはデンマークが先んじていて、今後とも日本と連携していきたいとのこと。
「ハチゴー電車を設置して、誰もが病院に行きやすくなるというコンセプトを非常に嬉しく思います。1年前に話を聞いて期待してました、今後、ハチゴーと共に全てが順調でありますように」と締めくくりました。
東京さつきホスピタルとデンマークのつながりのエピソードがおもしろいです。前身の山田病院の理事長だった山田禎一氏が介護施設を作るためにヨーロッパを視察し、もっとも感銘を受けた国がデンマークでした。そこでデンマークの名を冠して「デンマークイン」という有料老人ホームを作ることにしました。で、いちおう、デンマーク大使館に電話してみたら「良いんじゃないですか」と軽い了承を得たそうです。
それから30年経った2年前、デンマーク大使館から「デンマークって名前を使ってる?」と問い合わせを受けます。無許可ではないですと当時のエピソードを話したら、友好関係を築くことになったとのこと。今では双方の式典に列席する仲だそうです。
このほか、調布市副市長の伊藤栄敏氏、東急(株)相談役の渡邊功氏も登壇され祝辞を述べられました。
式典はテープカット、鏡割りと進行し、お祭りのような賑わいになります。実際にこの日は「創造農園まつり」として、地域と東京さつきホスピタルの交流を兼ねたイベントが開催されました。焼きそば、フランクフルト、ポップコーン、かき氷などの屋台や、スーパーボールすくいなどのアトラクションもあり。電車のそばの食支援施設では創造農園のお米で作ったおにぎりや紫芋のスープ、甘酒などが販売されていました。
■常設の飲食施設もあります
東京さつきホスピタルは京王電鉄京王線のつつじヶ丘駅南口から300mのところにあります。8500系電車は公開されているとはいえ病院の敷地内です。付近は閑静な住宅地です。見守り員の指示には従い、礼節を心掛けましょう。
東京さつきホスピタルに隣接して、創造農園が運営するカフェ「空と大地と」が常設されています。営業時間は10時30分から15時まで。定休日は日曜日です。8500系電車の公開日とほぼ同じです。電車を見学して、カフェでゆっくり過ごしてもいいですね。
※2023年10月11日 10時40分 「空と大地と」の営業時間を修正しました。
※2023年10月11日 10時45分 誤記を修正しました。
関係各位にお詫び申し上げます。
※2023年10月11日 18時06分 誤記を修正しました。