NHKも新聞も、自分で自分の首を絞めている
前々から伝えてきたように、NHKの6つのテキストニュースサイトが3月29日夕方、更新を停止した。サイト上では「更新を終了しNHK NEWS WEBに統合しました」と説明している。不思議に思うのが、事前になんの告知もなく、29日に突然「政治マガジン」のトップページがこうなったことだ。
ただ、朝日新聞の記事で事前に知っていた人は多いだろう。この日の夜もさっそくこんな記事を配信していた。
NHK、ネット配信6サイトの更新を停止 政治マガジンなど(朝日新聞3月29日)
NHKは昨年の12月にBS放送を統合するまでに、春から丁寧に告知してきた。またこの4月からの番組改編は放送でもネットでも盛んにプロモーションしている。
「政治マガジン」をなぜNEWS WEBに統合し、今後はどうしていくのか、これまでの記事はどうするのか、そしてなぜ統合したのかの説明は全くない。どうして今回のテキストニュース縮小についてだけ、きちんと説明しないのかと思う。こっそり停止する姿勢は、何か後ろめたいことでもあるのか。
停止したのは「政治マガジン」だけではない。以下の5サイトも同時に停止されている。
なぜこの6サイトなのかは、それぞれの担当部門が別であることに気づけば察しがつく。「みんなそれぞれ痛み分けだからね、ね」という中間管理職の現場への言い方が聞こえてきそうだ。そしてそんな内部的な事情で6つも停止するのは内輪の論理であり国民を無視した決め方だ。
NHKが自ら言い出し、新聞協会が強烈な圧をかけた
なぜこうなったかについては、何度か書いてきたので簡単なおさらいにとどめたい。NHKにとって放送は必須業務だが、ネットは任意業務の扱いだった。時代に合わせてネットに本腰を入れるには放送法で必須業務化する必要がある。そのための総務省の有識者会議が2022年から行われてきた。有識者は必須業務化を認める空気だったが、NHKがネットで何をするかが見えないので注目していた。
5月の会議でNHKはネット業務を「放送と同一の内容」にすると言い出し有識者たちは驚いた。今までよりむしろ範囲を絞ることになり、ネットに対する意欲が感じられないからだ。会議で必須業務化に猛反対してきた日本新聞協会はNHKのテキストニュースを問題視し、新聞への「民業圧迫」と主張した。NHKはあっさり、テキストニュースも放送と同一の内容にとどめると新聞協会の主張を受け入れた。一方、ネット必須業務化によってテレビを持っていない人からも「NHKプラス」で受信料を取れる方向になった。(ただしNHKプラスを積極的にインストールし利用する場合に限り、スマホを持つ人が誰でも受信料を払うわけではない)
NHK上層部は昨年、稲葉新会長が就任したのに伴い一新されており、伝え聞くところではネットよりむしろ放送を重視する考えの人々が占めたらしい。そうするとNHKと新聞協会は「利害が一致」したことになる。NHKプラスからも受信料が取れるようになるのでNHK上層部は嬉しい、NHKのテキストニュースが放送に絞られれば新聞業界はうれしい。NHKと新聞協会はNHKプラス有料化とテキストニュース縮小をいわばバーターで実現したのだ。
そこに国民の利益の視点は全くない。これだけネットにおける情報の健全性が大きな問題になっている今、少しでも「確かな情報」が減るのは大きな痛手だ。「政治マガジン」や「国際ニュースナビ」が放送とは別にニュースを配信してくれることは情報の健全性の一助になっていたはずだ。内輪しか見えない者同士で、狭い視野で自分達の利益のみを重視し、国民の利益を軽視したと言っていい結果だ。NHKと新聞協会の身勝手な合意には、一人の国民として呆れるより他はない。
NHKも新聞社もネットでのメディア運営がわかっていない
だが結果としてNHKも新聞社も、自分で自分の首を絞めることになることがわかっていないようだ。NHKプラスを単独で有料化しても、契約する人は微々たるほどしかいないだろう。新聞社はNHKがテキストニュースを縮小しても、ますます読者を減らしていくだろう。首を絞めあっているのでさえなく、それぞれが自分で自分の首を絞めてしまったのだ。
NHKがもしネットでも受信料を取りたいなら、NHKプラスだけでなくテキストニュースをどう設計するかが重要だった。
ネットでメディアを成長させるには、お金を払わないと見られない領域を作る必要があるが、ポンとそれだけを置いてもほとんど有料ユーザーは増えない。
図のように、中身がまったく見えないメディアにいきなり課金を迫られても、包み紙だけで商品を買えと言われているようなもので、お金を出すはずがない。NHKが立派な番組ばかり作っているかどうかはまったく関係ない。NHKプラスは建て付け上こうならざるを得ないので、それだけでは新たな契約者は増えないのだ。テレビでNHKを頻繁に見ている人は中身を知っているので、便利だからと契約する。だが今の若者たちは旧世代からすると信じられないくらいNHKに接していない。TVerが成功しつつあるのは無料だからで、有料でテレビ番組を見るハードルは限りなく高い。
様々なメディアは、だから「余白」を作り無料で見られる部分を確保する。ある程度のボリュームが必要で、この余白部分に何回か接することでようやくペイウォールを超えて入ってくれる可能性が出てくる。
そして「余白」に向いているのがテキストニュースだ。再生ボタンを押したりイヤホンをしたりする必要がなく、なんとなくパッと目に入ってくる情報として、テキストは重要だ。
「政治ニュース」や「国際ニュースナビ」には一定程度のユーザーがついていた可能性がある。ペイウォールを突破してもらう大きな武器にできたはずなのに、停止してNEWS WEBに吸収してしまった。当面更新もないらしい。あくまで放送と同じ内容の政治マガジンに変わるのだろう。これまでの積み上げがなんの意味も無くなってしまった。むしろ今のまま続けて、あるレベルの奥は有料になりました、さらにNHKプラスも視聴できます、とする方がずっと可能性があっただろう。
ペイウォールの誤りは新聞社にも多い。特に地方紙はまったく誤った設定をしているところが目につく。余白は作ってるよ、というつもりかもしれないが、どの記事も3行くらいで登録を求められる。上の図で言うと、「へー」とか「ほお」と感じる前にペイウォールが立ちはだかるので心を動かされず、壁を越えるモチベーションが起きないのだ。みなさん、試しに地方紙を検索して見て回ってほしい。びっくりするくらい雑で呆れると思う。こんなことで読者が獲得できるものか。NHKのテキストニュースは関係ない。その前に、WEBマーケティングの勉強から始めてはどうか。
大手全国紙のデジタル版はそのあたり、まだ上手だ。「余白」をそれなりの長さで見せ、気になる続きを読むには登録が必要に設計してある。
総務省の会議に出てくるのは新聞協会のメディア開発委員会の面々で大手新聞社所属が多い。NHKを攻撃するよりデジタルのノウハウを地方紙にレクチャーして回ることこそが役割ではないのか。
NHKと新聞業界を襲う「2030年問題」
前にYahoo!でこのような記事を書いたら驚くほどたくさん読まれた。
間違いなくやってくる「2030年問題」にマスメディアは対処できるか(23年7月14日)
残念なことだが2030年代までに「多死社会」が加速し、団塊の世代を中心に高齢者が大勢亡くなる。そしてマスメディアの中でも特に新聞、NHKを支えてきたのは団塊の世代だ。ただでさえ新聞の部数は急減し、受信料支払い率も減っているが、2030年までに拍車がかかるのは目に見えている。
一方で、若い世代でさえ新聞とNHKは信頼できるメディアとしている。振る舞い方によっては生き残りようはあるはずなのだ。だが時間はもうない。テキストニュースが民業圧迫かどうかという、小さな問題に拘っている場合ではなかった。それなのに、多大なエネルギーをこの一年、そこに費やしてしまった。(新聞業界の圧力のかけ方の凄まじさには心から恐れ慄いた)
正直、今からできることは少ないが、それでもいち早くデジタルでの考え方感じ方を学んで、新たな道を切り拓いた方がいい。2023年に新聞はデジタル版でも広告費を落とした。もはや、待ったなしだ。愚かな争いに終止符を打つべき時だ。だがおそらく、新聞協会の姿勢は変わらないだろう。NHKも2年後の会長任期までは方針を変えないと思う。どちらもいよいよ崖っぷちに向かおうとしている。