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「イラン司令官暗殺、おめでとう。今からが本当の仕事だ」暗殺賞賛のボルトン氏、トランプ弾劾裁判で証言か

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
トランプ人形を掲げて、ソレイマニ司令官暗殺に抗議するイランの人々。(写真:ロイター/アフロ)

 ボルトン前米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は米国時間6日、米上院で行われるトランプ氏の弾劾裁判について、「召喚されたら、証言する用意がある」という声明を出した。

 下院の弾劾公聴会の際には、証言を拒否したボルトン氏は、なぜ、突然、証言する用意ができたのか? それは、直近のボルトン氏のツイートと関係があるのではないか?

ツイートで司令官暗殺を賞賛

 ボルトン氏は、米軍のドローンが、イランのソレイマニ司令官を空爆、暗殺した直後、ツイートで暗殺を賞賛していた。

「ソレイマ二司令官排除に関わったみなさん、おめでとう。暗殺成功まで長い時間がかかったが、イランの悪意ある革命防衛隊クッズ部隊の活動に決定的打撃を与えた。これが、イランの政権交代の第1ステップになることを願う」

 かつて、広島への原爆投下を道徳的に正当化する発言をし、また、マティス元国防長官に“悪魔の化身”と呼ばれたほど、ロシアや北朝鮮、イランなどアメリカの敵国に対して、武力行使も辞さない強硬な姿勢を見せてきたボルトン氏である。昨年9月、ボルトン氏は、そんな超タカ派の姿勢がトランプ氏の考え方と相容れず、補佐官をクビにされた。しかし、今回、トランプ氏は、ボルトン氏が主張していた攻撃という強硬なアクションに出た。ボルトン氏が司令官暗殺を賞賛したのは当然のことかもしれない。トランプ氏のアクションを誇りに感じて、こんな発言に至ったのだろう。

 もっとも、ボルトン氏の言及は、ポンペオ国務長官の説明と矛盾していることが指摘されている。ポンペオ氏は「アメリカ人への攻撃が差し迫っていたために攻撃をした」と事の緊急性に言及したが、ボルトン氏の「暗殺成功まで長い時間がかかった」という言及には前から暗殺を計画していてやっと成功したというニュアンスがあるからだ。

今からが本当の仕事

 さらに、米国時間6日、ボルトン氏は、イランが核合意で交わした「ウラン濃縮制限」を撤廃する宣言をしたことに対し、以下のツイートをした。

「また良い日が来た。核合意に完全に順守するとか、核兵器を放棄する戦略的決定を下すなどの考えを示してきたイランが、その仮面を剥ぎ取った。今からが本当の仕事だ。アヤトラ(イスラム教シーア派の最高指導者)がそうした能力を得るのを効果的に防ぐんだ」

 核合意順守という良い子の仮面を被ってきたイランの化けの皮が剥がれたといわんばかりだ。また、本当の仕事とは何か? イランの核に対する能力の効果的な防ぎ方とはいったい何か? 強硬なボルトン氏のこと、その防ぎ方とは軍事行動以外の何ものでもないだろう。

 実際、トランプ氏はイランが報復してきたら、文化遺産を含む52の施設への攻撃も辞さない構えを見せ、それに対してイランは300箇所を攻撃すると反撃した。第3次世界大戦という最悪のシナリオも現実味を帯びて来るのではないか。

 しかし、ボルトン氏のこと、そんな世界大戦も正当化しているのかもしれない。トランプ氏をして「ボルトンは絶対的なタカ派だ。彼に任せたら、彼は一度に世界を相手にして戦うだろう」と言わしめた男だからだ。

トランプ氏を助けたいのか

 そんなボルトン氏は、突然、トランプ氏の弾劾裁判で証言する意向を示した。米紙ワシントン・ポストはその理由について、こう分析している。

「一つには、彼は、出版しようとしている本の宣伝をしようとしているのだ。また、一つには、長い間、ボルトン氏が切望してきた、イランに対する激化行動をトランプ氏が取ったことに興奮し、自分がした“ドラッグ交渉”というコメント(ボルトン氏は、バイデン氏の調査がホワイトハウスでの会談の引き換え条件にされている状況を“ドラッグ交渉”と呼んだと言われている)を一掃することでトランプ氏を助けたいからだ。また、一つには、彼は共和党での自分の将来を確保するためにトランプ氏を助けようとしているのだ」

 ボルトン氏は、トランプ氏のソレイマ二司令官暗殺に対する賛辞として、弾劾裁判でトランプ氏に有利な証言をしたいのかもしれない。もっと言えば、自分が望んでいた強硬な動きを取り始めたトランプ政権に返り咲きたい野望があるのではないだろうか?

第3次世界大戦か?

 ボルトン氏が望んでいた軍事行動を取ったトランプ政権の動きに対し、巷では、第3次世界大戦の勃発を恐れる声が上がっている。欧米のメディアも懸念の色を見せている。

 英インディペンデント紙は「トランプが我々を世界大戦へと近づけていることをみな怒るべきだ」というタイトルで、司令官暗殺は、ジョージ・W・ブッシュ元大統領もしなかった、無謀で挑発的な行為だと批判、さらには、アメリカ人の大半が、弾劾裁判と大統領選に直面しているトランプ氏を承認していない状況と関係があるのではないかと示唆している。つまり、トランプ氏は国内問題から目をそらすために暗殺に出たのではないかという見方だ。

 ワシントンDC発の政治ニュースを紹介しているマクラッチーDCも「アメリカは第3次世界大戦へと向かっているのか?」というタイトルでエキスパートたちのコメントを掲載した。

「トランプは終わりなき戦争を終わらせ、中東から去ると言っている。しかし現実的には、彼は、また終わりなき戦争を始め、アメリカをこれから何十年も中東に閉じ込める状態にしてしまった」(政策シンクタンク・クインシー・インスティチュート、トリタ・パルシ氏)

「司令官暗殺により、イランの政権は国内で力を増すことになる。我々の狙いとは全く反対のことが起きる。暗殺は敵意をエスカレートさせ、イラン政策失敗の典型となる」(デューク大学教授でテロリズム・エキスパートのデビッド・シャンザー氏)

 また、米紙ニューヨーク・タイムズによると、高校生たちはランチタイムで第3次世界大戦を話題にしており、徴兵されるのかと親にきいているという。徴兵対象者のデータベースを掲載しているウェブサイトには、徴兵を憂慮している人々からのアクセス数が激増し、クラッシュしたほどだ。

アメリカ人が血を流す

 元CIA副長官のマイケル・モレル氏も警告している。

「ソレイマ二司令官は悪の天才だった。彼のために多くのアメリカ人が血を流した。彼がいなくなったら、世界はよくなる。問題は、いなくなったために、多くの人が犠牲になることだ。暗殺は激しい報復の口火を切り、アメリカ人が血を流すことになるだろう」

 特に、イランのプロキシ(代理)軍がいるイラクやレバノン、バーレーンなどでも報復が起きる可能性があるという。

 トランプ氏の暴走的な司令官暗殺に対し、ロシアや中国はもちろん、イギリスやフランスも「世界は安全ではなくなった」という見解を示した。

 イギリスのドミニク・ラーブ外相は「イギリスは司令官が引き起こした脅威を認識していたが、我々はさらなる争いに国益を見出せない」と発言、フランス政府のスポークスマンも「我々はいっそう危険な世界にいる。軍事的拡大は常に危険だ。軍事行動が起きると、事態は激化する」と警鐘を鳴らしている。

金氏への警告?

 「何をするか予測できない」と常々言われているトランプ氏。司令官暗殺は、トランプ氏の「予測できないアクションリスト」の数を塗り替えたアクションと言える。

 そして今、司令官暗殺により、「次は我が身か」と戦々恐々としているのは金正恩氏だろう。

 実際、トランプ氏は、金氏について「私との約束を破らないと思うが、破るかもしれない」と言って、北朝鮮の非核化に疑念を抱き始めている。この発言は、ソレイマ二司令官暗殺に成功した今、単なる疑念というより、「次は金氏の番だ」という警告にさえ聞こえる。

 トランプ氏は「司令官が米国の外交官と軍人を攻撃する計画を進めていたため、防衛措置として攻撃した」と言って司令官暗殺を正当化したが、「アメリカの標的に対する攻撃が急迫していた」という証拠は『かみそりの刃ほど薄い』という指摘もある。

 一方、金氏は昨年末、「米国にクリスマスプレゼントを贈る」、「(米国との)公約に縛られる根拠はなくなった」などと明言し、トランプ氏に暗殺を正当化する理由を十分に与えている。

 トランプ氏の次なる予測できないアクションは何に向かうのか? トランプ氏の一挙手一投足が注視されるところだ。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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