特別な治療法がないRSウイルスに、50年越しで開発された新しいワクチンとは?小児科医が解説
みなさんは、『RSウイルス』をご存知でしょうか?
特に昨年は、子どもを中心にRSウイルス感染症が全国的に大きな流行となりました。ですので、小さなお子さんをお持ちの保護者さんは、ご存知のかたも多いでしょう。
RSウイルスは、いわゆる『かぜ症候群』の原因になるウイルスとして、めずらしいウイルスではありません。
生後2歳までの子どもは、RSウイルスに1回は感染をするということがわかっています。
しかし、初めて感染したとき、年齢が低いときに感染したとき、そして心臓や肺に重い病気を持っている方などは、重症化しやすくなります[1]。特に、『下気道炎』といって、肺炎や細気管支炎といった症状を起こしやすいのです。
世界的に、5歳未満の子どもの死因の 50人に 1人がRSウイルスによるものと考えられています[2]。
そのようななか、RSウイルスの新しいワクチンに関してニュースがありましたので、その解説を簡単にしてみたいと思います。
今まで使用されていた『パリビズマブ(商品名シナジス)』は抗体製剤であり、正確にはワクチンではない
子どもで特に重症化することのあるRSウイルスに対して、予防策としてパリビズマブ(商品名シナジス)という『抗体製剤』が使われてきました。
抗体製剤に関しては、コロナの治療でも使われることがあることはご存知かもしれません。感染をした時にウイルスを中和するための抗体を注射などで使うという薬剤ですね。
ですので、パリビズマブは正確にはワクチンではありません。
人工的な抗体を補充するのですから、抗体は徐々に少なくなってしまいます。ですので、1ヶ月毎にその注射をしないといけないという問題があります。
さらにパリビズマブは高価な薬剤であり、子どもたち全員に使用できず、限定的なものだったのです。
50年以上前から、RSウイルスに対するワクチンが開発されてきた
そのため、RSウイルスに対するワクチンは必要とされてきました。
しかし1960年代に米国で開発された最初のワクチンは完全に失敗に終わり[3]、その後50年以上、さまざまな手法が考えられてきました。
そして、 先に妊婦さんにRSウイルスワクチンを接種し生まれてくる子どもを守ろうとする方法が試みられるようになりました。
この方法は珍しい方法ではありません。さまざまな感染症に応用されている方法で、百日咳、インフルエンザなどでも、妊婦さんへのワクチン接種が推奨されています[4]。
新しいRSウイルスワクチンが今後使用できるようになるかもしれない
今回妊婦さんに接種するワクチンで注目されたのが、F(fusion)タンパク質といわれる物質です。フュージョンとは、『融合』という意味です。
すなわちFタンパク質は、RSウイルスが人間の体の細胞に入ってくるときに、人間の細胞に融合するタンパク質と言えばいいでしょうか。
そしてFタンパク質を目標としたワクチンの作成が目指されたのですが、なかなか実用化までいかなかったのです。しかし、Fタンパク質の前段階のような構造(prefusionタンパク質)に対してのワクチンが開発されるに至ったのです[5][6]。
このワクチンは、生後90日までのRSウイルスによる重症の下気道疾患を81.8%減らし、6ヶ月間で69.4%減少させるという結果でした[7]。すなわち、特に1歳未満のお子さんが重症化しやすいRSウイルスの重症化を予防するワクチンがようやく開発に成功したのですね。
そして米国で、ワクチンの認可が申請されました。
もちろん日本で使えるようになるのはまだ先と思えますが、子どもたちにとって良いニュースでしょう。
さて今回は、新しいRSウイルスワクチンの開発に成功したというニュースに関して、簡単に解説しました。
小児科医としても、RSウイルスに苦しむ患者さんをみることが減ると思うと嬉しく思います。今後、RSウイルス感染症に苦しむ子どもたちが減ることを願っています。
このRSウイルスワクチンは、今冬には間に合いません。いまだにRSウイルスは子どもたちにとって大きな脅威です。
今冬は、新型コロナやインフルエンザとともに流行する可能性も高まっており、『ワクチンがある感染症』に対しての接種をご考慮くださいませ。
[1]RSV in Infants and Young Children(CDC)
[2]Lancet 2022; 399:2047-64.
[3]Am J Epidemiol 1969; 89:405-21.
[4]妊娠可能年齢の女性と妊婦のワクチン(こどもとおとなのワクチンサイト)
[6]New England Journal of Medicine, 2022; 386: 1615-1626.