日本が「タバコ依存」から抜け出せない本当の理由
タバコ規制が先進諸国で進む中、日本だけが周回遅れの独自政策で東京五輪を乗り切ろうとしている。紙巻きタバコを含めた喫煙習慣が「オワコン」なのは、当のタバコ会社自身が認めていることだが、日本政府と与党は国民の健康や生命を守ろうとせず、医療費や社会保障費より当座の税収とタバコ利権にしがみついている。こんな事態になっている背景には、まさに日本独自の社会経済的な理由がありそうだ。
禁煙化で飲食店の売上げはどうなるか
政府原案の受動喫煙防止対策を盛り込んだ健康増進法の改正案が、6月15日に衆議院厚生労働委員会で可決し、このまま今国会で成立する見込みになっている。同委員会で同案に賛成したのは、自民公明の政府与党と国民民主党だ。
同委員会は同じ日に、がん患者団体の代表や専門家などを呼んで参考人質疑をしたが、受動喫煙対策が不十分な同案を見直すべきという意見が続出したという。
同案では、学校の敷地内でも屋外喫煙所を設置すればタバコを吸うことが可能となり、飲食店の小規模店舗の適応除外100平米以下についても広過ぎ、まだ健康への影響評価が出ていない加熱式タバコの特例扱いも早計というような批判が相次いだらしい。一方、タバコのない五輪のためには不十分であろうともまず法案成立を目指すべき、という意見もあったそうだ。
受動喫煙の防止対策では、すでに面積規定には効果がないということが明らかになっている(※1)。東京都が成立を目指す受動喫煙防止条例では、飲食店の面積ではなく従業員の有無で規制適応を分けている(※2)。加熱式タバコでは国の法案と同じ内容になっているが、議席数を勘案すればこの都議会で成立するようだ。
受動喫煙防止対策(健康増進法)案は2017年に厚生労働省が叩き台を出したが、飲食店関係の諸団体の意見をとりまとめた自民党たばこ議員連盟(野田毅会長)が中小飲食店の30平米以下という例外規定に容喙(ようかい)し、この案が100平米以下と大きく後退した経緯がある。新聞などのマスメディアも飲食店の声を紹介し、喫煙者の客足が遠のくのではという記事を書いているが、実際の動機はどうだろう。
中小飲食店の経営についていえば、禁煙化による影響は少なく、むしろ家族連れや女性客が増えるという調査研究も多い(※3)。最近になって禁煙化した店の事例が散見されるが、そもそも飲食店を対象にした受動喫煙防止に関する法令がない状態での禁煙店と喫煙店の比較に意味はない。
主としてアルコールを提供する店にしても、喫煙者は数時間、タバコを我慢したり吸いたければ店外で吸えばいいわけで説得力はないだろう。路上喫煙防止条例との兼ね合いや吸い殻のポイ捨てについてはまた別の問題だ。
厚生労働省は、今回の100平米以下を例外とする受動喫煙防止対策案について、新規開店の飲食店には認めないとする。新陳代謝が早い中小飲食店は、時間の経過とともに次第に禁煙化が進むなどと甘いことを考えているらしい。
そもそも摘発の方法も確立されておらず罰則を適応するために煩雑な手続が必要な法案に、本当に効力があるかどうかも疑問だ。既存の飲食店の継続について総合的に判断するとしているが、既存店と新規店との判別に困難がともなうのは十分に予想される。
念のために書き添えておけば、政府の「新成長戦略」(2010年6月18日に閣議決定)では2020年までに職場における受動喫煙ゼロを目指している。飲食店も職場なのはいうまでもない。
なぜ喫煙者にそれほど「忖度」するのか
こうした状況をみると、受動喫煙防止対策では中小規模の飲食店、特にアルコールを提供するようなバーやスナック、居酒屋の経営懸念と最近になってユーザーが増えている加熱式タバコについての議論が中心になっているようだ。ようするに、喫煙者の客足がどうなるかを心配し、喫煙者が切り替えている加熱式タバコについて心配しているということになる。
政治家や行政は、なぜこんなにも喫煙者のことばかり気にしたり心配するのだろうか。女性の90%近くはタバコを吸わず、法律で喫煙が禁止されている20歳未満の子どもや少年少女、男性も半分以上がタバコを吸わないのに、なぜそうした人の健康や生命がマイノリティの喫煙者のせいで脅かされなければならないのだろうか。
その理由は、日本の政治や行政に長期的なビジョンやプランを立てる能力がないからだ。
この国の政治家や役人が場当たり的なのは今に始まったことではない。少子化や高齢化はすでに30年も前から問題が指摘され、医療費や社会保障費が財政を圧迫することは誰の目にも明らかだった。
だが、政治家は目先の選挙のため、また役人は税収の予測も立てず産業界の育生に手当てもせず、取り立てやすく集めやすい消費税にばかり頼ってきた。主権者国民が耳障りのいいことをいう政治家を国政に出した結果なのだが、実際にはそうした政治家しか選択肢がないという現実もある。
教育は百年の計などというが、政治や行政が教育へ投資を呼び込めず、地域社会も人材を育成できず、産業界はとっくに国内から人材を得ることを見限っている。東京への一極集中と地方の疲弊も急速に進んでいるが、海外からの投資の呼び水という手段になるべき東京五輪にしても五輪自体が自己目的化してしまった。
政府のグローバル企業ばかり優遇する政策の結果、内部留保という名の資金は国内へ貫流せず、国外へ流出し続けている。海外の機関投資家を喜ばせる代わりに税収は伸び悩み、カンフル剤のような中毒性の高い消費税にますます頼らざるを得ない状況になっている。
こうした中、タバコによる税収は毎年全体で2兆〜2兆2000億円ほどで安定し、これを国と地方自治体で分け合うため、疲弊する地方にも無視できない財源になってきた。紙巻きタバコはこの20年で売上げがほぼ半減しているが、たばこ特別税を1998年に創設して以来、2003年、2006年、2010年と段階的に税率を上げ、それにつれて小売価格も上がった結果、タバコの売上げに比べて税収自体の減少はほとんどない。
Via:財務省:たばこ税等に関する資料「たばこ税等の税収と紙巻きたばこの販売数量の推移」(2018/06/17アクセス)
タバコ税収という政治行政の「嗜癖(しへき)」
税制改正で2018年10月から段階的にタバコにかけられる税率が上がり、これまでパイプタバコの扱いで極端に税率が低かった加熱式タバコの税率も段階的に上げられる。税率が低い今のうちにシェアを獲得するべく、タバコ各社は加熱式タバコの価格を下げ、紙巻きタバコからの切り替え増を画策しているところだ。
日本国政府は財務大臣を株主にし、日本たばこ産業(JT)の株式を33.35%保持している。市場でタバコ業界は高配当で有名だが、JTの1株あたりの配当金は2018年度の予想で150円となっており、財務大臣は2018年3月31日現在、JTの株を6億6692万6200株所有している。これは時価総額2兆4120億円(2016年度末時点)の優良資産であり、配当金だけでも約1000億円だ。
日本のタバコ税率やタバコ価格は、先進諸国に比べるとかなり低い。税率にはまだ伸びしろがあり、財務省や自治体としては予備資金のようなもので手放したくないだろう。
タバコの税収に少なからず依存している地方自治体も多く、国にしても安定税収であるタバコをまったく禁止してしまうことは考えられない。グローバル化で途上国などへ喫煙習慣を輸出している「優良企業」のJT株から毎年入ってくる配当金は、財務省として政官財に影響力を発揮する強力なツールとなる。
中小飲食店の懸念や心配は理解できるが、世の中の趨勢が脱タバコへ向かっているのは確かだ。バーや居酒屋などのアルコールを提供する店でも客層の傾向は同じだろう。飲食店業界でもこうしたことは十分に予想しているはずだ。
タバコ擁護派の本当の動機は、タバコ税収にあり、タバコ企業からの配当金にあるということになる。こうした財源や資金が一種のタバコ利権となり、今回の受動喫煙防止法案改悪の動きに反映したということだ。
喫煙者はニコチン依存症という病気だが、タバコ税収は「第二の嗜癖(Second Addiction)」などともいわれる。日本の政治行政がタバコ税収に依存を続ける限り、長期的なビジョンや政策を立てられず、国民の健康や生命を守ることができないという残念な状況はこの先も変わらないだろう。
※1:「スペインの失敗から『東京都の受動喫煙防止条例案』を見る」Yahoo!ニュース:2018/04/21
※2:「東京都受動喫煙防止条例案について」(2018/06/17アクセス)
※3:Laura Cornelsen, et al., "Systematic review and meta‐analysis of the economic impact of smoking bans in restaurants and bars." ADDICTION, Vol.109, Issue5, 720-727, 2014
※2018/06/18:9:42:「念のために書き添えておけば、政府の「新成長戦略」(2010年6月18日に閣議決定)では2020年までに職場における受動喫煙ゼロを目指している。飲食店も職場なのはいうまでもない。」のパラグラフを追加した。