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内密出産ってどんなもの? 妊娠を知られたくない女性への支援を考える

重見大介産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士
(写真:アフロ)

2021年12月、熊本市の慈恵病院で国内初の「内密出産」が行われたと報道され、大きな話題となりました。

慈恵病院は、思いがけずに妊娠して子どもを育てるのが難しい女性が、誰にも妊娠を打ち明けられぬまま孤立した状況で出産することを防ぐために、病院が匿名を保証した上で出産する「内密出産」の取り組みを独自に導入しました。

妊娠した女性にとって、安全な病院で出産できることはメリットである一方、生まれてきた子どもの戸籍、養育環境、出自を知る権利などが保証されていない点が問題視されています。海外では他者に妊娠を知られずに出産する法制度が整備されている国もありますが、日本ではまだ法整備は進まず、議論も十分に行われていません。

日本ではまだなじみの薄い「内密出産」についての議論を深めるためにも、誰にも知られずに出産することを望む女性への支援や、日本における現状について、厚生労働省による報告書(文献1)をもとに解説します。

なお、海外の制度や状況については後編として追加記事を公開予定です。

他者に妊娠を知られたくない女性の背景

思いがけない妊娠をした女性の中には、経済的困窮、性犯罪、健康上の問題、家族やパートナーとの関係性などの様々な理由から、周囲に妊娠を知られたくないと考える女性がいます。

彼女たちは、妊娠を知られないために妊娠・出産・養育に関わる行政の支援・制度へのアクセス(利用)を避ける傾向があり、結果的に母子の健康を害するリスクや遺棄・虐待のリスクが高くなると考えられます。

メディアの報道によると、内密出産に至った10代の女性も、妊娠発覚による母親との関係悪化やパートナーからの暴力への恐怖が、妊娠を知られたくないと考える背景にあったようです。

日本における心中以外の子どもの虐待死57人(2019年度)のうち、約半数は0歳児で、そのうち約40%は生後一ヶ月未満でした。また、35%は予期しない妊娠または計画していない妊娠であったことも報告されています。

子どもの遺棄・虐待を防止するためにも、計画外の妊娠をした女性全てに届く支援が必要とされています。(文献2)

国内初の「内密出産」、法整備は?

2021年11月に10代女性がメールで熊本市の慈恵病院に相談し、12月に匿名のまま同病院にて国内で初めての内密出産を行いました。出産後、病院スタッフ1名にのみ身元を明かし、病院が健康保険証と学生証の写しを厳重に保管しているとのことです。子どもを特別養子縁組に出し、子どもが成人するころに女性の身元を明かしてほしいというのが女性の意向ですが、赤ちゃんは現在乳児院に入所しています。

今回の件(内密出産)は、現行の法制度との兼ね合いが一つの焦点となっていました。病院側が母親の身元を知っているにもかかわらず、空欄で出生届を提出することが、公正証書原本不実記載罪に抵触するかが注目されていましたが、熊本法務局は回答を見送り、慈恵病院は出生届を提出しませんでした。

ただし、子どもに戸籍がないことは様々な点で不利益が生じるため、市が市長の職権に基づいて子どもの戸籍を作成する方針とのことです。

慈恵病院は、赤ちゃんの遺棄や虐待死をなくすために「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を2007年に設置するなど、思いがけない妊娠に苦しむ女性への支援を続けてきました。今回の内密出産の取り組みも、このような女性に安全な場所での出産を提供するために行われたようです。

しかしながら、誰にも知られずに出産することを望む女性の内密出産は、国内では体制が整備されておらず、課題が山積しています。

2022年2月25日、参議院予算委員会において、後藤厚労相は今回の内密出産のケースの違法性はないとの見解を示し、古川法相は内密出産が実施された場合の戸籍作成についてのガイドラインを法務省と厚労省と協力して策定する意向を示しました。岸田首相は、現行制度下で対応可能だとして法整備に慎重な見解を示しました。

今後、日本国内でも他者に妊娠を知られたくない女性のための議論が進むことが期待されます。

赤ちゃんの養育について

日本では、様々な事情で生みの親と暮らすことができずに社会的養護を必要とする子どもの8割は、乳児院や児童養護施設などの施設で暮らしています。(文献3)

諸外国に比べて、里親家庭で暮らす子どもは圧倒的に少なく、子どもを家庭で暮らせるようにする取り組みが必要だという指摘があります。

また、児童の代替的養護に関する国連の指針(文献4)によると、内密出産を含む様々な事情により、生みの親の元に戻ることができない子ども(特に3歳未満)は、大規模な養護施設ではなく、恒久的な家庭を基本とした環境で養育されるべきであるとされています。

日本での特別養子縁組は年間700件以上まで増加してきているものの、更なる広がりが求められています。

海外ではどうなっている?

妊娠を知られたくない女性の自宅出産や子どもの遺棄は、日本以外の国でも以前から問題となっていました。危機的状況にある女性とその子どもの健康や安全を守ろうとしている点は共通しているものの、歴史や宗教などの背景によって各国の制度は異なります。

フランスやドイツなどは匿名で出産できる法制度が整備されています。アメリカは出産後に匿名で子どもを引き渡すことのできる法制度を有しています。イギリスは、女性への支援を通して匿名での出産や引き渡しを抑制することに重点を置いています。

様々な困難な事情を抱えた女性が、誰にも知られずに出産したいという思いに至っています。しかしながら、日本では匿名で出産する体制も、安心して身元を明かして出産できるようにするためのサポートも、いまだに不十分であるのが実情です。

後編の記事では、日本での支援体制を検討するにあたり、諸外国の事例を紹介しています。

参考文献:

1. 厚生労働省. 妊娠を他者に知られたくない女性に対する海外の法・制度に関する調査研究報告書.(2019年3月)

2. 厚生労働省. 子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第17次報告)(2021年8月)

3. 厚生労働省子ども家庭局家庭福祉課. 里親制度(資料集)(2021年10月)

4. 国連総会採択決議. 児童の代替的養護に関する指針(厚生労働省仮訳)(2019年12月)

産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士

「産婦人科 x 公衆衛生」をテーマに、女性の身体的・精神的・社会的な健康を支援し、課題を解決する活動を主軸にしている。現在は診療と並行して、遠隔健康医療相談事業(株式会社Kids Public「産婦人科オンライン」代表)、臨床疫学研究(ヘルスケア関連のビッグデータを扱うなど)に従事している。また、企業向けの子宮頸がんに関する講演会や、学生向けの女性の健康に関する講演会を通じて、「包括的性教育」の適切な普及を目指した活動も積極的に行っている。※記事は個人としての発信であり、いかなる組織の意見も代表するものではありません。

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