「内密出産」海外ではどんな法制度? 思いがけない妊娠をした女性や子への支援
2021年12月、熊本市の慈恵病院で国内初の「内密出産」が行われたと報道され、大きな話題となりました。
日本での「内密出産」の取り組みは、思いがけずに妊娠して子どもを育てるのが難しい女性にとって、安全な病院で出産できるメリットがある一方、生まれてきた子どもの戸籍、養育環境、出自を知る権利などが保障されていない点が問題視されています。
前編の記事では、日本での現状や問題点を取り上げました。本記事では、誰にも知られずに出産することを望む女性に対して海外ではどのような法制度が存在しているのか、厚生労働省による報告書(文献1)をもとに解説します。
危機的状況にある女性への諸外国の取り組み
思いがけない妊娠をし、経済的困窮や心身の不調、パートナー・家族との関係性など様々な理由から出産・養育が難しい状況に陥ってしまう女性がいます。このような女性たちが、妊娠を知られたくないと悩んだ末に自宅出産や子どもの遺棄に至ってしまう事例は、海外でも以前から問題となっていました。
歴史や文化などの背景によって、諸外国はそれぞれのアプローチで危機的状況にある女性とその子どもの安全や健康を守ろうとしています。
本記事では、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、韓国について触れていきます。
アメリカ
公衆トイレやごみ箱への乳児遺棄が社会問題となり、1999年にテキサス州で初めて「乳児避難所法(Safe Haven Law)」が制定されました。この法律により、親が匿名のまま乳児を避難所に引き渡しても法的に責任を問われないこととなりました。現在では、全ての州で乳児避難所法が制定されています。アメリカでは人工妊娠中絶に対して保守的な州が多いことも、同法を成立させる大きな要因となりました。
乳児の保護がこの法律の目的であるため、対象は生後1年未満の乳児に限られ、虐待などによる負傷がなければ親の刑事責任は問われません。病院、消防署、警察、教会などの施設が避難所に指定されています。
アメリカの乳児避難所法は、人工妊娠中絶や乳児遺棄よりも、善意の見知らぬ人に子どもを引き渡すことを許可し、早期に親権を停止して養子縁組を行う方が良い、という考えに基づいていると言えるでしょう。
一方で、効果の検証が不十分であること、親へのカウンセリングなどのケアの不足、子供のアイデンティティの喪失など様々な問題点も指摘されています。
母子保健一般の施策として、たとえばカリフォルニア州では保険未加入の女性が利用できる「Medi-Calプログラム」があります。低所得者に必要な医療サービスを保障する公的な健康保険プログラムで、妊婦に対して出産前後のケア、分娩、家族計画、メンタルヘルスサービス、デンタルケアなど全ての妊娠関連サービスを提供します。このような施策を通して、危機的状況にある女性を支援する取り組みも行われています。
イギリス(ここではイングランドとウェールズを指します)
イギリスでは、2歳未満の乳幼児遺棄や出産の隠匿は刑罰の対象とされています。匿名出産は認められず、出産する女性(生物学的な母親)が法的な母親として出生証明書に名前を記す義務があります。乳幼児遺棄の件数は他のEU加盟国と比較して少ないと言われており、乳幼児遺棄に関するガイドラインは制定されていません。乳幼児遺棄に関する市民の問題意識も高いとは言えず、民間のベビー・ボックスも存在していないそうです。
また、人工妊娠中絶への姿勢はアメリカと大きく異なり、妊娠24週目までは母体の健康上の理由、胎児異常、社会的・経済的理由により人工妊娠中絶が可能です。母親の健康や生活が深刻に脅かされている場合や胎児異常に重大なリスクがあれば、人工妊娠中絶可能な週数に制限はなく、処置は無料です。
イギリスの思いがけない妊娠をした女性に対する取り組みの特徴は、乳幼児遺棄そのものの対策よりも、妊婦や若い母親などの女性への支援を充実させることに重点を置いた施策をとっている点と言えます。
国による社会保障として、妊娠中〜出産後1年間の医療費無料化、子どもの医療費無料化、低所得・若年妊婦へのミルクや食品の支援、税額控除、出産・育児手当、交通費補助などのサービスを受けられます。
また、NHS(National Health Service)のウェブサイトには、10代の妊娠の支援に特化したページが設けられ、相談窓口や取り得る選択肢などについて情報提供を行っています。チャリティ団体の協力も得て、10代での妊娠は減少傾向を認めています。
ドイツ
ヨーロッパでは15世紀頃から捨て子場が広がり、ドイツでは18世紀に孤児院に乳児を置いて託す施設もありました。
1999年以降は、民間団体により、思いがけない妊娠により苦しむ女性とその子どもへの支援(ベビー・ボックスや匿名出産、匿名での子供の引き渡し)が提供されていました。
乳児遺棄が社会問題として議論されてきた歴史を背景として、ドイツでは約10年に亘る議論を経て2014年に「内密出産法」が施行されました。困難な状況にいる妊婦に対して、妊娠・出産について周囲へ内密にしながら必要な医療を提供し、出産後に子どもを養子に出すことが可能となりました。実親に対しては16年間の匿名性、16歳に達した子どもに対しては出自を知る権利を保障します。ドイツ国内の全ての医療機関で匿名での出産が可能であり、分娩費用は国が全額負担します。
2014年5月〜2018年7月の内密出産数は467件であり、一月に平均9人の子どもが内密出産によって生まれました。ドイツ連邦家族省の報告(2017年)によると、医療サービスを利用しない危険な出産が減少したと考えられ、内密出産法は一定の効果を上げたと分析されています。
フランス
フランスでは、妊娠を他者に知られたくない女性のための取り組みが古くから存在していました。16世紀に孤児院や修道院に子どもを匿名で託すベビー・ボックスが設置され、17世紀には医療機関にて匿名で出産する制度の原型ができていたと言われています。
また、20世紀前半には政府は人工妊娠中絶の厳罰化を進める一方で、匿名で出産される子どもの保護に力を入れました。第2次世界大戦中に思いがけない妊娠をした女性の救済手段として、全ての医療機関で匿名のまま無料で医療を受けられるようになり、現在の匿名出産制度の始まりとなりました。
1975年に人工妊娠中絶が合法化されると、匿名出産の件数は大幅に減少しましたが、女性の権利として、現在も匿名出産制度は存続しています。日本やドイツなどでは分娩の事実によって母子関係を認定する一方、フランスでは母子関係の存在を示す十分な事実があり、家族や周囲の人、行政などから親子と認められていることをもって母子関係を認定します。こうしたフランスの認知主義も、匿名による出生登録を認める制度に関与していると考えられます。
匿名出産制度では、女性は医療機関で匿名かつ無償で出産をし、出生証明書に自分の氏名を明らかにしないことができます。生まれた子どもは、国家の養育を受ける子どもとなり、斡旋機関を通じて養子縁組が行われます。女性はできる限り身元の分かる情報を厳封した書類として残すように促され、成人した子どもがその情報にアクセスできる仕組みがあります。
また、フランスでは全ての妊婦が、医療機関にて無償で健診・入院・出産を行うことができ、一時的にすらも一切の支払いなく、周産期医療へアクセスが可能です。また、人工妊娠中絶も匿名かつ実質無償(保険適用)で行うことができます。このような母子保健一般の施策によっても、危機的状況にある妊娠女性が医療サービスへアクセスしやすくなっていると考えられます。
韓国
韓国では、儒教の価値観に基づいて父系中心的な家族規範を重んじる傾向が強く、未婚のまま出産する女性は社会的に立場が弱い存在です。
また、人工妊娠中絶は遺伝疾患の可能性や性被害による妊娠などに限られ、厳しく取り締まられています。
韓国には、日本と同様に儒教的価値観に影響を受けた戸籍制度が存在していました。戸籍制度は家父長制の理念に基づき、子どもは「戸」の単位に入るものと規定されてきました。
しかし、1987年の民主化以降、女性運動団体を中心に、戸籍制度が性差別的な内容を含んでいるとして廃止を求める市民運動が活発となり、遂に2005年に戸籍制度が廃止されました。そして2007年には、身分登録について、戸主を筆頭とする戸籍簿から個人別の家族関係登録制度に変更されました。
韓国の養子縁組制度は、朝鮮戦争後に海外の民間団体が主導した海外養子縁組事業が発端となりました。半世紀の間に海外養子となった子どもはのべ16万人にのぼりましたが、彼らが帰国して海外養子縁組批判を展開し、韓国社会に大きな影響を与えました。また、婚外子の養子縁組に対して、子どもの権利の観点から問題も指摘されていました。
このため、2011年に子どもの利益を最善化する目的で養子縁組特例法が大幅に改正されました。改正前は子どもが養親の実子として届けられるケースが大半でしたが、改正後は実親による出生届の提出が必須となり、子どもの出自を知る権利が重視されるようになったのです。その結果、子どもを育てられない未婚母が出生届提出を避けて子どもを遺棄する傾向が強まったとの批判もあり、昨今ではベビー・ボックスの是非が議論されているそうです。
子どもが出生後速やかに出生登録され、医療などの行政サービスを受けることができるように、出産した親自身が全国45ヶ所の医療機関内のオンラインシステムにより出生届を提出できる取り組みも開始されており、養子縁組完了後は母親の家族関係登録簿から子どもの名前を削除できます。
2009年、韓国で初めてのベビー・ボックスがソウル市内の教会に設置されました。生みの親による出生届の提出が義務化されてから、ベビー・ボックスへの相談件数は急増しました。また、メディアの肯定的な報道により、ベビー・ボックスに子どもを託すことが合法であると市民に誤認されたことも急増の要因となったと考えられています。韓国政府はベビー・ボックスへの見解を明らかにしていませんが、ベビー・ボックスに子どもを遺棄した両親が刑事処分を受けたケースもあります。
韓国の深刻な出生率低下を背景として、少子化対策の一環としてのひとり親への支援が整備されました。妊娠を他者に知られたくない女性への支援も、主にひとり親への支援の一部として実施されています。
また、2018年に妊産婦支援拡大および秘密出産に関する特別法案が一部議員により提出され、韓国でも匿名出産に関する議論・検討が進むことが予想されます。
全ての女性の安全と健康が守られる社会へ
後編では、思いがけない妊娠に悩み苦しむ女性への海外の法制度についてご紹介しました。それぞれの国の文化や歴史によって取り組みは異なるものの、危機的状況にある女性が安全に出産し、子どもが保護される社会を目指している点は共通しているのではないでしょうか。
日本は、法制度が十分に整わないまま民間による内密出産の取り組みがなされている状況です。危機的状況の中で悩む女性とその子どもの安全や健康が保障される社会を創るために、私たちの中でさらなる理解や議論が進むことが期待されています。
参考文献:
1. 厚生労働省. 妊娠を他者に知られたくない女性に対する海外の法・制度に関する調査研究報告書.(2019年3月)