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映画『エゴイスト』LGBTQ+インクルーシヴ・ディレクターが思い巡らす、これからのゲイの描かれ方

斉藤博昭映画ジャーナリスト

暗喩的な作品は別にして、ゲイを主人公にした日本映画は、橋口亮輔監督が撮った『二十才の微熱』『渚のシンドバッド』の1990年代以降、エポックメイキングとなる作品はなかなか現れなかった。しかし近年、その状況も変わりつつある。橋口監督のその後の作品に、2016年の『怒り』、2020年の『his』、さらに『おっさんずラブ』や『きのう何食べた?』の劇場版など、明らかに多様な作品が増えている印象だ。

その流れを象徴するような作品が、2/10に公開された『エゴイスト』。出会いから愛が生まれ、その後の運命まで、ゲイのラブストーリーを正面から描き、しかもその描き方が多方面から絶賛されている。

この仕上がりに貢献したのが、LGBTQ+インクルーシヴ・ディレクターの存在である。日本で初めてとなるこの肩書き。LGBTQ+が劇中でどのように描かれるか。それを監修し、アドバイスを与える仕事を、日本で初めて請け負ったのが、ミヤタ廉さん。ある意味、フロンティアの役割を担ったわけだが、ひとつの達成感とともに仕事を終えたようだ。

(『エゴイスト』におけるミヤタさんの仕事は、こちらの記事を参照)

『エゴイスト』で主人公の浩輔を演じたのは、鈴木亮平。もともと彼のヘアメイクを務めていたミヤタさんは、今回の現場でLGBTQ+インクルーシヴ・ディレクターを任されたが、撮影が終わった日、鈴木亮平から食事に誘われ、「新たな人生の船出、おめでとうございます。これはミヤタさんに似合うと思って」と、『エゴイスト』の撮影の際、(演じた)浩輔として身につけていた愛用の私物をプレゼントされたという。今後、ミヤタさんがこの仕事を続けるうえで、使命感を抱いたことは想像に難くない。

インタビューに応じるミヤタ廉さん(撮影/筆者)
インタビューに応じるミヤタ廉さん(撮影/筆者)

現在、日本では唯一無二のLGBTQ+インクルーシヴ・ディレクターという立場から、日本においてLGBTQ+作品がどう変わっていきそうか、その状況をミヤタさんは次のように語る。

「ちょうど今、過渡期にあると思うんです。『エゴイスト』以降、LGBTQ+を描く映画が、前と同じように作られていくのか、そうではなくて本腰を入れて取り組まれるのか、試される時代になるでしょう。LGBTQ+の情報に限らず、真に迫った情報をいかにキャッチするかが必要であり、そのセンスが問われる時代になってきたと感じます」

LGBTQ+作品として近年、とくにハリウッドなどで「当事者が演じるべき」という論調がみられる。一方でそのようなニュースが流れると、反発も湧き上がる。「どんな役でも演じられるのが俳優ではないか」と。こうした風潮は今後、日本でどうなっていくべきか。『エゴイスト』ではゲイの浩輔役を鈴木亮平が演じたわけで、ミヤタさんのインクルーシヴ・ディレクターとしての仕事も不可欠なものとなった。

「当事者が演じるべきかどうかという問題は、クランクイン前の準備段階から何度も亮平さんと話し合いを重ねてきた議題でした。日本のエンタメにおけるこうした課題はまだまだ多方面からしっかり考え、乗り越えていくべき問題が大きく立ちはだかっていると思っています。そうした部分が自然な流れの中で表現されていくには、もう少し時間を要するかもしれませんが、そろそろ本格的に業界全体が“動き始める時期に差し掛かっている”という意識を強く持って、次世代へ繋げていく必要性を痛感します。演じる側だけが先頭に立ち、声を上げることが当たり前となっている風潮がありますが、これは1人の勇気に任せることではなく、業界周りが同時に動いていくべき問題だと思っています」

こうした論議が起こるのも、一本の映画が観た人のその人生を変える可能性もあるからだ。映画の役割、また、映画における自分の仕事の重要性について、ミヤタさんも自覚するようになったのではないか。

「今回、主人公の友達を演じたキャストの中に、出演を機にカミングアウトを決意した人がいます。ご両親を連れて試写会に行きますと言っていました。もちろんカミングアウトをすることがすべてではないけれど、彼が何かを感じ、行動に移したのは事実です。映像であれ何であれ、エンタメとして一つの作品になるということは、誰の人生にどんな影響を与えるか、わからない。だからこそ、観た当事者の方々が鑑賞後に自身のセクシュアリティや人生を肯定したくなる気持ちになってほしい。そんな作品を制作する側に、これからも回っていければと思っています」

その肯定感を後押しするためにも、今後、LGBTQ+作品のさらなる多様化が求められそうだ。

「韓国映画の『ユンヒへ』を観終わった時、立ち上がれないほどの衝撃を受けました。韓国って数年前までLGBTQ+への風当たりが強かった印象ですが、ほんのわずかな間にエンタメやアートが発信するLGBTQ+の作品レベルの精度、そして表現のクオリティーがものすごいレベルに達していたんです。日本でも、もっといろいろなパターンの物語が作られてほしいと思います。(LGBTQ+当事者の)役者に限らず、まだ数少ない脚本家をはじめスタッフなどがもっと増えた時に、さらに世界は広がるわけで、僕を含め、いろいろな問題を提示しながらエンタメ業界を高め合っていけたらと強く願います」

ミヤタさんのようなLGBTQ+インクルーシヴ・ディレクターの仕事が増えることで、リアルで誠実な作品も多くなる。その好循環が行き着く先に、豊かな映画の世界が待っているのは、おそらく間違いない。

今回の『エゴイスト』は、LGBTQ+の「G=ゲイ」のパートだったが、より多様なアドバイスが求められる仕事だけあって、今後は課題も多そうだが、それだけ挑戦する価値がある仕事として注目されることだろう。

『エゴイスト』

全国公開中

(c) 2023 高山真・小学館/「エゴイスト」製作委員会

配給:東京テアトル

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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