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北欧これからの働き方 重要な決断をするリーダーの責任は良質な睡眠

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
デンマークのスタートアップ祭典で議論された、睡眠とパフォーマンスの重要性(提供:イメージマート)

北欧では家族との時間を大事にし、残業はあまりせずに、長期休暇中は仕事をしないというような働き方が定着している。それでも、女性の社会進出が進み、両親の共働きが普通となり、同時にジムなどの「運動」や「社交」もしたがるのが北欧の人だ。そうすると、子どもの保育園の送迎や料理など、「時間がいくらあっても足りない」悩みが生まれてくる。そこでまだ議論がより必要なのが「睡眠時間」だろう。スマホで多くの時間を過ごすために、「若者」の睡眠時間が減っていることはニュースでは問題視されているが、「大人」の睡眠時間における議論はまだまだ足りていない。特に重要な決定が連続する「リーダー」たちが良質な睡眠をとっている重要性については。

デンマークのスタートアップとイノベーションの祭典TechBBQには、数多くの起業家や投資家が足を運んでいた。スタートアップ業界では、起業したばかりの人も多いために、一般の職業の人よりもプライベートな時間が少ないことは想像しやすい。しかし、ストレス・不安・変化の多い業界だからこそ、メンタルヘルスの維持のためにも「良質な睡眠」が大事であることがテーマとなった。

会場は満席で、睡眠への注目度の高さが伝わってきた 筆者撮影
会場は満席で、睡眠への注目度の高さが伝わってきた 筆者撮影

コペンハーゲンにある睡眠研究所(Sleep Institute)の創設者であるラウラ・カナデル(Laura Kanadel)さんが、「睡眠」と仕事のパフォーマンスの関係性を意識したのはコロナ禍だった。夫の眠りが浅くなり、健康や気分に悪影響を及ぼし始めたのだ。問題は純粋にライフスタイルにあり、「睡眠を徹底的に意識」するようになったという。

リーダーが睡眠不足なら、チーム全体も睡眠不足

「私たちの地域では、50%の人が睡眠不足です。アメリカのリーダーや起業家の平均睡眠時間は、全体の42%と驚異的な数字です。リーダーや起業家として理解しなければならないのは、質の良い睡眠が取れていないと、チームや会社、社会全体に悪影響を及ぼすということです。研究によると、睡眠不足のリーダー下ではチームの効率が悪く、チームとの関係も希薄で対立も多め。非常に興味深いことに、あなたがリーダーとして睡眠不足だと、チームも睡眠不足になりがちです」

優れたリーダーの素質と深い関係をもつ睡眠

「マッキンゼーはある研究を行い、優れたリーダーの特徴を明らかにしました。集中力、問題を効果的に解決する力、チームをサポートし、チームとつながる能力です。これらは全て睡眠の仕方に大く影響されます。起業家やリーダーの中には、夜中までメールをチェックする人もいるでしょう。しかし、重大な決断や集中力を高めるには睡眠方法を見直す必要があります。短期的に起きたことは、長期的には本当にリスクを増大させるのです。眠れていないと、気分の低下や集中力の低下などを招きます。長期的には、例えば深い睡眠を十分にとらないと、認知症のリスクが30%高まることもわかっています。10日間連続で寝不足が続けば、10日足らずで脂肪が1キログラム増えることになります」

北欧ではジム通いで運動する人が多いが、外で日光を浴びながら運動をしたほうがいいと語るカナデルさん 筆者撮影
北欧ではジム通いで運動する人が多いが、外で日光を浴びながら運動をしたほうがいいと語るカナデルさん 筆者撮影

「私たちはリーダーとして、質の悪い睡眠が起業したばかりのチームや会社、社会全体に悪影響を及ぼすことを知っています。運動が重要なのは周知の事実ですが、いつ運動するかについてはあまり語られていないように思います。睡眠のために、夜寝る直前に運動をすると、アドレナリンやコルチゾールのレベルが上がります。安眠のためにはなりません。だから、昼に運動するように心がけ、明るい日光を浴びるために外で運動するのが理想的です」

「常に仕事をする」ことをやめる選択肢

カナデルさんは、「常に仕事をする」という選択肢をやめることを推奨している。

「私たちは仕事に集中しすぎています。睡眠に集中したいのであれば、夜はスイッチを切るようにしましょう。睡眠を記録することをも強くお勧めします」

「私たちリーダーや起業家にはコントロールできる日々のリズムがあります。カフェインやアルコールの摂取をコントロールするのは難しいですが、チームが健康的な生活リズムをおくる手助けをすることはできます。というのも、現代社会は根本的に私たちの生物学と一致していないからです。脳が混乱し、睡眠が妨げられているのです。だから、チームがそうした悪い習慣を取り除く手助けをしましょう。深夜のメールや電話はやめましょう。朝、外でミーティングをしたり、散歩をしながらミーティングをしたりするのもいいでしょう」

何が入っているかわからないメールの受信箱は、夕方は見ない

北欧では親は子どもとは別々に寝ることがよしとされているが、ヴァラーさんは一緒に寝ることを推奨している  筆者撮影
北欧では親は子どもとは別々に寝ることがよしとされているが、ヴァラーさんは一緒に寝ることを推奨している  筆者撮影

デンマークのWolfpack社CEOであるヴァーナー・ヴァラー(Werner Valeur )さんは、18歳で起業し、40歳まで働き詰めの日々を送っていた。メールを常にチェックし、スマホには通知が届き、不健康な食事で、大量のコーラを飲み、砂糖やカフェインを摂取していた。

「今は23時にはベッドに入り、7時に起きます。息子を学校に連れて行き、1杯のコーヒーと軽い朝食を食べます。6時頃の夕食後は絶対にメールをチェックしません。メールボックスには何が入っているかわかりませんから。CEOだったり、とても難しい仕事を抱えていたりすると、難しい案件や嫌な連絡はいつも夕食後にやってきがちなんです。私はリラックスする必要があるし、問題に時間を費やしたくありません。だから夕食後はメールをチェックしないんです。食事は植物ベースで、魚は少し食べます。肉はまったく食べません。誰もが金銭的に余裕がり、良質なベッドを買えるわけではありませんが、ベッドは優先してください。寝室空間は本当に重要なんです」

「子どもを育てている時期は、少なくとも2年間は母乳で育てることをパートナーと優先してきました。子どもと一緒に寝ることを重要視しています。そうすることで、子どもたちは寝ているときに安らぎを得ることができますし、子どもも喜び、おかげで特別な絆も生まれました」

18時以降はメールをチェックしないのは現実的か?

起業したばかりだと多忙な日々が続くが、それでも、「メールをチェックしない時間帯には一切返信しないこと」は重要だと彼は語った。「たとえチェックしたとしても、返信はしない。創業者として、そのことを周囲の人々に伝えるか、何らかのポリシーを持つべきです。スタートアップであっても100時間働く必要はないと私は信じています」

筆者は北欧のスタートアップの女性リーダーを取材することが多い。だからこそ、今回語られていることを実行することがいかに難しいかもわかる。同時に、筆者が通っていたカウンセラーがこう言っていたことも思い出す。「ノルウェーで働く人たちは、運動、友人との付き合いを同時にしながら、育児もがんばろうとする。『本当にしないといけないの?』と聞くのが私の仕事だ」と。働きすぎ社会の日本では、そもそも運動や社交さえする時間も十分にとれていない印象があるが、北欧だとそれはなんとか可能なために、予定が詰まり、「ぼーっと休む」時間がなく、日々のストレスが増加している。

スマホやSNSとの生活に依存する「若者の睡眠不足」は北欧のニュース記事ではよく見かけるが、「大人の睡眠不足」についてはもっと話したほうがいいだろう。それは北欧でも日本でも必要な働き方の見直しだ。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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