カカオ価格が1年間で3倍以上に――“カカオショック”が長期化するとみられる理由
- カカオ豆の国際価格は急激に上昇していて、今後チョコレート価格もこれに引っ張られる公算が高い。
- カカオ豆の主要産地である西アフリカでは、地球温暖化による異常気象をきっかけに生産量が減少している。
- さらに生産者にとって利益の上がりにくい構造や投資家による過度な資金投入もあり、カカオ価格の高騰は長期化する見込みが大きい。
チョコレートの主原料カカオ豆の歴史的高騰はスイーツ好きにとっての悲報であるだけでなく、世界の変動の一つの象徴でもある。
やってきたカカオショック
世界各地でインフレはなかなか収まらないが、そのなかでもカカオ豆は多くの商品を上回るペースで値上がりしている。例えば米NASDAQ(CJ:MNX)では4月1日、終値が1万ドルの大台を突破して1トンあたり10,120ドルを記録した。
これは約1年前の2023年3月31日(2,933ドル)と比べると3倍以上で、カカオショックとでも呼ぶべき急激な値上がりだ。
このカカオ高騰は当然チョコレートの価格にも影響してくるだろう。
もともとウクライナ戦争が始まった2022年初頭から、チョコレートはその他の多くの商品と同じように値上がりしてきた。
ただし、その間も主原料であるカカオ豆の価格はあまり変化していなかった。
そのため、これまでのチョコレート値上がりはカカオ以外の原材料(原油や植物油など)の高騰だけを反映していたといえる。
とすると、カカオの歴史的高騰でチョコレートはこれまで以上のペースで値上がりすると予想される。
日本はカカオショックの影響が大きい国の一つといえる。World Population Review によると、日本の年間チョコレート消費量は一人当たり平均1.2kgで、世界第20位(ブラジルと同率)だが、チョコレート文化の根付いた欧米以外では第1位にあたる。
なぜカカオが急騰したか
カカオショックの背景には主に3つの理由があげられる。
①異常気象による農業被害
まず、地球温暖化による異常気象だ。
世界のカカオ豆生産の約7割は西アフリカ地域が担っていて、特にコートジボワールとガーナの2カ国だけで世界生産の半分以上を占める。
その西アフリカでは年を追うごとに平均気温が上昇していて、今年2月中旬には40度を超える日が5日以上続いた。また、熱波の影響で干魃や大雨も増えている。
こうした異常気象で農業被害は増えていて、西アフリカ諸国ではこの数年カカオ生産量が減少している。地球温暖化が引き金で生産量が減少し、価格が高騰した点ではオリーブやバニラと同じだ。
②カカオ農家のリスク分散
異常気象に関連して、農家の経営方針も無視できない。
南アフリカにあるノースウェスト大学のA.S.オィエケイル博士は2020年、ガーナのカカオ農家が地球温暖化にどのように対応しているかに関する論文を発表し、このなかで調査対象の農家の70.63%が「カカオ以外の作物栽培」を考え、44.18%が「農業以外の仕事」を考えていることを明らかにした。
もともとカカオ栽培の利益は小さく、農家が手にする生産者価格は末端価格の6%程度といわれる(後述)。とすると、「何がなんでもカカオ栽培を続けよう」とはなりにくく、異常気象で農業被害が大きくなれば、リスク分散を検討する農家が出やすくもなる。
さらにオィエケイル博士がこの調査をした後、アフリカではコロナ禍やウクライナ侵攻によって、先進国よりはるかに食糧危機が深刻化している。この状況では、生き残るためにカカオ栽培より食糧生産が優先されても不思議ではない。
③ビジネスチャンスを見出す投資家
そして最後に、カカオの供給減少にチャンスを見出す投資家だ。
カカオ高騰にともない、製菓メーカーや商社だけでなく、「いま買えば儲かる」と考える投資家までが市場に資金を投入することで、カカオ価格はさらに上昇しているとみられる。
投資家を後押しする情報は多い。例えば米誌Forbesは各国の先物市場でカカオが高騰していた3月27日、「NVIDIA(米半導体メーカー)、Bitcoin、カカオ豆。どれが最上の投資か」と派手な見出しでカカオ投資の有望さを発信した。
それと連動して、ロンドンやニューヨークの先物市場でカカオ豆が急騰した3月末から砂糖やコーヒー豆なども値上がりしている。どちらもチョコレート文化に縁が深い商品だ。
過剰な資金によって、消費の実態をはるかに上回るペースで需要が増え、結果的に末端価格をむやみに高騰させることは、これまでにもさまざまな商品でみられたパターンである。
カカオ生産は簡単に増やせない
それではカカオ豆の歴史的な高騰は収まるのだろうか。
今後チョコレートがさらに値上がりして消費が落ち込んだり、カカオの代替品が登場したり、さらに「高カカオ」ではなく「低カカオ」がトレンドになったりすれば、価格がそれなりに落ち着くこともあり得る。
とはいえ、基本的には消費者がチョコレートを諦めると思えない。
とするとカカオ生産を増やせるかがポイントになるが、残念ながら短期間には見込みが薄い。それは地球温暖化がすぐ改善する公算が低いことだけが理由ではない。
単純化していえば、単価を引き下げるためには供給を増やせばよい。
しかし、カカオ豆の耕地面積は簡単には増やせない。
西アフリカではカカオ需要の増加に対応するため、これまでも耕地が拡大してきた。例えばコートジボワールでは、食糧農業機関(FAO)のデータによると、2022年までの10年間でカカオ耕地は165万haも増えた。これは日本の四国(188万ha)や岩手県(152万ha)の面積に近い。
しかし、急激な耕地拡大にともない森林伐採のエスカレートも指摘されている。
そのため、持続可能な開発(SDGs)やエシカル消費の観点から高まる批判を受け、世界の主要な食品メーカーや生産国政府が集まる世界カカオ基金(WCF)でも近年、森林保護や児童労働対策が重視されている。
働き手にとっての利益も薄い
これに加えて、いくら価格が高騰しても生産者のインセンティブがそれに比例するわけではない。
少なくとも現在のカカオショックは農家の利益になっていない。商業用であるカカオを栽培するほとんどの農家は1年以上前から取引業者と契約しているためだ。
それだけでなく、より長期的にみても、カカオ農家が「儲かるならカカオ栽培に力を入れよう」とはなりにくい。
先述のように、カカオ豆農家の生産者価格は低く抑えられたままで、2月中旬に開催されたWCF総会でもコートジボワール政府とガーナ政府が生産者価格の引き上げを求めたが、メーカー側との合意には至っていない。
これを埋めるように生産国は個別の対応をみせていて、例えばコートジボワール政府は3月末、生産者価格の50%引き上げを決定した。しかし、この引き上げも国際市場の価格高騰にはついていけず、さらに食料を含めた諸物価値上がりのなかで十分な価格保証とはいえない。
つまり、工業製品や地下資源と違って農産物のカカオ豆の場合、需要を埋めるための増産は簡単ではない。
甘くないカカオショック
とすると、カカオ高騰は消費者にとってだけでなく、生産者であるほとんどの農家にとっても利益になりにくい。
むしろカカオショックで恩恵を得るのは、一部の投資家にほぼ限定されるだろう。
地球温暖化に端を発するカカオショックは、カカオ農家の低所得構造や流動的な資金に左右される食糧市場など、それまでにすでにあった問題を改めて浮き彫りにした。
そのどれもが簡単に解決できない問題である以上、スイーツ好きを待ち受ける未来は甘くないとみられるのだ。