『ジョジョの奇妙な冒険』の岸辺露伴は、時間が加速するなか、マンガの〆切に間に合わせた。どんな実力!?
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。
マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。
岸辺露伴は『ジョジョの奇妙な冒険』のなかでも、特異な存在感を放つ人物だ。
第4部『ダイヤモンドは砕けない』で、「ヘブンズ・ドアー」というスタンドを使うマンガ家として登場。
独自の美意識を貫く姿勢など、そのアクの強さはモーレツに魅力的で、『岸辺露伴は動かない』というスピンオフ作品シリーズも生まれた。
そんな岸辺露伴のすごさが一瞬だけ語られるのは、第6部『ストーンオーシャン』において。
この話に露伴自身は登場しないし、他の人の会話のなかに名前が出てくるだけ。
だが、それでも充分に、露伴のすごさが伝わってくる!
『ストーンオーシャン』の主人公は空条徐倫(くうじょうジョリーン)、敵はプッチ神父である。
このプッチ神父が、時間を加速させる能力をもっていた。
時間がすごい速さで進み、時計の針はぐるぐる高速回転、アイスはたちまち溶け、そしてプッチ神父はすさまじいスピードで攻撃をしかけてくる! はたして徐倫は勝てるのか!?
……というのが話の主軸なのだが、ここで注目したいのは、次の小さなエピソードだ。
時間が速くなったため、人間社会は大きな影響を受け、月産ナンバー1と呼ばれる人気マンガ家も、一晩で1ページしか描けなくなった。
それも当然で、ペンにインクをつけて原稿の上に持ってくるあいだに、もうインクが乾いてしまうのだ。
「どうすりゃいいんだ〜」と頭を抱えるナンバー1マンガ家に、編集者がこの状況下で〆切に間に合わせたマンガ家がいると告げる。
彼が驚いて「何者なんだあ」と尋ねると、編集者が挙げた名前が「岸辺露伴」。
露伴の出番は、たったこれだけだ。
だが、ペン先のインクが瞬時に乾燥するほど加速した時間のなかで、〆切に間に合わせるとは恐るべきことである。
岸辺露伴とは、どれほどスゴイ能力の持ち主なのか!?
◆岸辺露伴の仕事スピード
第4部『ダイヤモンドは砕けない』において、岸辺露伴は自身のマンガ制作速度について「19ページの連載原稿を通常は4日かけて、創作意欲がわけば一晩で描き上げる」と説明していた。
実際に筆者がマンガ雑誌の編集者に取材したところ、月産ナンバー1クラスのマンガ家でも月に240ページ、調子がいい日で一晩に10ページほどが限界だという。
これを元に考えると、快調な日の露伴は、その2倍も速く描けることになる。
それほど実力のあるマンガ家だからこそ、加速された時間のなかでも原稿を間に合わせたのだろうが、それはどれほどの早業だったのか?
それを知るためには、具体的に時間がどれほど加速されたかを探りたい。
ヒントは、作中の「インクがたちまち乾く」という現象だ。
そこで、筆者はGペンとインクを購入し、ペン先につけたインクがどれだけの時間で乾くか、実験してみた。結果は17分だった。
一方、ペンにインクをつけて手元まで持ってくるのに要する時間は、ほぼ1秒。
17分とは1020秒だから、それが1秒で乾いたとすると、時間はおよそ千倍に加速していたことになる。
これは大変だ! 一晩を12時間とすると、たった43.2秒で夜が明けてしまう!
ということは、第6部で困っていた月産ナンバー1マンガ家も、結構スゴいのではないか。一晩に1ページしか描けなかったというが、43.2秒で1ページ描き上げたわけだから!
当然、岸辺露伴はもっとスゴい。
彼がこの夜も通常と同じペース(4日で19ページ=1晩で4.75ページ)で描いたとすれば、1ページ描くのに要した時間は9.1秒!
これ、時間が加速しなかったら、一晩で4750ページ描けてしまうというペースだ。速い!
マンガの単行本は1冊200ページ前後。露伴がこの夜と同じ根性(と技術?)を振り絞れば、たった一晩で23巻分を描けるのだ。
◆さあ、100万日徹夜をしよう!
この偉大なマンガ家の制作現場は、どういうことになっていたのだろう。
千倍も速く流れる時間のなかで、普段と同じ作業量をこなすには、すべての動作を千倍のスピードで行わなければならない。
普段の露伴が1秒で3cmの線を引くとすれば、この夜は1秒で3千cm=秒速30mでペンを動かしたはずである。
プロボクサーのパンチは秒速10mほどだから、露伴先生のペンさばきはプロボクサーのパンチの3倍も速い! 自分でも見えるのか!?
大変なのは、曲線を描くときだ。
筆者が買ってきたGペンは、ペン軸とペン先を合わせて10gだが、これで半径10cmの円を描くと、遠心力でペンが9kgの重さに感じられるハズ!
これでは、いくら露伴でも疲労困憊しただろう。
1秒あたりの消費エネルギーは「速度×速度×速度」に比例するから、1000×1000×1000=10億倍。ただし、実際に描いていた時間は一晩の千分の1だから、消費エネルギーも10億倍の千分の1となり、普段の100万倍。
つまり露伴はこの夜、100万日連続して徹夜するほどのエネルギーを消耗した! 想像の域を超えるが、それを可能にするのが岸辺露伴という男なのだ。
――というわけで、「徐倫vsプッチ神父」という本筋には関係ないけど、これはそれに劣らずスゴいエピソードである。
さすが岸辺露伴だ!