「五億円、返してから死ぬ」。かつて募金で命を救われた少年の決意の先にあるのは?『五億円のじんせい』
SNSが絡む作品というと、シニカルなテイストを想像するかもしれません。けれども、『五億円のじんせい』(監督:文晟豪監督、脚本:蛭田直美)は、ユニークな、それでいて共感せずにいられない発想から生まれた物語を温かい視線で描いた快作です。
主人公は、幼い頃に善意の募金五億円による心臓移植手術で命を救われながらも、自分はその募金額に見合う人間ではないと悩む少年・高月望来(望月望)。五億円の恩返しなど到底無理だと考えた彼は、人生を終わりにすることを決意。その意思をSNSの匿名アカウントに記します。すると、謎のアカウントから届いたのは、「借金チャラにしてから死ね」というメッセージ。五億円稼いでから死ぬことにした望来は、「旅に出ます」と置き手紙をして、家出。さまざまな出会いを通して、お金と命の価値に向き合うことに。
17歳に成長した望来は、自分を助けてくれた人々の善意に応えなければという重圧を抱えつつ、周囲の期待に学力が追いつかない現実もあいまって、窮屈な青春を送っています。
母親思いのいい少年に育ったからこそ感じている望来の窮屈さをさもありなんと思わせつつ、いったい五億円をどう稼ぐのかと興味を抱かせて始まる望来の“旅”。待ち受けているのは、お金を稼ぐのは難しいという現実です。しかも、未成年ならなおのこと。それでも、望来は、ホームレスとの出会いや、工事現場や添い寝カフェなど、さまざまなバイトを経験して、世の中にはいろいろな人間がいることを学んでいきます。裏切られたと傷つくこともあれば、怖い目にも遭う。
けれども、今まで知らなかった世界で揉まれても、望来の魂は純粋さを失いません。それが、この物語の大きな魅力のひとつ。撮影当時、望来と同じ高校生だった望月望は、17歳の少年の真っ直ぐな思いを体現して、出色。ナイーヴとは違う、年齢相応の知識も常識もあるうえでの純粋さを感じさせてくれるのです。
そんな未来が抱える人生の大問題に、自殺を考えている女子高校生の存在や、小児病棟での思い出が絡む物語は、「生きる意味」や「生きる価値」を望来にも観客にも見つめさせることに。それぞれに寂しさや痛みを抱えながらも生きる登場人物を演じるキャストがまた、子供から大人にいたるまでリアルな感情を感じさせて、物語をより魅力的なものにしてくれています。
ただ、この物語が描くのは、募金で命を救われた望来だけの特別な問題ではありません。なぜなら、望来は、周囲の期待に応えなければと、自分を枠に閉じ込めて生きている人の象徴なのですから。
さらに、真面目だからこそ窮屈さを感じている望来の言動に、共感したり、世間は恩返しなど期待していないから自分の好きに生きてこその命だなどと、物語の序盤では望来の生き方について考えながら観ていても、いつしか自分自身について考えさせられていたりもします。
たとえば、“旅”で出会ったある人物が望来にかける、ある言葉。望来の心の目を大きく開くことになるその言葉は、思わず自分に当てはめてみたくなるほど、心に響くもの。さて、自分はどうだろうと振り返った時に、そこで語られる言葉では語れない自分が見えてきたりもする。望来の物語は、そんな広がりを持ってもいるのです。
本作は、GYAOとアミューズがタッグを組んで、これからの時代をになう新たな才能の発掘を目指し、オリジナル映画の企画、出演者、ミュージシャンのオーディションを開催し、映画を作り上げるプロジェクト「NEW CINEMA PROJECT」から生まれた作品。343本の応募から第1回グランプリに輝いたのが、映画監督・文晟豪と脚本・蛭田直美による企画『五億円のじんせい』なのです。
社会を見つめる視線の冷静さの中に、人間を信じる視線の温かさを感じさせるオリジナルストーリーもウェルメイドなら、「ちょっとだけ僕の話を聞いてもらえませんか」というように、要所要所で望来が語りかけるスタイルも温かみがありつつ洗練されていて、鮮やかに物語に引き込んでくれる。物語もよければ、役者もいい。そして、ミュージシャン部門でグランプリを受賞したZAO(ザオ)が書き下ろした主題歌が、さらに余韻を深くする。すべての化学反応が素晴らしい快作との出会いに、第2回のグランプリ作品も楽しみになります。
配給:NEW CINEMA PROJECT
(c)2019『五億円のじんせい』NEW CINEMA PROJECT
『五億円のじんせい』
7月20日よりユーロスペースにて公開中。全国順次公開。