PS5の値上げに「非難」続々なぜ 背景に日本の“地盤沈下”
ソニーの家庭用ゲーム機「プレイステーション(PS)5」の価格が9月15日から約5500円(1割程度)値上げされます。値上げは消費者に嫌われるものですが、PS5の値上げについて、ネットでは「日本の軽視」などというような厳しいトーンの意見が続々と並びます。なぜここまで非難されるのでしょうか。
PS5の価格改定 ※税込み(カッコ内は旧価格)
通常版 <ディスクあり> 6万478円(5万4978円)
デジタル版<ディスク無> 4万9478円(4万3978円)
◇異例中の異例 家庭用ゲーム機の「値上げ」
ソニーグループのゲーム事業を担当するソニー・インタラクティブエンタテインメントの価格改定(値上げ)の発表を読むと、二つのことに気づきます。
一つは、部材高騰などの経済情勢悪化を受けたもので、日本だけではなく、欧州や中国など、米国以外の世界各国で値上げをしていること。もう一つは、欧州や中国は即日の値上げですが、日本だけは半月遅らせています。日本の商慣習をふまえ、日本を「特別扱い」しているようにも取れます。
また値上げは、PS5だけではありません。世界的な値上げと流通の混乱があったところに、ロシアのウクライナ侵攻が悪化を加速させています。そもそもPS5以外のソニー製品も値上げをしていますし、毎日のように各企業から値上げの発表が続出しています。
【参考】一部製品の出荷価格改定に関するお知らせ(ソニーマーケティング)
【参考】なぜ、"値上げラッシュ"? 物価上昇の背景とこれから(NHK)
さらにPS5の供給不足についても触れ、改善するとのコメントもわざわざ織り込んでいます。供給不足は「見通しが甘い」というのも一理ありますが、ヒットを予測して商品を大量に用意するのはあくまで理想論です。いずれにせよ、ソニー側も相当気を使っているのがうかがえます。
20年以上の取材を振り返っても、ゲーム機の「値下げ」ならともかく、「値上げ」というのは記憶にありません。ソニーに過去の値上げについて問い合わせてみると、「海外で例があるかも……」とのことですが、異例中の異例であるのは間違いないでしょう。とはいえ円安が加速する中、放置すると問題になる可能性もあり、同時に「値上げ」は、断腸の思いだったと推察されます。
◇メーカーへの転売対策要求は無理難題
ゲームはネットの話題になりやすいとはいえ、PS5は他商品の値上げの反応と比べると非難が相当厳しいように思えますが、なぜでしょうか。
背景には、PS5の世界的な人気、それに伴う本体の供給不足があります。日本でもいまだにPS5本体の抽選販売が続いており、入手が大変な状況は当面変わりそうにありません。私も「日本でのPS5の品不足の解消は、中国でPS5が出るタイミング。おそらく半年程度」と予想していましたが、まさか1年半が経過しても状況が変わらないというのは……。そして「PS5の増産ができない」というのも、予想外でした。
PS5の人気を受けて、一部の人たちによる「悪質転売」が横行し、フリマアプリや中古ゲーム店では、希望小売価格よりも数万円高く売られています。どのくらいの割合で「悪質転売」をされているのか不明ですが、異常な状態です。「悪質転売」は派手に目立ちます。顔の見えない転売ヤーに怒りを向けるのは難しく、フリマアプリも「悪質転売」の取り締まりには消極的です。必然、転売に対する批判は、顔の見え、言いやすいソニーに向くわけです。
【参考】PS5高額転売問題 SIEの「意見表明」にXマス商戦過ぎてもメルカリ無言 進展望めず(2020年)
その中でも目につくのは「ソニーは転売対策をしろ」という意見ですが、無理難題です。商品の価格拘束は、独占禁止法に抵触する可能性があり、販売店と問題になりかねません。そしてソニーは初代PSのとき、公正取引委員会のお世話になるなど“痛い目”にあわされています。どの企業も、人気商品の転売対策ができるものなら、とっくにやっています……と口にしていました。それが効果的にできないから、困っているのです。
【参考】PS5の「悪質転売」防止対策 SIEが「開封済」シールを販売店に配布
現状で可能な効果的な対策は、商品の供給量を増やすこと。そのため、ソニーも即座に増産の手を打っていましたが、半導体不足や部材の高騰、流通の混乱が予想以上にひどく、うまく行かなかったのが取材する限りの現状でした。
つまり、PS5の慢性的な品不足は、商品の過熱気味の人気と、世界経済の悪化という複合要因が絡み合っています。家庭用ゲーム機のビジネスは、ソフトはネット配信できますが、ゲーム機そのものは物理的に販売しないといけないため、ネックになっているのです。ソフトのネット配信がなく、ソフトの製造に時間のかかっていた1980年代後半、ファミコンの人気ソフトが慢性的な品不足になることもありました。
なお任天堂の家庭用ゲーム機「ニンテンドースイッチ」が新型コロナウイルスの感染拡大と巣ごもり需要を受けて、品不足になったときも、「悪質転売」のターゲットになりました。その解決方法は、ゲーム機の増産で、需要と供給のバランスを取ること、やはり時間が必要でした。繰り返しますが、「悪質転売」問題を「何とかしたい」のは、企業も同じなのです。
◇世界市場は成長 日本は頭打ち
同時に重要なポイントもあります。世界のゲーム市場は右肩上がりで成長している一方、日本市場の家庭用ゲーム機市場は、頭打ちが続いていて、日本市場の価値が低下していることです。
オランダの調査会社「Newzoo」によると世界のゲーム市場規模は、2021年度で1800億ドル(約25兆円)で、2023年には2000億ドルという見通しを発表しています。
日本の家庭用ゲーム機市場(ゲーム機、パッケージソフト、ダウンロードを含む)について、「CESAゲーム白書」によると、2013年は4200億円、2020年は約4100億円でした。そして世界の家庭用ゲーム機の市場規模は、2兆8200億円から約3兆1300億円でした。
さらに日本におけるソニーの家庭用ゲーム機を見ても、日本国内での苦戦は明らかです。PS2は世界で1億5000万台を出荷し、うち日本で2000万台以上とヒットしました。しかしPS4は世界で1億1000万台以上を出荷したものの、1000万台程度にとどまっています。
そしてソニーグループの決算で、同社のゲーム事業ですが、2012年度の売上高は7000億円で、2021年度は約4倍の約2兆7000億円。任天堂の売上高(2021年度の売上高は約1兆7000億円)をはるかに超えています。日本の低迷があっても、ソニーのゲーム事業は驚異的スピードで成長しています。
つまり数字(決算)を追うと、「日本市場を優先しろ」「日本は特別」という意見が妥当なのかは、疑問なのです。
もちろん、私の個人的な感情だけをいえば「日本市場は優先してほしい」とは思います。しかしそれは「成長する海外市場を軽視しろ」という意味になります。つきつめれば「日本は他の国とは違って特別である」という、他国・他地域を下に見てしまう感情が、どこかにあるのではないでしょうか。数字(データ)が日本の没落を示しているのに、自国を特別視する感情こそ、“重い病”といえるのかもしれません。
もちろん、ソニーは「日本市場は重要な市場の一つ」と言い続けるでしょう。日本の市場の相対的価値は低下しても、依然として日本の人口は1億人を超えている大きな市場の一つだからです。ですがビジネスをするなら、今後も成長・拡大が見込める市場に力を入れるのは自明の理です。
ソニーのゲーム事業は今後、PCゲームやスマートフォン用ゲームへ力を入れると明言しています。つまり、直近はPS5の増産に力を入れつつも、家庭用ゲーム機だけに頼らない戦略を展開しようとしているわけです。家庭用ゲーム機市場で飛躍したソニーが、家庭用ゲーム機を既に「絶対視」していないのです。
【参考】2025年度までに自社制作ソフトの売上を2倍以上に ソニーのゲーム事業
ゲーム市場が世界的に成長するということは、相対的に日本が特別でなくなるという意味です。少子化が進み、移民への抵抗が強いとされる日本は、今後も人口減の加速が予想されます。それは日本のゲーマーやゲームファンが減少することを意味します。
日本の経済的な“地盤沈下”は想定できることですが、実際にゲーム市場から日本の衰退の流れを感じるのは、寂しいものです。