ラーメンAFURI事件の追加解説いろいろ
ラーメンチェーンAFURIによる商標権の争いが依然として話題になっています。既に解説記事を書いていますが、記事公開後にも様々な情報、特に、AFURIのプレスリリースでいくつか新情報が出てきていますので追加で解説します。なお、本記事では法的論点のみを論じ、このような知財関連の抗争があった場合の広報的考慮については別記事で解説することにします。
「商品全廃棄」の要求について
この事件の報道があった際に、吉川醸造の雨降(AFURI)の販売差し止めに加えて在庫の廃棄が要求されたことが大きく報道されました(記事のタイトル部分にわざわざカッコ付で”要求は「商品の全廃棄」”と書かれたりしました)。記者さんには法外な要求という認識があったのかもしれませんが、一般に商標権侵害訴訟において在庫の廃棄が請求されるのは普通です。商標法に以下の規定があります。
この「侵害の行為を組成した物の廃棄」がそれに当たります。なお、商品にもよりますが、別に中身を捨てる必要はなく、商標を付したラベルの張り替えや箱の交換ができるのであればそれでも対応可能です。
吉川醸造が使用している商標について
前回の記事では吉川醸造のウェブサイトの画像から判断して、吉川醸造が使用している商標は、「雨降」という筆書にAFURIという英文字が小さく付されたもので、原告AFURIの登録商標(AFURIの標準文字商標)とは非類似と判断される可能性もあると書きました。しかし、その後に、公表されたAFURIのプレスリリースによると、吉川醸造の商品の箱や裏ラベルではAFURIの文字だけから成る商標が使用されています。このパターンですと、AFURIの登録商標と類似とされる(すなわち、商標権侵害とされる)可能性が高いと思います。仮にですが、酒瓶のラベルで使用している商標は非類似、箱の商標は類似と判断されれば、吉川醸造としては箱を交換するだけで済みます。
なお、基本的なことですが、商標権侵害訴訟では、被告が実際に使用している商標が原告の登録商標に類似しているかどうかが争われます。被告が出願した商標(または、登録商標)と原告の登録商標の類似ではありません。
不使用取消について
一般に商標権侵害で訴えられた場合に取り得る方策の一つとして不使用取消審判の請求があります。登録商標が3年以上使用されていないと判断されれば、不使用取消を請求することで、権利者側が使用証拠を提出しない限り取消になります。請求人が不使用を立証(悪魔の証明)ではなく、権利者側が使用を立証する制度になっていることにご注意下さい。
「酒 site:afuri.com」「酒 AFURI -"雨降"」でグーグルで検索したところヒットしなかったので、前回の記事では「ネット上では(清酒の)販売の形跡が見つかりません」と書きました。AFURIのプレスリリースでは「現に国内外数店舗において、下記のAFURIブランドの日本酒の提供を開始している」と書かれています。ここで注意したいのは、商標の使用においては、飲食店における日本酒の提供と、小売店等における日本酒の販売は別の行為である点です。前者は43類の「飲食物の提供」、後者は33類の「清酒」となります。したがって、別途、ネット通販や小売店等で販売する、ないし、テイクアウト販売をするといった行為がなければ、33類の「清酒」についての使用の立証にはなりません。飲食店が酒類のテイクアウト販売を行うためには酒類小売業の免許申請が必要ですが、コロナ期間中は特例措置としてこの手続が簡素化されたので、それを使ったということかもしれません。
ところで、今回のケースで言えば、吉川醸造は2022年の夏に交渉が始まった段階で、自社製品に使用している形態の商標を出願し、AFURIの登録商標の登録日から3年経過を待って不使用取消審判請求というのが通常のムーブだと思いますが、なぜそうしなかったのかはよくわかりません(交渉の段階で既にAFURIによる商標の使用が明らかであったのかもしれません)。なお、この場合、吉川醸造の出願にはAFURIの登録商標と類似するという拒絶理由が通知される可能性が大ですが、その場合は意見書において、AFURIの登録商標に不使用取消を請求する予定であるとすれば査定を待ってもらえるのが現在の特許庁の運用なので、自分が使用している商標は、先登録の取消のタイミングは気にせず可能な限り早目に出願しておくのが賢明です。
追記:AFURIは米国では日本酒のテイクアウト販売を行っているようです。これだけでは日本国内での商標の使用ではないので不使用取消に対抗できませんが、商品を日本で瓶詰めして米国に輸出しているとすると日本国内での商標の使用になります(商品の「輸出」も商標の使用の一パターンです)。交渉段階でこの点が明らかだったので不使用取消を請求しても意味なしと判断されたのかもしれません。
地名の商標登録について
今回問題となっているAFURIは地名由来なのでそれを商標登録するのはどうなのかという意見が聞かれます。日本の商標審査の基準では、地名であることを理由に拒絶されることはありません(実際、山の名前の酒の商標登録は数多くあります)。ただし、その地名が指定商品の産地や指定役務の提供場所であると消費者が認識する場合には拒絶され得ます。消費者はAFURIと聞いて阿夫利山で作られたラーメン(または酒)であるとは認識しないだろうと特許庁は判断したということになります。もちろん、この点を無効審判で争うことはできます。
なお、地名を商標登録していても、産地や提供場所そのものに対して権利行使することはできません。仮にですが、「ホゲホゲ阿夫利山店」という店があったとして、AFURI側が「阿夫利山」部分が自社の登録商標と類似するから商標権侵害とは主張できません。しかし、今回のケースは、消費者が”AFURI”を商品の産地として認識するかは微妙なので、この点は関係ないのではと思います。