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前大統領起訴と前総理逮捕がダブって見える

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(700)

水無月某日

 米国のトランプ前大統領は14日、フロリダ州マイアミの連邦地方裁判所に出廷し、罪に問われている37件についてすべて無罪を主張した。特別検察官の起訴内容は、核兵器情報など最高機密を含む文書を自宅で保管していたスパイ防止法違反や、FBIの捜査を妨害した司法妨害罪などで、量刑は足し合わせると禁固400年に及ぶ。

 しかし自宅の証拠写真を見ると、書類の箱が無造作に積み上げられ、しかもトイレなどに置かれていたというから、トランプ自身がこの書類を機密情報だと本当に認識していたのかフーテンは疑問に思った。

 しかも自宅に機密情報を保管していたのはトランプだけでなく、バイデンもオバマもクリントン夫妻も同じことをやっていたという話を聞くと、そもそも米国の機密情報は最高権力者からそれほど軽く見られていたのかと、フーテンはそのことの方が気になる。

 トランプは「バイデン政権による選挙妨害」と批判しているが、大統領経験者が連邦法違反で起訴されたのはこれが初めてである。司法制度は裁判で有罪が確定するまでは「推定無罪」だから軽々に断罪してはならないが、米国メディアはここぞとばかりトランプを糾弾している。

 しかしトランプには起訴を支持拡大の材料にしようとする姿勢が見え、さらに裁判を担当するアイリーン・キャノン判事はトランプ政権時に指名された裁判官で、トランプに有利な判決を下した過去があるという。そのため裁判が大統領選挙後にまで長引けば、起訴が取り消される可能性があると予想する向きもある。

 いずれにしても前大統領が起訴されるという米国憲政史上初めてのことが起き、前大統領は全面無罪を訴え、政治の力で検察に挑戦しようとしている。そしてメディアは前大統領を悪の権化であるかのように糾弾する。その構図はフーテンに47年前のロッキード事件を思い出させる。

 日本では東京地検特捜部が田中角栄前総理を米国ロッキード社から賄賂を受け取った受託収賄罪で逮捕し、田中は全面無罪を主張して政治の力で無罪を勝ち取ろうとした。田中は裁判で有罪判決を受けたが、それでも政治力は衰えず、逆に「闇将軍」として日本の政界を操った。

 フーテンは田中逮捕の時に社会部記者として東京地検特捜部の捜査を担当し、その後、政治部記者となって田中が脳梗塞に倒れるまで「闇将軍」の田中を間近で取材した。逮捕した側とされた側の両方を取材した記者はフーテン以外にいないと思う。そのためかフーテンは田中とロッキード事件について巷間言われる構図とは異なる見方をしている。

 そこで最高権力者だったトランプと田中がなぜ検察に摘発されたかの共通点を探ろうと思う。勿論、犯罪の構図はまるで違う。トランプは意図的に機密情報を自宅に保管し、司法の捜査を免れようとした。一方の田中は米国で暴露された事件によって、刑事免責された米国の贈賄側の証言に基づいて逮捕された。

 犯罪の構図は異なるが、トランプを起訴した特別検察官はバイデン政権の司法長官によって指名された。一方、田中を逮捕した東京地検特捜部は三木政権の法務大臣の指揮下にあった。いずれも建前は政権から独立して捜査を行うとされる。しかし建前は建前だ。

 私が見てきた東京地検特捜部は極めて政治的な捜査機関である。政治的というのは時の政権に逆らって捜査を行うことはないという意味だ。しかしあからさまに時の政権の意を汲んだと思われれば国民から批判され、その存在意義はなくなる。

 だから特捜部が力を入れるのはメディア操縦だ。メディアを操縦して如何に検察が正義であるかを国民に知らしめる。特捜部を取材しながらフーテンが痛切に感じたのはそのことだ。メディアは厳しい情報管理下に置かれ、検察が発表する以外の情報を流すことは難しい。

 検察にそれが可能なのは、捜査が「取調室」という密室で行われるからで、警察が扱う事件のようにメディアが入れる「現場」がない。フーテンは警視庁担当の時に警察の鑑識課より先に証拠を発見し、それをネタに捜査当局から特ダネを掴んだ経験があるが、検察ではそれができない。

 しかもメディアが接触できる相手は検察幹部に限定され、若手の検事から聞いた情報を報道すれば、記者会見から排除される。検察は自分たちに従順な社を選んで特ダネを与え、他社を追随させ、事件の構図を検察の思い通りにすることができる。

 そこでロッキード事件のフーテン独自の見方を書く。まず世間では1972年に総理に就任した田中が74年に辞めたのは、雑誌「文芸春秋」に掲載された立花隆の「金脈問題」が原因と思っている。しかし一審有罪判決後にフーテンが月に一度私邸で面会した田中は金脈問題をまるで問題にしていなかった。

 「他の政治家は官僚と財界から金を貰っているから官僚と財界に逆らえない。だが俺は自前で金を作った」と自慢していた。田中が総理を辞任した理由は他にあるが、今ここでは書かない。しかし世間では「金脈」で辞めたことになっているから、後継には椎名悦三郎自民党副総裁の裁定でクリーンなイメージの三木武夫が選ばれた。

 椎名は田中と福田赳夫が争った総裁選で田中を支持し、田中から信頼されていた。その椎名が三木を選んだのは、弱小派閥の三木なら田中に逆らえないと考えていたからだ。しかし三木の子分で金配り役をやらされた海部俊樹によれば、「三木はクリーンでないのにクリーンを売り物にしていた」。海千山千のしたたかな政治家だった。

 短期暫定と思われていた三木政権が、公職選挙法改正案、政治資金規正法改正案、独禁法改正案など本格政権が取り上げる重要課題を掲げて長期政権を目指すと、自民党内からは猛反発が起きた。支持率も低迷して三木政権は断末魔状態となる。

 そこにロッキード事件が飛び込んできた。三木はその2年前の参議院選挙で「阿波戦争」と呼ばれる熾烈な代理戦争を田中との間で繰り広げた。徳島県は三木の選挙区で「三木王国」と呼ばれ、三木派の参議院議員が現職でいたが、そこに田中が警察官僚の後藤田正晴を公認候補で押し込んだ。三木派はかろうじて勝利するが遺恨が残った。

 ロッキード事件が発覚すると、三木は米国のフォード大統領に事件の資料提供を求める親書を送る。そのことがまた党内に反発を呼び、椎名が中心となって「三木おろし」が始まった。椎名は「私は生みの親だが育ての親ではない」と言った。

 ロッキード事件は日本だけでなく西側各国で起きた。従って西側の政治家には広く賄賂が流れたはずだが、日本以外の国が米国に資料を求めて捜査機関を動かし、収賄政治家を逮捕した話をフーテンは聞いたことがない。米議会で名前を特定された人物は謝罪はしたが逮捕はされていない。

 ロッキード社から日本に流れた賄賂には2種類ある。防衛庁が税金で購入する対潜哨戒機P3Cを巡る賄賂、民間の全日空が購入したトライスターを巡る賄賂である。特捜部は民間航空機を巡る贈収賄容疑で田中を逮捕したが、P3Cを巡る疑惑は捜査しなかった。

 米議会から名指しされたロッキード社秘密代理人の児玉誉士夫が、事件発覚直後に入院し、そのまま死亡したことで、捜査できなかったことが理由だが、もし捜査していれば児玉と親しい関係にあり、防衛庁長官を務めた中曽根康弘が捜査線上に上ってくるとフーテンは見ていた。

 しかし当時の中曽根は三木政権を支える自民党幹事長という要職にあった。もし自民党幹事長が摘発されれば、自民党は野党に政権を譲らざるを得ないのが世界の常識だ。しかし日本には野党第一党の社会党が自ら政権を求めないという特異な事情があった。

 そして当時の法務大臣は中曽根派の稲葉修である。中曽根を守らなければならない立場だ。特捜部が法務大臣に逆らって捜査を強行することはあり得ない。造船疑獄事件で犬養法務大臣が指揮権発動し、佐藤栄作自由党幹事長の逮捕を阻止した話があるが、それは全くの嘘で、今では逮捕できない検察が法務大臣に頼んで指揮権発動してもらったというのが真実だと言われる。

 その後、佐藤栄作と特別の関係を作った検察は、佐藤の政敵である池田勇人の派閥を狙い撃ちに吹原産業事件など経済事件を次々摘発し、佐藤の長期政権維持に貢献したと言われる。それが政治権力と検察の関係である。

 そして三木総理がロッキード事件の渦中に田中がいると睨んで資料提供を米国大統領に要請した裏側で、当時の中曽根幹事長は米側に事件の「モミケシ」を要請していたことが、2010年に機密指定を解除された公文書から明らかになった。中曽根は何を「モミケシ」して欲しかったのか。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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