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カンヌも認めた ゆるコメのはずが サスペンス!?『トレジャー オトナタチの贈り物。』

杉谷伸子映画ライター

第68回カンヌ国際映画祭 ある視点部門ある才能賞に輝いた『トレジャー オトナタチの贈り物。』。カンヌでの受賞もさることながら、ほっこりした邦題にも惹かれるこの作品の監督は、コルネリュ・ポルンボユ。日本で作品が公開されるのはこれが初めてですが、『12:08 EAST OF BUCHAREST』(’06年)でカメラ・ドールを受賞し、『POLICE,ADJECTIVE』(’09年)では国際映画批評家連盟賞と審査委員賞を受賞しているカンヌではお馴染みの存在です。

舞台はルーマニアのブカレスト。家を差し押さえられる危機に瀕している同じアパートの住人アドリアンから、彼の曽祖父が共産党台頭前に実家の庭に埋めた宝を一緒に探さないかと持ちかけられたコスティが、資金を貸したり、金属探知業者を手配したりと協力し、一緒に宝探しをすることに。

予告編から想像するのは ほっこり系のコメディですよね? しかし、これは単純な笑いに包まれたお話ではなかったのです。

登場人物たちの会話のトーンはとっても静か。無理矢理たとえればアキ・カウリスマキのような淡々としたトーンではありますが、カウリスマキ的な間のおかしさや登場人物たちのズレた行動に笑わせるわけではありません。コスティもアドリアンも、いたって普通の人々なのですから。

この「普通の人々」というところがミソ。幼い息子に『ロビン・フッド』を読み聞かせる良き父親であるコスティが、親同士の関係となると頼りなくて妻に気まずさを感じてしまうあたりの「あるある感」もおかしみを感じさせますし、印刷会社を経営していたというアドリアンに対して、コスティがいうルーマニアの読書人口についての言葉なんてシニカルな笑いを誘うんです。

この息子が超絶かわいい。そして、親子の空気感の良さにもワケがある。
この息子が超絶かわいい。そして、親子の空気感の良さにもワケがある。

けれども、この作品、私にとっては、かなりのサスペンス。なにしろ、もし、お宝が見つかったとしても、それがルーマニアの文化に関するものだった場合は、まずは警察に届け出なければならないというのです。お宝が国家遺産と判断されれば、コスティたちが受け取れるのは対価の30%だけ。警察に届け出なければ、逮捕されて投獄。

そんななか、会社に内緒で金属探知機を使って半額料金でお宝探しに協力してくれるというコルネルも現れる。

この親切な申し出には何か裏があるんじゃないのか? もし、お宝が見つかっても、密告されちゃうんじゃないのか? と、発掘作業が始まる前から、あれやこれや良くないことが起こりそうで心配でたまらなくなるのですが、穴掘りが始まれば始まったで、文句ばっかり言って、コルネルと険悪な雰囲気になっていくアドリアンが恐ろしい事態を引き起こしてしまうのではないかしらと、不安は増すばかり。人間不信なつもりはないけれど、妙な静けさがやたらと不安を掻き立てまくる。ハートフルなコメディを想像させるタイトルとの落差もあいまって、いや、もう、その息詰まることと言ったら!

この穴掘り、日が暮れても続きます。
この穴掘り、日が暮れても続きます。

決して楽ではない生活を送っている普通の人が いつもと違うことをすると辛酸を舐めることになるのではないかと心配でたまらなくなる方も少なくないと思いますが、この作品が味わわせてくれるのは、まさにそんな感覚。どれだけ心配性なんだ? どれだけ人間不信なんだ? と、自分自身にツッコミを入れずにいられないくらい、彼らのお宝探しは 勝手にハラハラさせてくれるのです。ラストシーン直前でのコスティの行動も「大丈夫かしら、この人?」と思わずにいられないくらい。

この結末は予想できない!

ところが! ラストに待っているのは、まさに『トレジャー オトナタチの贈り物。』といった展開。勝手に不安を掻き立てられていたぶん、思わずふっと笑顔がこぼれてしまうラストに、驚くほど幸せな気持ちになります。作品のトーンは淡々としているのに、味わう感情の起伏はジェットコスター級(遅すぎて逆に怖い花やしきみたいなタイプ)なんです。エンディングに流れるライバッハの『オプス・デイ(Life is Life)』がまた、そんな まさかの結末の余韻をさらに深いものにしてくれる。人間不信すぎる自分に気づいて笑ってしまうという意味においても、この作品は“喜劇”的かもしれません。とはいえ、余韻はとってもハートフル。この結末、きっと予想できませんよ。そして、登場人物たちの人となりを知って観る 2度目は、素直に笑いを楽しめることになりそうですし、ラストの余韻も観るたびに深まりそう。

ちなみに、ご近所さんアドリアン役のアドリアン・プルカレスクから 彼の曽祖父がルーマニアが国有化される前に全財産を埋めたという話を、ポルンボユ監督が聞いたところから生まれているこの作品。主人公のコスティは、映画のために創作された架空の人物ですが、6歳の息子と妻は、コスティ役のクジン・トマの実際の息子と妻。コルネル役のコルネリュ・コズメイは、俳優ではなく、実際に金属探知を生業としているそう。いかにも素人っぽく見えないのは こちらがルーマニア語がわからないからなのかもとも思いますが、 このキャスティング大成功です。

(c)2015, 42KM FILMS(R) LFS FILMS DU WORSO(R) ROUGE INTERNATIONAL(R) ARTE FRANCE CINEMA(R)

9月17日、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかロードショー

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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