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今年のプール授業、どうなっているの?コロナの影響は大きかった

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
子供たちにとって水慣れできないっていうのは一生の問題(写真:アフロ)

 コロナ禍の今年の夏のプール授業が手探りで始まりました。事前の心配を胸にプール授業に挑んだ小学校勤務33年のベテランは「2年生、想像以上だった」と胸中を語ります。今年のプール授業、どうなっているの?

今年のプール授業、実施状況は

 全国的に梅雨空が続き、太平洋側では大雨による警戒レベル4で避難指示が発出されたところも。毎年比較的梅雨の軽い新潟県では今年も雨の日が少なくて、各小学校を中心に順調にプール授業が進んでいます。

 6月下旬に長岡市内の小中学校に勤務する教員対象にういてまて指導法の伝達をプールを使って行いました。その際に長岡市教育委員会指導主事にお聞きした話によると、昨年の長岡市ではコロナの影響で学校プールの利用が全面的に休止に追い込まれましたが、今年は半分くらいの学校でプール授業が行われているそうです。

 なぜ半分くらいかというと、実施するかどうかはおおよそ学校の規模で決まるようです。児童数や生徒数の多い大規模校だと、更衣室での密集が避けられないとか、密集を避けるために一度にプールに入れる人数を制限すると、授業時間数も教員数も足りなくなるとか、学校の事情によりやりたくてもプール授業ができない状況にあります。

 新潟県内では自治体によって対応がまちまちで、比較的小規模校の多い自治体では全学校で実施、新潟市のように市内に大規模校があれば、実施するかどうかは学校に対応を任せるとしています。

 全国に目を向けると、公共の室内プールを使ったり、スイミングスクールのプールを使ったりして学校のプールを使わない自治体も増えてきました。室内プールであれば、天候に左右されることもなく、そしてプール授業を夏に集中することなく実施できますから、予定した時間をしっかり実技に使うことができます。さらにスイミングスクールとタイアップすれば、水泳指導のノウハウを授業に導入することもできます。ただ、学校のプール以外のプールを使う試みは始まったばかりですので、それなりに苦労があるようです。

今年のプール授業、何がたいへんかというと

 2年ぶりのプール授業を前に、先日、小学校勤務33年のベテランから「2年生、心配だわ」との声を聞きました。詳細については、筆者記事「低学年に性の第一歩を教えています 小学校のプール授業の奥深さ」をご覧ください。

 昨日(7月2日)までに実際にプール授業を3回実施して、件のベテラン教員は「2年生、想像以上だった」と、その大変さについて胸中を語りました。

着替え指導

 昨年の1年生の時にプール授業がなかったので、2年生には1から着替え方を教えなくてはなりません。そのため、最初のプール授業の半分を着替え方の指導に使いました。そして「完璧だった」とベテラン先生。一番心配だったラップタオルのスナップの留め忘れについては、着替えの時に1人1人に目を光らせてしっかりチェック。水の漏れる隙間もないほどにきちんとできました。

 ところが事件は3回目のプール授業で発生しました。ある2年生の児童が登校する前に家にて水泳用バックの中に水着を入れ忘れてしまったようです。プール授業前にそのことに気が付いた児童が先生に言ってきて、それから学校から家庭に連絡して水着を持ってきてもらうように手配。プール授業の始まる時間が刻一刻と近づき、他の子供たちの忘れ物チェックだとかを始めなければならないし、ベテラン先生は少々パニック気味になりました。

 家庭から水着が届く前に着替えの時間が来ました。大勢の子供たちの着替えを進めざるを得ません。いつものように一斉に着替えを指示しました。先生は児童たちが大切なところを人に見せないようにして着替えているかしっかりチェックして、無事に着替えが完了。そしてほぼ同時に水着を忘れた児童の保護者が水着を届けてくれました。そして、その児童が1人で急いで着替えをしました。

 「プール授業が終わった後に、児童の1人が着替えの下着がないって騒いだのよね。」なんと、水着を忘れた児童が下着の上に水着を重ね着して水に入ったことが判明。1年生の時にしっかりと指導できていれば、2年生で少々目を離しても失敗しないのだけれども、2年生とはいえどもコロナ禍で1年の間が空けば、やはり1年生と同じようにしないとトラブル時はダメかと思い知ったそうです。

顔浸けブクブク

 「今年の2年生は、顔浸けブクブクが難しそう。」顔浸けブクブクは小学校低学年の定番で、これができないと泳ぎの練習に入れません。水中に立った状態から静かに水中に沈み、頭まで潜り、ブクブクと息を吐いてから水面に顔を出します。

 1年生では、潜らないと遊べないような状況を作ったりして、顔を水に浸ける訓練をします。例えば鬼ごっこ、宝探し、水中じゃんけん。最初からゴーグルをつけて遊べば水中で見える景色が面白くて、潜ることに抵抗がなくなっていきます。それからゴーグルを外して水中で目を開ける訓練をします。そうすることによって、自分の意思で立った状態から潜ることができます。

 今年の2年生はどうかというと「3回目のプール授業にして、達成率は半分。いつもの2年生だと達成率9割なんだけれど」と心配が的中。やはり昨年1年間のブランクは厳しくのしかかり、子供たちの泳力向上に陰を落としています。顔浸けブクブクからけのび、けのびからバタ足へと進むのですが、このままではバタ足に進むことなく3年生に進級する子が多くでそうな気配です。いつもだと、図1のようにほとんどの2年生が夏休み前には背浮きを怖がらなくなります。

図1 例年の2年生のういてまて教室の様子。背浮きなんてへっちゃら(筆者撮影)
図1 例年の2年生のういてまて教室の様子。背浮きなんてへっちゃら(筆者撮影)

マスク着用の一悶着

 ベテラン先生の学校におけるプール授業でのマスク着用について聞いてみました。「うちは体育館の出入り口が境界だよ。」

 体育館で準備体操をします。その時点では児童はマスクをしています。体育館の出入り口からプールサイドへの出入り口に通路があるので、体育館の出入り口にカゴを置いてあります。児童は体育館の出入り口でマスクを外して、あらかじめ準備してあるマスク袋に入れます。そのマスク袋をカゴに入れて、プールサイドに向かいます。

 「子供たち、慣れたモノで、しゃべりませんよ。」マスク着用が日常になったせいか、いざマスクを外すと、プールサイドへの道中、プールサイドで指示を聞く最中、そして冷たいシャワーがかかった瞬間も無口だそう。当然、プールの中でも黙泳(もくえい)です。もちろん、プール内でも十分な距離をとって授業を行っています。

 プール授業におけるプールでのマスク着用については、「これが正しい」と広く認められているガイドラインはありません。ただ、マスクを着装したまま泳げば直ちに水難事故につながるという点では、筆者の過去の記事で警鐘を鳴らしています。たとえプールで事故が起こらなかったとしても、川や海に近づくとき、入水するときにマスクをつけたままだとそういうところでの水難事故の危険性が高まります。水に近づくときには癖としてマスクを外せるようにしたいところです。

 プール用マスクを導入して授業を実施し、子供たちが水泳を楽しんだというある小学校のプール授業の様子が新聞記事になりました。その件についてSNS上では少々炎上気味となり、多くの意見として「プールでマスクとは何事だ」とお叱りが多かったように思います。

 プール用マスクは濡れても素性の変わらない素材でできているので、プール退水後に顔が濡れた状態でマスクしても呼吸が妨げられないという長所があります。不織布タイプのマスクだと顔の表面の水分を吸って途端に呼吸困難に陥ります。

 正直なところ、「プール授業でマスクは必要」という記事でも「プール授業でマスクは外すべき」とどちらの記事となっても、読者の反応としてそれなりの炎上は見られます。学校プールでマスクの着装に相当こだわったとしても、シャワーを境界としてマスクの着脱のメリハリをつけることをおすすめします。加えて、今年はプール授業のメディア取材はおことわりして、学校のホームページに余計な情報は入れない方が良さそうです。

さいごに

 「プール授業をやるって、教員の責務だと思う」とベテラン先生。「正直なところ、今年は2年生を中心に本当に大変。でも大変だからやらないという選択肢は学校ではあり得ないの。教員にとって大変さは一時のことであって、子供たちにとっては水慣れできないって一生の問題なのよ。」

 我が国の教育は、困難を乗り越えて前進しようとするすべての先生によって支えられています。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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