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必然性があるから心を揺さぶる。セックスシーンと裸が内面を映し出す『帰らない日曜日』と『パリ13区』

杉谷伸子映画ライター
『帰らない日曜日』

映画の性的シーンにはそこまで濃厚な描写が必要だろうかと思わせるものもあれば、その逆に愛撫されている登場人物のバスローブの前がはだけてもいない不自然さが気になるようなものもある。だが、ジャック・オディアール監督作『パリ13区』エヴァ・ユッソン監督作『帰らない日曜日』のセックスシーンや裸は、まさに“必然性”を感じさせ、観客の心を揺さぶるものだ。

刹那的なセックスが

愛への渇望と孤独を映す

『パリ13区』が、台湾系フランス人エミリーやそのルームメイト募集でやってきたカミーユらを通して描くのはミレニアル世代の愛と孤独。

『パリ13区』エミリーはルームメイトとなったカミーユ(マキタ・サンバ)に惹かれるが…。(c)ShannaBesson PAGE 114 - France 2 Cinéma
『パリ13区』エミリーはルームメイトとなったカミーユ(マキタ・サンバ)に惹かれるが…。(c)ShannaBesson PAGE 114 - France 2 Cinéma

最初にスクリーンに姿を見せる登場人物であるエミリーが、裸でカラオケのマイクを握っているあたりからしてなかなかのインパクトだが、その姿に部屋でくつろぐ若い女性のいまどきのリアルを感じさせる彼女は、カミーユと速攻で肉体関係を持ち、ルームメイトとして暮らし始めた彼に「セフレ以上恋人未満」的な感情も抱く。だが、ことは彼女の思うようには進まない。うまくいかないのは仕事も同じで、奔放なセックスシーンのかずかずは、高学歴に見合う職に就けず、いつも不機嫌で刹那的になってしまう彼女の人となりや、それでも誰かと繋がっていたい内面を映し出しているのだ。

1970年代の再開発による高層住宅やビルが連なる13区という舞台は、そんな彼女の在り方と相まって、誰もが不安と孤独の中で愛を求める「現在」をさらにリアルに感じさせてくれる。

カミーユが心惹かれる同僚を演じるのは『燃ゆる女の肖像』('19年)のノエミ・メルラン。(c)ShannaBesson PAGE 114 - France 2 Cinéma
カミーユが心惹かれる同僚を演じるのは『燃ゆる女の肖像』('19年)のノエミ・メルラン。(c)ShannaBesson PAGE 114 - France 2 Cinéma

エミリー役のルーシー・チャンは、これが映画デビュー作だが、セックスシーンに不安はなかったと言う。なぜなら、セックスシーンは振付師ステファニー・シェンヌによって振り付けられたもので、できるだけリラックスした状態で臨めるよう体や動きに関して個別にダンスレッスンが行われたという。「セックスシーンは、しっかり準備を行い、そこに役割があると考えることが重要。そうすることで、そのシーンが作品の一部であることを実感し、不安から解放され、落ち着いた気持ちで撮に臨むことができる」(プレス資料より)とエミリーが語っているように、必然性のあるシーンを俳優が安心して演じているからこそ、その作品の空気が観客を作品に没入させてくれるのではないだろうか。

自己実現の物語を紡がせる

愛と官能の時間

『帰らない日曜日』の主人公は、名家のメイドとして働くジェーン。近隣の名家シェリンガムの跡取り息子ポールと秘密の恋を育んでいた彼女にとって、1924年の3月のある日曜日がいかに大きな意味を持つことになるかがひもとかれていく。

オデッサ・ヤングはオーストラリア出身の24歳。『Shirley(原題)』(’20年)での演技がユッソン監督の目に留まり、本作の主演に。
オデッサ・ヤングはオーストラリア出身の24歳。『Shirley(原題)』(’20年)での演技がユッソン監督の目に留まり、本作の主演に。

母の日であるその日曜日、メイドが里帰りし、家族も外出して誰もいなくなったシェリンガム家の屋敷でジェーンがポールと過ごすのは、愛の喜びと幸福に満ちた時間。その愛と官能の時間は、セックスシーンという露骨なワードよりも、インティマシーシーンという言葉を使いたくなる優しさと繊細さに包まれているし、ふたりのシーンの大半を占めるセックスのあとの裸のままの語らいもまた然り。さらには、愛の余韻の中にあるジェーンが全裸のまま、愛する男が暮らしている屋敷の中をひとり探訪するシーンは絵画のような美しさ。この作品のインティマシーシーンもまた、ただ美しいだけではなく、やがて創造性を開花させるジェーンという女性を表現するための必然性を感じさせるのだ。

その日曜日、ジェーンは初めてシェリンガム家の屋敷に足を踏み入れる。
その日曜日、ジェーンは初めてシェリンガム家の屋敷に足を踏み入れる。

必然性と入念な準備

そして、信頼関係

ジェーン役のオデッサ・ヤングも準備期間中に監督やポール役のジョシュ・オコナーと信頼関係を築いたそうだが、セックスシーンに不安がなかった理由について、ユッソン監督の長編デビュー作『青い欲動』での描写を挙げている。

「エロティック・ドラマ」と紹介されているこの作品には高校生たちの乱交パーティも描かれているものの、自暴自棄な経験を経て愛や痛みを知ったヒロインが、“特別な存在”と感じる相手とのシーンには、そうした乱痴気騒ぎとは全く違う情感が溢れているのだ。そんなヒロインが恋人とキッチンで全裸で過ごすシーンの眩しさや、『帰らない日曜日』のプロデューサーがユッソンを監督に選んだ理由のひとつなのではと思わせるほど。

必然性と入念な準備と信頼関係。それがあれば、いつの時代が舞台でも愛の幸福をとらえたシーンは美しい。

『帰らない日曜日』(原題:Mothering Sunday)

5月27日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

配給:松竹

(c)CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE AND NUMBER 9 FILMS SUNDAY LIMITED 2021

『パリ13区』(原題:Les Olympiades /英題:Paris,13th District)

公開中

配給:ロングライド

(c)PAGE 114 - France 2 Cinéma

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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