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ロシアとシリアはイドリブ県の反体制派支配地の奪還に乗り出そうとしているのか?

青山弘之東京外国語大学 教授
SNN、2020年9月16日

トルコ軍監視所前で抗議デモ

シリア政府の支配下にあるイドリブ県マアッラト・ヌウマーン市近郊のサルマーン村とハマー県ムーリク市に設置されているトルコ軍監視所の前で9月16日、住民らが抗議デモを行い、トルコ軍の撤退を要求した。

この二つの監視所は、2017年5月のアスタナ4会議での合意に従って、シリアのアル=カーイダとして知られるシャーム解放機構が主導する反体制派支配下のいわゆる「解放区」、あるいはアスタナ・プロセスが言うところの「緊張緩和地帯第1ゾーン」内に設置されたもの。

イドリブ県、そして同県に隣接するラタキア県北東部、アレッポ県西部、そしてハマー県北西部からなる「解放区」には現在、この2カ所を含む12カ所にトルコ軍監視所が設置されているほか、トルコ軍の拠点が60カ所もあり、反体制派の「盾」となっている。

トルコ軍監視所(筆者作成)
トルコ軍監視所(筆者作成)

12カ所の監視所のうち、イドリブ県サルワ村の第1監視所、イシュタブリク村の第11監視所、アレッポ県登塔者聖シメオン教会跡の第2監視所、ラタキア県ザイトゥーナ村の第12監視所は現在も「解放区」内にある。だが、今回デモが発生したサルマーン村の第7監視所とムーリク市の第9監視所、そしてアレッポ県アナダーン山の第3監視所、シャイフ・アキール山の第4監視所、アレッポ市ラーシディーン地区の第5監視所、アイス丘の第6監視所、イドリブ県タッル・トゥーカーン村の第8監視所、ハマー県シール・マガール村の第10監視所は、2019年半ばから2020年3月までの戦闘で周辺地域がシリア政府の支配下に入ったことで孤立状態にある。

バアス党が呼びかけ、100人以上が参加

抗議デモは、9月15日にバアス党員がSNS上で音声データを通じて呼びかけ、支持者らがこれを拡散することで動員されたもの。

音声データは、党員や住民に対して次のように呼びかけていた。

16日午前9時にサルマーン村のトルコ軍監視所前に集まり…、この日は国民の日になる…。

我が領土からのトルコ人の撤退を求める抗議の座り込みをしよう…。

我々はハマー県から7時半、あるいは8時にあなた方(イドリブ県)に向かう。

これを受けて、ハマー県北部やイドリブ県南東部のアブー・ダーリー村などから住民が監視所前に集まり、バッシャール・アサド大統領の写真や、「エルドアンはテロの象徴、この土地から出ていけ」、「最後の一握りの土地も解放される、これは最愛の指導者の約束だ」などと書かれたプラカードを掲げて抗議行動を行った。

英国に拠点を置く反体制系NGOのシリア人権監視団は、数十人がデモに参加したと発表した。だが、SNNなどの反体制系サイトが掲載したデモの写真を見ると、少なくとも100人以上が参加していることが確認できる。

これに関して、反体制系Eldorarは、参加を強要された教員や生徒も含まれていたと伝えている。

トルコ軍は催涙弾を使用

抗議デモに対して、サルマーン村の監視所に駐留するトルコ軍は催涙弾を発射し、参加者を強制排除し、参加者が撮影したその映像はYouTubeで公開された。

これに関して、トルコ国防省はツイッターの公式アカウントを通じて声明を出し、次のように発表した。

[ アサド政権の指示を受けた複数のグループが、民間人の服装をして、イドリブ県内の緊張緩和地帯に設置されている第3、4、5、6、7、8、9監視所に接近し、第7監視所が攻撃を受けたため、対策を講じ、これを強制排除した。]

ロシア・トルコ軍の高級レベル会合

抗議デモは、トルコの首都アンカラで9月15日から2日間の予定で、ロシア軍とトルコ軍の高級レベル会合が開かれたのと時を同じくして起きた。

ロシアの複数のメディアがトルコ情報筋の話として伝えたところによると、イドリブ県情勢やリビア情勢への対応が話し合われているとされるこの会合において、ロシア軍の使節団は、イドリブ県内に配置されているトルコ軍の監視所の数を削減することを提案したが、トルコ側と合意には至らなかった。

同情報筋によると、トルコ側は、監視所の撤収を拒否し、これを維持することに固執したが、イドリブ県に駐留するトルコ軍部隊の削減を減らし、同地から重火器を撤収させることを決定したという。

ロシア側が削減を求めたのは、シリア政府支配下で孤立している監視所だと思われる。抗議デモは、ロシアの提案を裏打ちするかたちで実施されたのである。

なお、ロシア軍は、9月15日に実施される予定だったM4高速道路でのトルコ軍との合同パトロールへの参加を見送っていた。理由は明らかにされていないが、アンカラでの会合での意見の相違が背景にあると思われる。

M4高速道路での合同パトロールは、3月5日にロシアとトルコが交わした停戦合意に基づくもの。シリア政府とロシアはアレッポ市とラタキア市を結ぶこの高速道路で「解放区」を南北に分断し、その南側を奪還しようと狙っている。

ロシア軍はまた、9月15日に「決戦」作戦司令室とシリア軍が対峙するイドリブ県のザーウィヤ地方などへの爆撃を再開、16日にも同地への爆撃を実施した。そして、これに先立って、シリア軍もザーウィヤ地方の「決戦」作戦司令室拠点への砲撃を強めている。

ロシアとトルコの取引(結託)の行方はいまだ不透明だ。だが、シリア政府とロシアは、「解放区」のM4高速道路以南の地域の奪取に乗り出そうとしているのかもしれない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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