「肌を露出」「顔を隠す」「ジョーカー風」...都知事選の政見放送にみる公選法上のルールと限界
東京都知事選挙では過去最多52人が政見放送を実施
史上最多56人が立候補した東京都知事選挙では、政見放送が行われています。政見放送を申し込んだのは52名(NHK)で、これも当然過去最多となっており、多種多様な政見放送が現在も放送されています。政見放送・経歴放送の予定は、東京都選挙管理委員会のホームページでみることができます。
政見放送というぐらいですから文字通り「政見」が放送されるはずなのですが、今回の政見放送は候補者が多いだけあって、まさに多種多様な政見放送となっており、ネット上でも話題となっています。特にネットで話題となっているのは、政見放送中に着ていたシャツを脱ぎチューブトップ姿になった女性候補、政見放送の原稿と書かれた大きな紙を置き顔を隠した男性候補、ジョーカー姿で机の上に椅子を上げたりカメラに接近して笑い声を続ける男性候補で、ネット上でも「これはやり過ぎなのでは無いのか」などの声が多く上がっています。
政見放送のルールはどうなっていて、これらは問題がないのかについて考えてみたいと思います。
政見放送のルールとは
政見放送とは、選挙において政見を放送するもので、国政選挙と都道府県知事選挙でのみ行われます。国政選挙ではビデオ持込方式といって、収録した動画を放送局に持ち込む方式もあるため、ビデオ持込方式が認められている選挙では、多くの場合、プロモーションビデオやミニドキュメンタリーのような動画が作られて放送局に持ち込まれ、放送されることとなります。従って、候補者が自ら話すだけではなく、別の人物が登場したり、小道具を使ったり、外で撮影することもできますし、自由にBGMや効果音、CGをつけることもできます。
一方、都道府県知事選挙の場合はスタジオ収録のみですので、候補者が放送局に出向いてスタジオで収録を行うこととなります。収録に参加できるのは候補者のみと定められているため、別の人物が代わりに登場することはできません(従って、今回の都知事選挙のように、候補者が逮捕中などの理由で放送局に出向けない場合には、政見放送の収録ができないため、放送されません)。また、はち巻きやたすきといった装飾品や特別に意図したアクセサリーなどは着用不可(メガネや政治的意図を持たないピアスなどは可)となっており、さらに政見用に用意した原稿以外、小道具なども一切利用できません。
私自身も政見放送の収録の現場に立ち会ったことがありますが、その経験から言うと、政見放送の収録自体は告示前に行われることが通例で、立候補の事前審査終了後に候補者がそれぞれの局に赴いて収録を行うこととなります。各局ではスタジオに入る前に打ち合わせと化粧(ドーラン)を行い、収録をする流れで、1局あたり1時間から1時間半程度かかります。放送局はNHKのほか民放もありますから、その数だけ候補者は放送局を梯子することになります。また、映像はありませんが、ラジオも同様にあります。
政見放送は文字通り「政見」ですから、自らの政見を語ることが想定されています。公職選挙法では政見放送について、次のようなルールが定められています。
第百五十条の二 公職の候補者、候補者届出政党、衆議院名簿届出政党等及び参議院名簿届出政党等は、その責任を自覚し、前条第一項又は第三項に規定する放送(以下「政見放送」という。)をするに当たつては、他人若しくは他の政党その他の政治団体の名誉を傷つけ若しくは善良な風俗を害し又は特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする等いやしくも政見放送としての品位を損なう言動をしてはならない。
この政見放送における品位の保持規定については、過去には政見放送削除事件といって、候補者の政見放送の一部(差別的用語)を放送局がこの条項に違反したとして音声を削除したことについて裁判で争った例があります。この政見放送削除事件では、最高裁において「(当該差別的用語部分が)そのまま放送されなかつたとしても、不法行為法上、法的利益の侵害があつたとはいえない」として、候補者による損害賠償請求を認めなかった有名な判例となっています。また、この政見放送削除事件以外でも、放送局が公選法150条の2の規定を踏まえて音声を一部削除した政見放送は存在します。
今回の政見放送はどうか
そこで、今回話題となっている政見放送について考えていきたいと思います。
政見放送中に着ていたシャツを脱ぎチューブトップ姿になった女性候補ですが、善良な風俗を害するなど、品位を損なう言動だったかどうかが問われるでしょう。一方、候補者は「暑い」といって上着を脱いでいること、あくまで局部を露出するなど刑法上における公然わいせつなどの状況ではないことなどを踏まえれば、これを「善良な風俗を害し」とみることは難しいでしょう。女性候補の政見放送の多くはこのシャツを脱いだことによる容姿のことなどに終始しており政策等を訴えている様子はありませんでしたが、そのこと自体は何も問題ありません。
次に、政見放送の原稿と書かれた大きな紙を置き顔を隠した男性候補について考えてみます。スタジオ収録ではフリップなどの小道具などは一切使えませんが、政見用に用意した原稿は利用することが出来ます。実際にこの候補者は政見用原稿と書かれた大きな紙を机の上に立てることで顔を隠していましたが、このことは小道具などを使わずに顔を見せないことを「原稿」だけは持ち込めることを利用して達成したという点が重要です。法令に障る点もないことから、このことも問題ないでしょう。この候補者は自らが顔を出さないことを政策の理由の一つとしており、政見放送でこのことを訴えるために、「政見用に用意した原稿を大きくすれば顔を隠すこともできる」と考えたものとみられます。
最後に、ジョーカー姿で机の上に椅子を上げたりカメラに接近して笑い声を続ける男性候補についても考えてみます。政見放送では、椅子と机、机の上に政党名と候補者名が書いてある名札が予め用意されていますが、椅子を机の上に乗っけたり、自身が机の上に乗るなどして笑い続けるといった挙動を取りました。このこと自体は特異な内容とも捉えることは出来ますが、ひとつひとつの行動に分解したときに、例えば机の上に椅子を乗っける行為が道徳的に問われることがあっても、善良な風俗を害したかどうかといえば、そうとは言い切れないでしょう。なお、政見放送自体は確かに机と椅子こそ予め用意されていますが、椅子に座らなければならないというわけではありませんから、敢えてカメラに近づくことなども禁止されていません(カメラ自体は動きませんから、カメラのフレーム外に候補者が退出することがあっても、撮影時間中はカメラが回り続けるだけです)。
以上のように、いずれも法令違反を問われるような内容ではありませんし、実際に150条の2の規定を踏まえた音声や映像の削除は行われていません。また、従前述べたように都知事選挙の政見放送は、候補者が自ら出演することが条件となっていますから、NHK党の選挙ポスターのように、例えば出演の権利を販売することも出来ません。
これから政見放送はどうあるべきか
しかしながら、ネットでこれだけ話題となっているように多くの候補者のなかには政見放送で特異な行動をとるものも多く、テレビやラジオという公共の電波という性質から、これらの行為が本当に適切なのかどうかを問う声があるのも実情です。
また、より多くの有権者に対して広報するという意味においては、インターネットがこれだけ普及したなかで、テレビやラジオを使った政見放送は一定の役割を終えたのではないでしょうか。
政見放送はテレビやラジオで放送されることとなっていますが、今回のように候補者が多ければ、すべての候補者の政見を放送するには、相応の時間がかかります。録画すればともかく、時間帯も選挙管理委員会で決めるわけですから、見たい候補者の政見放送を必ず見れるとは限りません。
選挙公営には非常に多額の費用がかかり政見放送も放送事業者に対して一定の支払がなされています。今回の東京都知事選挙でも、東京都の一般会計予算をみると、選挙公営の費用として約3億9000万円以上が計上されています(恐らくこの予算は候補者がここまで増えることを想定していないため、さらに膨らむ可能性が高いと言えます)。
これらの選挙公営経費は、新聞広告や政見放送などにかかっていますが、これらのオールドメディアからニューメディアたるインターネット(SNSや動画サイト)へ候補者の戦略・戦術が移り、有権者の接する時間も増えてきていることを踏まえ、税金が原資である選挙公営そのものの在り方も見直す時期に来ているのではないのでしょうか。