博士の就職難は解決するか~見えてきた希望の光~
博士号取得者やポスドク(ポストドクター;短期雇用で常勤職についていない研究者で教授などを除く)の就職難が問題となって久しい。
作者不明の「創作童話」「博士(はくし)が100にんいるむら」が話題になってもう10年くらい経つだろうか。大学院博士課程に進学し、博士号を取得した者の就職率は6割程度、行方不明になる者も1割いるという事実は、多くの人に衝撃を与えた。更新されていないにも関わらず、定期的にツイッター上で話題になり、そのたびに衝撃を受けた人たちが嘆きの声をあげる(「「世界がもし100人の博士だったら」の行方不明者数に驚く」ほか)
行方不明者が全員自殺するわけではなく、把握されていないだけという部分もあるだろう。「博士100人の村を考察する(平成24年度ver.)」などが言うように、最新の学校基本調査や科学技術・学術政策研究所の資料などをみて、分野も踏まえて冷静な議論が必要だ。とはいえ、この「創作童話」がいまだ効力を失っていないようにみえるのは、この問題がいまだ解決されていないからだろう。
解決されていないどころか、一部では事態は深刻化しているとの声もある。大学院博士課程進学者数は年々減り続けており、しかも、優秀な人材が科学研究に参加していないという声は多く聞かれる(科学技術・学術政策研究所 「日本の大学における研究力の現状と課題 (Ver.2)」「イノベーション人材育成をめぐる現状と課題 -科学技術分野の高度専門人材の流動化・グローバル化・多様化の観点から-」ほか)。この数年のノーベル賞受賞者ラッシュに浮かれている間に、「科学技術立国」なるものの土台は大きく揺らいでいる。
こうした事態にどう対処すればよいのだろうか。ここで考えてみたい。なお、ここでは理工系、とくにバイオ系にポイントを絞りたい。博士といっても分野のばらつきが大きいからだ。また、博士号取得者に社会のなかで活躍してもらうことに着目したい。
民主党政権は、成長戦略に「理工系博士課程修了者の完全雇用」をうたった(新成長戦略)。これは一見よい施策のようにみえる。しかし、これは失業対策のようであり、博士を弱者として扱っているようにみえる。それは博士に対し失礼だと思う。「博士の完全雇用」は目標にすべきものではなく、博士の能力が活用される社会が先にあり、完全雇用状態は結果としてもたらされるべきなのだ。ある種エリート主義的と批判されるかもしれないが(「有り難い」から「有り過ぎ」へ 高田里惠子さんが選ぶ本)、筆者は博士は様々な能力がある人達だと考えているので、弱者救済的に博士の雇用を確保する考え方には賛同できないのだ。
では、博士の能力活用をどうすればよいのだろう。筆者は「博士漂流時代 「余った博士」はどうなるか?」(ディスカヴァー)や「嘘と絶望の生命科学」(文藝春秋)などで、いくつかの提案をさせていただいた。それは以下のようなものだ。
1 年功序列や終身雇用などをあらためる(社会の仕組みを変える)
非常に逆説的なのだが、博士号取得者は学歴や年齢不問にしたほうがいろいろな場所で活躍できる。博士号が「負のスティグマ」となっており、博士号があるおかげで「視野が狭い」「専門分野に固執する」などというマイナスイメージを持たれてしまうからだ。
2 社会に活躍の場を求める(博士号取得者の考え方を変える)
研究機関に所属していなくても研究したり、あるいは専門を活かした活動ができれば、なにも研究職にこだわる必要はない。生きるための職はなんとか見つけて、NPOなどで専門性を活かし社会貢献するという生き方も価値あると思う。
3 マッチングを丹念にやる
いろいろ話を聴くと、博士号取得者を採用したい企業は結構あるが、なかなか人材が見つからないという。企業と博士号取得者のマッチングを行えば、活躍の場が広がる可能性がある。
4 科学を支える職を充実する
研究費の予算配分や大学の管理業務など、研究を支える職種に博士号取得者をつける。
こうした提案だが、具体性に欠け、現実的ではないとの批判を受けることもある。雇用を変えると言っても一朝一夕ではできるものではないし、社会で活躍すると言っても、飯食っていかないといけないのだから、そんな非現実的な理想論を語るな、という声もある。マッチングは、一体誰がカネを出すべきか、という問題に直面する。
こうした批判は甘んじて受ける。だが、博士が活躍できない、という状況は、ある種日本の社会の病理を示すものでもあり、これをこうすれば解決する、というものではない。結局対策を丹念に行っていくしかないのだ。
上記に基づいた対策は少しずつはじまっている。
1 年功序列や終身雇用などをあらためる(社会の仕組みを変える)
日本の企業は「メンバーシップ型正社員」(職務、勤務地、労働時間が無制限な正社員で、新卒一括採用される)であり、新卒でない博士には不利だ。現在「ジョブ型正社員」が具体化しようとしている。これは「職務、勤務地、労働時間いずれかが限定される正社員」とされるものだ。2013年6月13日に政府の規制改革会議が出した「規制改革に関する第2次答申 ~加速する規制改革~」では、「ジョブ型正社員の雇用ルールの整備」が盛り込まれた。こうした「ジョブ型正社員」が広がれば、新卒一括採用から外れた博士にも活躍の道が開けるのではないか。
2 社会に活躍の場を求める(博士号取得者の考え方を変える)
最近DIYバイオや野生の研究者など、社会で研究することが注目されている。論文が自由に読める「オープンアクセス化」が進めば、こうした社会のなかで研究する人も増えると思う。
3 マッチングを丹念にやる
これは次回以降に詳しく紹介するが、文科省が行っている「ポストドクター・キャリア開発事業」のなかに成功事例が出始めている。北海道大学は、バイオ系の博士号取得者やポスドクと民間企業の橋渡しを行っており、大きな成果をあげている。こうした成功事例を水平展開していくことが重要だと思う。そして、学生もそういう取り組みがうまくいっている大学を選ぶことで、大学間にも状況改善へのインセンティブが働く。
4 科学を支える職を充実する
文科省は今年の概算要求の中で、「科学技術人材育成のコンソーシアムの構築」と「プログラム・マネージャー(PM)の育成・活躍推進プログラム」を盛り込んだ。
STAP細胞問題で博士号の価値が揺らいでる。そういう意味で、博士号取得者の活躍の場を広げるには厳しいご時世だと言える。それでも、博士が活躍することは社会にとってプラスになるはずだ。こうした取り組みに注目していきたい。