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その監視は機能しているか?保育の場のプール事故対策の課題〜その2 録画を見て考える〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 最近、中国からの映像として、「3歳児がプールで溺れて死にそうになる」動画(YouTubeより)が紹介されている。これは実際に撮られた映像で、映像を見ている方はハラハラするが、監視員と思われる人はまったく気づいていない。この映像から子どもの浸水時間を測定すると1分57秒であった。この時間であれば死亡することはないと思われ、記事には「一命をとりとめた」と書かれていた。

この映像を文章にしてみると

 映像から、プールの大きさは縦が約5メートル、横が約10メートルの扇形で、水深は60〜70センチメートルであることがわかる。幼稚園の水泳教室の映像とのことで、インストラクターは2名おり、1名はプールの中にいて、もう1名は外回りの役をしている。プールの中をずっと監視している人はいない。プールの中には10名の子どもたちが皆、浮き輪をつけて浮かんでおり、バチャバチャと泳いでいる子どもはみられない。

 映像を見ると、どうしても溺れている子どもに目がいってしまうが、監視役のインストラクターの動きを追ってみよう。

 プールから上がってプールの縁に座っている子どもの身体をプールの中のインストラクターが拭いている場面から映像は始まる。このインストラクターの背中から1.5メートル後方、プールのほぼ真ん中で浮き輪をつけていた3歳児が急に反り返り、そのままひっくり返って顔が水中に沈んでしまった。このインストラクターの背部で起こったことなので、インストラクターは子どもの状況にはまったく気づいていない。プールの縁で身体を拭き終えた子どもは、外回りのインストラクターに抱かれて出て行った。

 次に、プールの中のインストラクターは、そばに寄ってきた子どもにちょっと話しかけ、続いて、振り向いて3人の子どもの浮き輪がくっついているのを離してあげる動作をしている。その時には、溺れている子どもは浮き輪とともに流され、インストラクターから5〜6メートルくらい離れたところに移動しているが、インストラクターは溺れている子どもにまったく気づいていない。続いて、もう1人、水中から子どもを引き上げてプールの縁に座らせ、子どもの身体を拭いてあげている。溺れている子どもは1分間は手足を動かしていたが、1分を過ぎると動きがみられなくなった。この間、プールの中にいるインストラクターはプール全体を見回すことは一度もしていない。

 子どもが溺れ始めてから1分55秒後、外回りのインストラクターは初めてプールを見まわして溺れている子に気づき、プールの中のインストラクターに伝え、すぐに溺れている子どもが引き上げられた。浸水時間は1分57秒であった。

この映像を見て思うこと

 この映像がなければ、この事例はわが国では以下のようなニュースになると思われる。

 「〇月〇日、午後〇時ころ、〇〇市の幼稚園のプールで3歳児が溺れ、医療機関に運ばれましたが、意識不明の重体です。警察が詳しい状況を調べています。園長によると、2人の保育士が見守っており、監視に問題はなかったとのことです」 

 そしてニュースを聞いた人は、「監視がいたのに溺れたのだから仕方がない」と思うことだろう。しかし映像から明らかなように、現実には、監視する役目の人はいたが、監視は行われていなかった。「監視する人と指導する人を別におくこと」と消費者庁や文科省などは指示しているが、2人の人を見守り役として配置しても現実にはできないということだ。今回の録画は2分間である。2分間、プールの全体を見回すことがないという状況はいくらでもあるだろう。私がこの状況でインストラクターであったとしても、プールから上がる子どものケアをしていれば、溺れた子に気づくことはできないと思う。

 以前にも、「プールの監視には限界がある」と指摘してきたが、この実際の映像を見れば、「監視」という言葉の問題点がより明確になる。

必要なことは?

 2018年5月17日の「その監視は機能しているか?保育の場のプール事故対策の課題」で、プール監視の訓練用の映像を紹介し、監視のむずかしさを指摘した。さらに同年6月9日のシンポジウムで、プールの監視のむずかしさの検証結果を報告した(【報告】監視の限界を科学的に明らかにしたシンポジウム「繰り返されるプール事故から子どもを守る」)。これらから、プール活動時にはモニターを設置してプール活動を録画し、科学的な分析を行う必要があると指摘した。

 今回、いみじくも実際の溺れの状況を録画で見ることができた。「監視」と口では言っても、現実には監視になっていない状況があることが確認できた。

 自動車事故は、ドライブレコーダーによって事故の発生状況を正確に分析することができるようになった。同じように、保育の場の事故も映像として記録しておく必要がある。保育の場の危険な時間帯、「食う(窒息)」、「寝る(SIDS:乳児突然死症候群)」、「水遊び(溺れ)」のときは録画することを原則としてほしい。保育現場では、「監視」という言葉は歓迎されないようなので、「記録」という言葉で録画することを基本にしてほしいと考えている。

 今回の映像でわかるように「人による監視」は不完全である。今後は、機器による監視を基本とすべきであり、そうすれば「一秒たりとも目を離さない」状況を作ることができるはずである。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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