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JTはなぜ「喫煙率調査」を止めるのか〜その目的は加熱式タバコの「ステルス化」だ

石田雅彦科学ジャーナリスト
プルーム・テックの広告にも有害表示が:写真撮影筆者

 日本たばこ産業(以下、JT)が1965(昭和40)年の専売公社時代から毎年続けてきた「全国たばこ喫煙率調査」を終了し、2019年からは行わないと発表した(※1)。なぜJTは喫煙率調査を止めるのだろうか。その背景と影響を考える。

市場調査と心理的調査のために

 JTの前身はいわゆる三公社五現業の1つ、日本専売公社(以下、専売公社)だ。専売公社の前は戦前の旧大蔵省の専売局で、タバコ、食塩、アルコールなどの専売をしていた。1980年代に起きた国鉄や電電公社などの民営化の一環として1985(昭和60)年に解散してJTになる。

 専売公社に広報室が設置されたのは1959(昭和34)年8月だ(※2)。この部署の広報活動は当初、低調のようだったが、1966(昭和41)年頃から政府の税制調査会で、据え置かれてきたタバコの値上げが議論されるようになり、専売公社としてもマスコミ対策として広報的な活動を活発化させるようになる。

 1965(昭和40)年から開始された喫煙率の調査もこうした流れの中から生まれ、その後、対外的なPRの一環として機能するようになっていく。国民のタバコ値上げに対する理解を得る目的もあり、広報室も専売記者クラブや広報誌『ぱいぷ』などを通じてマスメディアや各界のオピニオンリーダーへ積極的に接触を図るようになっていった。

 一方、専売公社は経済学者を使い、タバコの需要分析を委託するようなことも行っている。高度成長期の所得増によるタバコの消費需要予測、タバコ銘柄と価格帯や価格効果の分析、販売店の配置などの研究を進めていく上で、喫煙率と喫煙層の経年的な調査は欠くことのできない情報だった。

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1965(昭和40)年から毎年行われてきたJT(旧専売公社)の喫煙率調査と男女の喫煙率の推移。男性の喫煙率の最高は83.7%でその後は右肩下がり、女性の喫煙率も最高時から10ポイント近く下がっている。グラフ作成筆者

 広報室も新規需要の開拓を計るため、特に都市部における女性喫煙者の増加、喫煙に対する社会的、心理的な抵抗を排除するような広告宣伝を実施する。さらに、タバコのまとめ買い行動の助成や喫煙習慣の周知広告などに邁進していくようになる。

 その間、世界では次第にタバコの健康への被害が周知され、喫煙に対する忌避意識が広がっていった。1962(昭和37)年には英国のロンドン王立医師協会(Royal College of Physicians of London)が喫煙と肺がんの関係について報告を出し(※3)、1964(昭和39)年には米国の公衆衛生総監(The Surgeon General is a commissioned officer in the U.S. Public Health Service Commissioned Corps)が、喫煙は男性の肺がんと慢性気管支炎の原因という報告を出している(※4)。

 この流れは日本へも波及し、タバコの宣伝に対しても社会的に批判を受けるようになり、専売公社も1963(昭和38)年頃から広報宣伝において広告媒体を選び、表現に注意するようになった。その表現とは、主に未成年者の喫煙の防止、火災予防、ポイ捨て防止などの環境美化といった公衆道徳的なものとなっていく。

 専売公社は前の東京オリンピック(1964年)頃からすでに「たばこの吸いがらを正しく始末する運動」や街頭での灰皿設置を始め、1970(昭和45)年の大阪万博頃からポケット灰皿を配布したりし、喫煙マナー普及運動を展開している。これは現在のJTの広告宣伝の方向性と同じだ。

 経済学者を使った需給分析と同じように、専売公社は喫煙者や大衆心理の研究にも資金を出すようになった。経済学的分析と心理学的な研究を融合させようとしたのだが、これは将来的に予測されるタバコに対する強い抵抗感への危機感から行われた。

 タバコのイメージ分析、喫煙者の喫煙行動のパターン化、専売公社が強く願望してきたタバコのまとめ買い行動の心理的要因分析のみならず、消費者への意識調査は重要であり、喫煙率調査もこうした目的から続けられてきたというわけだ。

ステルス化させたい加熱式タバコ

 では、JTはなぜ全国たばこ喫煙率調査を止めるのだろうか。JTは、個人情報保護の観点から信頼性の高い調査ができなくなり、調査への負担も考えて総合的に勘案した結果とアナウンスしている。

 喫煙率の調査では、厚生労働省が行っている国民健康・栄養調査があり、JT調査の社会的な使命がなくなっているのも大きいだろう。

 この10年ほど、JT調査と国民健康・栄養調査を比較すると一貫してJT調査のほうが喫煙率が高い。JT調査の場合、郵送での回収だが、国民健康・栄養調査の場合は個別に面談して記入してもらっていることが影響しているようだ。確度としては国民健康・栄養調査のほうが高そうだが、国民健康・栄養調査では質問方法が年度によって異なり(※5)、同じ基準で喫煙率を調べられているか微妙な部分もある。

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2007(平成19)年からのJT調査と国民健康・栄養調査の喫煙率推移の違い。男女総数で単位は%。国民健康・栄養調査の2018年度の分はまだない。国民健康・栄養調査の質問方法が年度によって異なり、喫煙率に上下動のあることがわかる。グラフ作成筆者

 JTが行ってきた全国たばこ喫煙率調査とは、あくまでJTによるJTのための調査であり、専売公社時代には公的な機関の責任の1つとしても行ってきた。民営化後の調査は、タバコというスティグマが貼られた商品に対し、将来的な需給予測や喫煙者の心理分析のための重要なデータとなり、いかにタバコに対する悪のイメージを払拭し、社会に受け入れてもらい、タバコ産業を延命させるかという目的で続けてきたというわけだ。

 少なくとも健康意識が高まりタバコの有害性に対する正しい知識が広まった先進諸国でタバコ産業が延命するためには、有害性の低減を強調した加熱式タバコを広め、従来の紙巻きタバコへの風当たりを少しでも弱めなければならない。その間、まだ健康意識が高くない発展途上国などで紙巻きタバコの市場を広げ、喫煙者を増やしていくというのがJTを含めたタバコ会社の戦略となる。

 アイコス(IQOS)、プルーム・テック(Ploom TECH)、グロー(glo)といった加熱式タバコを発売しているフィリップ・モリス・ジャパン、JT、ブリティッシュ・アメリカン・タバコなどのタバコ会社は、加熱式タバコは煙を出さないので「喫煙」や「吸う」ではなく「使用」というような表現を横並びで採用している。喫煙率という文言も使いたくはなく、加熱式タバコは喫煙ではないから別で喫煙率の中に入れたくないはずだ。

 下がり続ける喫煙率や喫煙者数をあえて強調したくないという理由もあるだろうが、JTが喫煙率調査を続ければ自ずから加熱式タバコの喫煙率(使用率)に踏み込まざるを得ない。JTとしては従来の紙巻きタバコと加熱式タバコを切り離し、プルーム・テックをステルス化させたいJTとして墓穴を掘ることにもなる調査は公表したくないのだろう。

 例えば、JT調査によれば2017年から2018年にかけ、全体としては漸減しているのに20歳代と30歳代の男性喫煙率が上がっている。これはアイコスなどの加熱式タバコの喫煙者(使用者)が増えているのかもしれず、もしそうだったとすれば調査によってそれを知ったJTが藪蛇となることを危惧したともいえる。

 つまり、JTの喫煙率調査終了で加熱式タバコが次第に紙巻きタバコと入れ替わっていることがうかがえるが、こうした経営判断からはグローバル化が進むJTの日本政府離れ意識も垣間見える。日本政府(財務大臣)はJTの株の33.35%を持ち、会長は財務省の天下りだ。

 JTがフィリップ・モリスなど他の巨大タバコ会社と競合していくためには、政府保有株式が多くては身動きが取りにくい。喫煙率調査を止めるのは専売公社から受け継いできた社会的な使命も放棄するという宣言に等しく、「殺人商品タバコ」を取り扱うJTはすでにCSR的にも存在意義はないということだ。

 もちろん、市場調査や喫煙者の心理的調査分析は公表はせずに継続するだろう。だが、こうした姿勢をとる企業に対し、制度的に社会が守っていく必要はない。政府や議会は一刻も早くたばこ事業法を廃止し、JTを身軽にしてあげたらどうだろうか。

※1:日本たばこ産業:「全国たばこ喫煙率調査」2018年調査をもって終了することを決定(2019/01/04アクセス)

※2:資料:日本専売公社『たばこ専売史』

※3:Royal College of Physicians, "Smoking and Health: A report of the Royal College of Physicians on smoking in relation to cancer of the lung and other diseases." London, Royal College of Physicians, 1962

※4:Department of Health and Human Services, "Smoking and Health: Report of the Advisory Committee to the Surgeon General of the Public Health Service." Atlanta, Georgia: U.S. Department of Health and Human Services, Centers for Disease Control and Prevention, National Center for Chronic Disease Prevention and Health Promotion, Office on Smoking and Health, 1964

※5:2007(平成19)年度、2008(平成20)年度、2009(平成21)年度、2010(平成22)年度:喫煙の状況:現在習慣的に喫煙している者:これまで合計100本以上又は6か月以上たばこを吸っている(吸っていた)者のうち、「この1ヶ月間に毎日又はときどきたばこを吸っている」と回答した者、2011(平成23)年度:喫煙の状況:現在習慣的に喫煙している者:これまでたばこを習慣的に吸っていたことがある者のうち、「毎日またはときどきたばこを吸っている」と回答した者、2012(平成24)年度:喫煙の状況:現在習慣的に喫煙している者:これまでにたばこを習慣的に吸っていたことがある者のうち、この1ヶ月間に「毎日吸う」または「ときどき吸っている」と回答した者、2013(平成25)年度、2014(平成26)年度、2015(平成27)年度、2017(平成29)年度:喫煙の状況:「毎日吸っている」と「時々吸う日がある」の合計(「以前は吸っていたが、1ヶ月以上吸っていない」と「吸わない」を除く)、2016(平成28)年度:喫煙の状況:現在習慣的に喫煙している(「毎日吸っている」と「時々吸う日がある」の合計、「以前は吸っていたが、1ヶ月以上吸っていない」と「吸わない」を除く)

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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