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北朝鮮禁煙法、それでも金正恩氏がたばこを手放さない(手放せない)本当の理由とは

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
たばこを手に会議に臨む金委員長=朝鮮中央テレビより筆者キャプチャー

 北朝鮮が11月に禁煙法を採択し、公共の場所での喫煙を処罰する方針を打ち出した。だが「ヘビースモーカー」で知られる最高指導者、金正恩朝鮮労働党委員長は相変わらず、党の重要会議で、たばこを手にし、その様子が国営メディアで伝えられている。なぜ国営メディアは「金委員長とたばこ」の場面を報じ続けるのか。そこには北朝鮮特有の事情が隠されている。

◇「喫煙秩序を乱す行為」を処罰

 北朝鮮の最高人民会議(国会)常任委員会全員会議は11月4日、禁煙法を採択した。

 同法は、たばこの生産、販売、喫煙に関する法的・社会的統制の強化▽人民の生命と健康の保護▽より文化・衛生的な生活環境をつくる――を目的としている。31の条文で構成され、公共の場所(政治思想教養場所、劇場、映画館など)や学校、病院、食堂、公共交通機関などの喫煙禁止場所での「喫煙秩序を乱す行為」を処罰する、という内容だ。罰則の中身には触れられていない。

 金委員長の父、金正日総書記時代の2005年、北朝鮮は世界保健機関(WHO)の「たばこ規制枠組条約」を批准し、「たばこ統制法」を導入した。朝鮮中央通信(19年6月3日)によると、同法は過去4回、修正・補充され、新銘柄のたばこの生産を承認しない▽外国産たばこの輸入を制限する――などの措置が取られてきた。

 他国と同様、喫煙者にたばこの害を知らせるため、パッケージに警告ラベルを描いたり、「世界禁煙デー」に合わせた討論会を開いたりという啓蒙活動も進めてきた。

 それでも北朝鮮の喫煙率は高く、14年のWHO統計では成人男性の喫煙率は43.9%。19年には46.1%に上がっていた。

 今回の禁煙法の背景には、国際的な禁煙の流れに同調している点を強調する狙いとともに、国内での新型コロナウイルスの感染拡大への強い懸念もあるとみられる。

◇たばこ産業から多額の「忠誠資金」

 北朝鮮では2000年代以前、「男はたばこを吸うもの」という風潮があった。かつて北京駐在の北朝鮮ビジネスマンからこんな話を聞いたことがある。

「みんな軍隊に行って、たばこの味を覚えたものだ。成人にはたばこの配給があったからね。吸わない人は配給でもらったものを売りさばいていた」

 一方で、女性の喫煙はタブー視され、WHO統計でも女性の喫煙率は「0%」と記されている。ただ、筆者の知り合いの脱北者は「私の母はたばこが好きで、家で隠れて吸っていた」と話しており、実態が数字に反映されているとはいえないようだ。

 筆者が以前、取材対象としていた党課長級幹部は、00年代には「1日1箱」の計算で月30箱の配給を受けていたが、16年ごろには10箱に減ったと話していた。党庁舎も十数年前に禁煙になったという。

 党関係者の話や韓国からの情報を総合すると、北朝鮮にはたばこ工場が数多くあり、その関連事業も多岐にわたる。たばこ関連事業の年間売上は当時で総額4000万ドル(約41億5200万円)という数字もあった。「たばこ工場が党に拠出する忠誠資金は年間1000万ドル(約10億3800万円)を超える」とささやかれ、「(北)朝鮮で最も儲かっている産業」という評価もあった。管轄は党財政経理部という。

 一方で「国家にたばこを出荷しても自国通貨しか受け取れないので、たばこ工場の一部には、商品を非正規ルートで売りさばいて外貨を得ている」という噂も絶えなかった。

 このように、たばこに関しては、北朝鮮独特の事情があるのだ。

◇金委員長はたばこ産業衰退を懸念か

 ヘビースモーカーの金委員長に関しては、これまで、ミサイル試射の際にも、子供の施設の視察現場でも、たばこを手にしている様子が国営メディアで頻繁に伝えられている。トランプ米大統領との2回目の首脳会談(19年2月)に向け列車でベトナムに向かっていた際にも喫煙の様子が捕捉されていた。この時には実妹・金与正党第1副部長に灰皿を持たせていたシーンが印象的だった。

 妻・李雪主氏が金委員長の喫煙に苦言を呈していたというのは有名な話だ。

 韓国特使団が18年4月に訪朝し、金委員長夫妻と会食した際、鄭義溶・韓国大統領府国家安保室長(当時)が金委員長に禁煙を勧めたところ、李雪主氏が同調して「たばこをやめて欲しいといつも頼んでいるのですが、言うことを聞いてくれません」と話したという。

 今回、禁煙法が施行されたとあって、国営メディアも神経を使っているようだ。金委員長の口から煙が吹き出している場面は報じていない。金委員長が1本吸えば、灰皿は直ちに取り換えられているからか、灰皿に汚れはみられない。

 北朝鮮情勢に通じた消息筋は、こう分析する。

「禁煙法は公共の施設での喫煙を戒めるものであり、住民に決して『吸うな』と指示しているわけではない。北朝鮮でたばこ生産が減るということは、あってはならないのだ」

「金総書記はお触れを出しながらも吸い続けていた。金委員長も同じだろう。仮に金委員長が禁煙でもしたら、全住民がそれに従わざるを得ず、たばこ産業は衰退する。人民から吸い上げている何千万ドルもの資金が消えることになるのだ」

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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