女性版”キンちゃん”の「やってみよう人生」
女子15人制ラグビーの“キンちゃん”をご存知か。7月には39歳となる女子ラグビー日本代表のレジェンド、乾あゆみ(兵庫県ラグビースクールレディース)。年齢の話になると、口を開けて痛快そうにわらった。
「気づいたら、こんな年になってました。ははは。若さの秘訣なんて、ないですよ。ただ、よく食べます。好き嫌いなしで」
キンちゃんとは、日本代表の38歳の大野均(東芝)のことである。乾は最近、友人から、大野均の女性版ということで、「キン子」と呼ばれている。なるほど、プレースタイルも似ている。献身的かつ、ひたむきなのだ。
乾の笑顔は、あくまで屈託がない。
「キン子ちゃんと呼ばれるのは、ちょっとうれしいです。ありがたいことです」
女子15人制日本代表は28日、秩父宮ラグビー場で香港代表に30-3で圧勝し、アジアチャンピオンシップに優勝した。乾はフル出場し、走って、タックルし、走って、フォローした。まったくよく走る。有水剛志ヘッドコーチも「とにかく骨惜しみしない動きと、からだを張るプレーでチームを引っ張ってくれる」と高く評価している。
乾は大阪出身。とにかく「やってみよう」がモットーである。大阪外語大学(現・大阪大)ではトルコ語を専攻した。1年間、休学し、世界をまわり、アフリカにも滞在した。ケニア、タンザニア。乾が述懐する。
「(タンザニアの)人類誕生の地には感動しました。周りに何もない大地にだんだんと夕陽が沈んでいくところに地球の自転を感じました。すごかった。壮大でした」
この行動力、感性の豊かさこそ、乾の持ち味であろう。大学まではバスケットボールをしていた。卒業後、友人の勧めで、ラグビーと出会う。兵庫のラグビークラブに入った。「ラグビーをして、お金がいるというので就職活動をしたんです」。ソフトバンクに入社した。ラグビー人生がはじまった。
「とにかく、人がいっぱいいて、次第にゲームの仕組みがわかっていくのが、面白かったんです。こう動いたら、こうチャンスになるとか。生まれも育ちもぜんぜん違う、みんなが集まって、チームをつくっていくというのが感動なんです」
ラグビーを始めて、3年目の2005年には7人制ラグビーで日本代表入りした。07年11月、15人制日本代表でデビューした。日本代表監督だった萩本光威さんの言葉が心に残っている。<女子15人制日本代表のポテンシャルは世界で10位に入れるものがある。ただ、そのやり方がまずいだけ。必ず歴史的な進歩を遂げられるはずだ>
女子15人制日本代表は2002年大会以降、ワールドカップ(W杯)には出場できていない。「歴史的な瞬間」に出会うため、乾はラグビーに没頭してきた。どうも候補者はいそうだが、いまのところ独身。結婚は?と聞けば、「どうでしょう」とわらった。
「結婚、考えますね。でも、ラグビーが終わってから、かな。私の性格上、両方(ラグビーと結婚生活)は一緒にできないので」
2013年9月、前回のW杯アジア予選で宿敵カザフスタンに僅差(23-25)で敗れ、W杯に出場できなかった。乾は泣いた。他のベテラン選手は引退したが、乾はやめなかった。意地だった。いや、「歴史的な瞬間に立ち会いたい」という夢にこだわったのだろう。
昨年春、カザフスタンを破る歴史的勝利をあげた。この大会、カザフスタンは出場を辞退した。ことし12月、15人制W杯アジア予選が実施される予定である。
そこで勝てば、念願のW杯切符を手にすることができる。男子15人制のごとく、W杯で活躍すれば、15人制女子ラグビーの歴史を変えることができるのである。
日本代表には17歳の選手もいる。「最初、“どんな話題なんやろ”って心配だったけれど、だんだん同じ人間同士になってきて」と“ワンチーム”になった。それもまた、38歳の乾にとっては感動ものなのだろう。
166センチ、61キロ。腕は太く、たくましい。底抜けに明るく、話しているだけでこちらも元気をいただける。
最後に聞いた。「あなたのラグビー人生とは?」と。乾は即答した。
「それは私です。乾あゆみの人生です」
やってみる。やってみよう。何事にもチャレンジする女性ラガーの人生。情熱のタックルは終わらない。