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シリアのアサド政権は米国の批判を裏付けるために敢えて化学兵器を使用?!

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

ロイター通信は、イドリブ県サラーキブ市で4日(日曜日)夜、シリア軍のヘリコプター複数機が飛来し、塩素ガスを装填した爆弾を投下、住民ら11人が呼吸困難などの症状を訴えたと伝えた。

シリア軍による化学兵器使用を証言したのは、反体制派支配地域で医療救援活動を行うシリア米医療協会(SAMS)やホワイト・ヘルメットだ。いずれも、欧米諸国の支援を受け、これまでにシリア軍の化学兵器使用に関する証言を行ってきたことで知られる。

SAMSによると、空中から化学物質が投下され、11人が塩素ガスが使用されたことを示す呼吸困難などの症状を発症したという。また、ホワイト・ヘルメットの救急チームに所属するラーディー・サアドなる人物は、化学物質を装填した「樽(爆弾)」2発がヘリコプターから投下されたと証言している。「樽爆弾」は鉄製の筒などに爆薬や鉄くずなどを詰め込んだ爆弾で、シリア軍の残虐性や無差別性を示すものとして、非難される兵器である。

なお、反体制系サイト「ドゥラル・シャーミーヤ」によると、負傷者のなかにはホワイト・ヘルメットの隊員1人も含まれていたという。

ロシア・シリア両軍の攻撃激化のなかで使用されたとされる化学兵器

ロイター通信をはじめとする欧米メディア、そして反体制系メディアは、サラーキブ市での化学兵器使用(疑惑)を、3日以降イドリブ県南東部とダマスカス郊外県東グータ地方で激化したロシア・シリア両軍の攻撃の文脈のなかで位置づける。

3日と言えば、ロシア空軍のSu-25戦闘爆撃機が同市近郊でアル=カーイダ系のシャーム解放委員会の地対空ミサイル・システムによって撃墜された日で、これを機に、ロシア軍の「報復」とでも言うべき爆撃が激しさを増した。イドリブ県南東部のシャーム解放委員会の一大拠点であるアブー・ズフール航空基地を解放したシリア軍も、アレッポ市、ハマー市、そしてラタキア市を結ぶ幹線道路が交わる戦略的要衝であるサラーキブ市に向けて進軍を続けており、連日、反体制武装集団と激しく戦っている。

英国で活動する反体制組織のシリア人権監視団によると、ロシア・シリア両軍は4日以降、このサラーキブ市に加えて、マアッラト・ヌウマーン市、イドリブ市、カフルナブル市、マアスラーン村を執拗に爆撃し、17人を殺害、マアッラト・ヌウマーン市では病院が被弾し、利用不能となった。また、シャーム解放委員会、シャーム自由人イスラーム運動、ラフマーン軍団などからなる武装集団が抵抗を続ける東グータ地方でも、シリア軍は5日、激しい爆撃を実施し、バイト・サワー村、アルバイン市、ハッザ町の市場や住宅街が攻撃に曝され、民間人28人が死亡した。

ロシア・シリア両軍は、民間人、病院・医療機関、医療関係者を容赦なく狙うかたちで攻撃を行っており、化学兵器使用は、両軍の残虐さを際立たせている(ないしは際立たせるものとして位置づけられている)。

化学兵器使用をめぐるもう一つの文脈

だが、今回の化学兵器使用にはもう一つの文脈がある。それは、米国が最近になってシリア軍による化学兵器使用への非難を強め、バッシャール・アサド政権に対する軍事制裁の可能性さえもほのめかすようになっている、という文脈である。

拙稿「シリアのアサド政権は「まだ」化学兵器を使っているのか、そして「また」使うのか?」で述べた通り、ジェームズ・マティス米国防長官は2日、「シリア政府は度々塩素ガスを兵器として使用している」としたうえで、「我々はサリン・ガスが使用された可能性についてこれまで以上に強い関心を持っている…。ただし、その証拠は握っていない」と述べた。また「現場で活動するNGOや戦闘員が、サリン・ガスが使用されてきたと言っている」と付言、「我々がどのように対応するか見てきたはずだ」と述べ、再び懲罰攻撃に踏み切る可能性も示唆した。

4日夜のサラーキブ市に対するシリア軍の塩素ガスでの攻撃は、こうした米国の警告を無視して行われたということになる。だが、アサド政権は、不利な「証拠」を自ら作り出し、非難の矢面に立たされるような愚行に出るだろうか?

アサド政権が化学兵器使用を繰り返すことに関しては、次のような解釈がしばしばなされる。同政権は、化学兵器使用に敢えて踏み越えることで、欧米諸国の反応を見極め、これらの国が対抗措置に出なければ、使用を再開し、市民に対する虐殺行為をエスカレートさせようとしている、というものだ。また、欧米諸国が有効な対策を講じないなかで、化学兵器を使用することで、市民に絶望感を与え、屈服させようとしているのだという。

アサド政権の権謀術数を踏まえた解釈なのだろうが、深読みが過ぎ、同政権の思考力を過大評価しているようにも思える。なぜなら、この手の解釈は、米国がにわかに批判を強めているという事実を踏まえた場合、明らかに説得力を欠くからだ。

米国の批判が裏付けられることで単純に得をするのは、アサド政権と対峙している反体制派の側だ。なぜなら、ロシア・シリア両軍に攻勢を猶予させる残された唯一の手段が、欧米諸国の介入であることを知っているからだ。

国連安保理では5日、シリア国内での化学兵器使用問題に対処するための会合が開かれ、ロシアがJIM(国連と化学兵器禁止機関(OPCW)の合同査察機構)に代わる新たな調査機関の設置を提案した。これに対して、米国、英国、フランスといった国は、アサド政権によるサリン・ガス使用やロシアの関与を指摘したJIMの調査結果を無に帰すものとだと強く反発した。

2017年11月に安保理での拒否権を発動し、JIMを廃止に追い込んだロシアの動きは、ロシア・シリア両軍の残虐性への非難や追及を免れようとする行為として捉えられる。これに対して、JIMに代わる新たな調査機関の設置を拒む米国の姿勢は、もう一つの文脈においては、化学兵器をめぐる自らの批判を裏打ちするフェイクが暴かれることを逃れようしているようにも見える。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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